蜂や蝶です

さぁ、今日もいっぱいこき使われて業務に取り組みますか。

お嬢様は学校に行ったので、リラックスできる。

「なに呆けているお前」

うん、いつもお嬢様の声を聞いているから幻聴なようなものを聞こえてくるな、最近疲れも溜まってるし休暇を貰って羽を伸ばしたい。

「おい、無視するな!!」

こんなリアルな声も初めてだなぁ。

これは一度、心療内科に行った方が。

「こうでもしなければわからぬか!!」

「痛い痛い、お嬢様の幻影が僕を蹴ってきてしかも幻痛までするとは。まるで某パイロットのなんちゃら率が上がっているような感覚なのか」

「アホ、私が見えんのか!!」

「ええ、これはきっと幻かと」

「呆れた執事だ」

「で、なぜお嬢様はここに?」

「なんでって、今日は学校の創立記念日で休みだぞ」

「お嬢様、そんな時にこそ元気に学校へ行き勉学に励むのです」

「誰もいない学校で勉強するぐらいなら家にでもできるだろ。それより今日は友達がいるからよろしくな!」

お嬢様に友人がいたとは、感動的だ。

ああ、目頭が熱くなってきた。

涙が零れぬよう必死に上を向く。

「上を向いてないでもてなすぐらいの準備をしたらどうだ」

「かしこまりました、お嬢様」










ところでお嬢様の友達ってどんな人なんだろう。

やはりラップ好きだからなんか凄いダボダボのパーカー着たB-BOY感丸出しの友達なのかな。

もしくはすっごいギャルギャルしい人とか。

なんだか僕がその友人が来ることにお嬢様よりも楽しみになっているな。

さて、おもてなすの疲れるから自販機で買ったコーラを届けますか。

「おう、遅いではないか執事!!」

「お、お邪魔しています」

眼鏡で、髪は一本で後ろに縛っていて、なんか地味で、これ地味子だ。

「お嬢様、こちらへ」

「なんだ」

「お嬢様、お友達間違えてません?」

「なんだお友達間違えるって」

「いや、どう見てもお嬢様と連むような友達じゃないかと」

「馬鹿者、あいつは私の友達だぞ、サイファーよく二人でやってるし」

「二人だけでサイファー、これ以上は何も聞かないことにしておきます」

「あ、あの、どうかしましたか...?」

「いや、なんでも無いぞ。あの使えん執事に仕事を教えていたところだ。おい、飲み物ぐらい持ってきたんだろう?」

「はい、どうぞ」

「どうぞじゃないだろ、これ」

「え、コーラをご存知じゃない?自販機近かったのでそこで買ってきました。あとはちょうど従業員の休憩所にあった菓子をくすめてきました」

「あ、ありがとう、ございます」

「おいこれは感謝しなくていいぞ。違うだろもてなし方というかなんというか、あと休憩所の菓子は返してこい、さすがにかわいそうだ」

「かしこまりました、お嬢様」

「あと紹介が遅れたな、こいつは私の友達の《つつごう ななみ》筒香七海だ」

「筒香です、すみません何か私のせいで怒らせちゃって」

「いえいえ、そんな気にしないでください、そもそもお嬢様が動かないからこうなったわけで」

「なんだ、私が悪いのか、ああん?」

「よ、よし子ちゃん、そんな怒らないで...」

「そうだよよし子ちゃん、名前あったんだね」

「あるわよ、《とよとり》豊鳥よし子、覚えとけって執事なら」

ぶっちゃけここに勤めてからお嬢様の名前なんて聞いたことなく、ずっとお嬢様としか呼んだことがなかったからこれはまた新鮮である。

豊鳥、豊鳥って、あの豊鳥か。

いくつもの事業を展開しているあのCMとかで豊鳥製薬とかやってるあの豊鳥。

はぁ、僕は凄い所に今いるんだな。

そんな娘がラッパーを目指しているなんてこれはまた。

「そうだ七海、せっかく私の家に機材があるからいっちょ蹴っていくか」

「いいの...?だって前に爆音で鳴らして執事さんに怒られたって...」

「大丈夫大丈夫、おい、ビート流せお前、スマホで繋いだりなんだりしろ」

「お嬢様がやってくださいよ」

「だってわからないもん」

そんなあれだけ朝から流しておいてわからないのか、いったい今までどうやって流していたのか。

お嬢様補正、おそるべし。

「久々にバトルでもしてみるか七海!!8小節で3回ずつでどうだ」

「いいけどよし子ちゃん、怒らないでね...?」

「なんだなんだ、それじゃあ私は毎回怒ってるみたいな言い方じゃないか」

「あー、お嬢様が怒ってる」

「黙れ、使えん小童執事」

「セッティングしませんよ」

「わかった、許せ」

「許す」

「じゃ、じゃあ私、後攻でいい...?」

「いいぞ、じゃあ先攻吹っ飛ばしていくぞ!!!」

でも以外だな、あんな地味な子でもラップしたりするんだな。

まぁあんなお嬢様でもラップするぐらいだから驚くことではないか。

ちょっと弱気でクラスでも端っこにいそうな子がするラップはどんなものなんだろう、ある意味楽しみだな。

そしてお嬢様負けろ。

ビートは、これでいいかな。



「イェア まずは丁寧にご挨拶しとくか七海 でもスパイスが足りない足しとけ七味にハバネロ辛味 下向いてばっかで足が救われるぞ ちゃんとこっちを見ろ その瞬間 間髪入れる腹わたボディブロー 猛獣さはライオン 百獣の王 お前のライムを早く聞かせておくれよ」

「うるせぇ黙れ 寧ろ私がスパイス効きすぎてお前の味覚がぶっ壊れてんだよこのボケが 百獣の王 笑わせんな パンチライン入れるパンチ力はジェロムレバンナ 韻踏むことばかり考え過ぎてて 言いたいことが伝わらねぇよカス 踏み散らした韻なんてもう聞き飽きた まるで烏賊くせぇ中学生 何も感じない足りない中毒性」


多分自分がお嬢様だったら泣いているような強烈な言葉ばかり投げかけている。たしかにあまり七海ちゃんの方は韻を踏まずに相手のアンサーを答えて言葉お詰め込んでいて威力が高い。

にしてもビート流したらこんなに豹変するのかあの子は。


「出た出たいつもの内弁慶 逃げる理由はいつも三十六計備えてるもんな こんなもんでどうっすか Don't stop 止まらない 早口に添えるそっと辛口 辛辣さも持って心臓を喰らい尽くすこんな感じにビートに乗れや」

「黙れタンカス女 お前なんかイキってるだけの稽古だけしかしてない一生関取にもなれない小結程度 お前みてぇにだっせぇ何でもかんでも乗るような人間じゃない それで揚げ足取ったつもりか このmother fxxker クソ野郎 胎児からやり直せ 蹴り破れない 卵の殻さえも」


お嬢様はライミングはできてるよなぁ。

的確な韻はお嬢様のいいところ。

一方七海ちゃんは何にも囚われないアンサー返しと覆し方はとても上手いのかな。

ラップの起源的なやり方に近いものなのか。


「大丈夫稽古よりちゃんと本番でもばっちり決めてる お前の寒いライム冷えてる 胎児に帰る 私は帰らん 逆境を超える むしろ覆すぐらいの土壇場と韻を踏んでる この最後のバースで何を伝える 蔑みだけでむしろ言いたいこと伝えれてねぇのそっちなんじゃねぇの?アーイ!!」

「冷えてる?お前の体温はゼロ 死体 墓場で見てろナイトメア あとこれはただの蔑みじゃなくてアンサーしてるだけ 図星だからって難癖つけんなこのオンボロ 覆せてもねぇぞアンダーグランド気取り 担げない神輿に押しつぶされてる人間 まるで惨め 話にならん 橋の下に帰れ」


どっちも甲乙付けるのが難しい戦いであった。

蜂のように刺し、蝶のように舞う戦い。

どちらも良し悪しがあって、その悪いところ取り合って自分の持ち味の良いもので攻める良い戦いだったなぁ。

僕、そんなラップよくわからないけどね。

「七海の言葉は突き刺さるわ...」

「ご、ごめんね、今度は気を付けるから」

「そんなこと言わないで自信を持て!!せっかく七海はいいもの持ってるんだから!!」

「ありがとね、よし子ちゃん」

ビートが終わるとあの調子。

なんたる二面性。


「やっと終わった終わった、じゃあ僕は業務にでも」

「は、お前はまだこっちの手伝いがあるだろうが、七海、次いくぞ」

「う、うん...!!」

やる気満々だよ七海ちゃん。

「じゃあ次だ次、早くしろ!!」

「はぁ、かしこまりました、お嬢様」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る