第8話 不幸少年

 ラックが前に出ると、アンジェは憐憫の視線を向けてきた。

「え? なんとかできるの? 一ミリも信用できないんだけど」

「えー。少しは信頼しようよ。まだ僕の能力も見てないでしょ」

「どうにかできるんなら、もうなんとかしているはず」

 それは、ごもっともだった。

「まぁ、見てなって」

「だめよ、ラック」

 止めたのは、ロゼだ。

「まだリスクが大きすぎるわ」

「もう十分だ。時間も稼いだしね」

 ラックは、目の前で一つ柏手を打った。

 すると、突如目の前に、二頭身の女の子が現れた。女の子は十二単のような厳かな服装をしており、頭にはきらびやかな髪飾りを付けている。

 そして何より、彼女は宙に浮いていた。


「やっほー。お久しぶりだね! ラッキーボーイ!」


 彼女は愉快そうに声をあげた。

「さぁ、いつもの通り、ディラちゃんと、楽しくギャンブルしよう!」

「あぁ、始めよう」

 これがラックの能力であった。

「望みは?」

「あの怪人を制圧したい」

「オッケー! ベットは?」

「確率が二分の一になるもので」

「了解! たったら~! ゲームが決まりました! ゲーム内容はコイントス! 表が出たらラッキーボーイの勝ち! 裏が出たらラッキーボーイの負け! ベットされたものは!」

 ディラは無駄に間を置いた。


「右腕です!」


 アンジェが、小さく悲鳴をあげた。

 一方で、ロゼは困ったように額に手を当てた。

 だが、ラックは平然と告げた。

「よし、それでいこう」

「ちょっと待って!」

 ラックが了承すると、アンジェが声を荒げた。

「どういうこと? 右腕? いったい何が起こるの?」

「まぁ、見てなって」

 アンジェの制止をよそにゲームは始まった。

 ディラが、どこからともなくコインを出現させ、表と裏を確認させる。

「こういう能力なのよ」

 アンジェの問に答えのはロゼであった。

「ギャンブルに勝てば、いかなる願いも叶えることができる。ベットできるチップはラックの所有物。チップと報酬の度合いから、ゲームの難易度が変わる。つまり、チップが多ければ勝ちやすく、チップが少なければ勝ちにくい、ってこと」

「な、なんてアバウトな能力なの」

「本当にそうなのよ」

 アンジェは呆れており、ロゼはため息をついた。

不幸少年アンラッキーボーイ。それが彼のコードネームよ」

「やっぱり1ミリも信用できない!」

 アンジェはまったく信用していない様子であった。

「そんなイカれた能力に右腕を賭けたの? しかも二分の一なんて危ない勝負に? 考えられない!」

「そ、あの子、ちょっとおかしいのよ。優先順位っていうの? そういうのが、私達とはぜんぜん違うのよね」

「ロゼさんも十分おかしいと思いますけど」

「何か言った?」

「いえ、何も」

 そこでハッとアンジェは顔を上げた。

「まさか、あの右眼……」

「お察しの通りよ」

 ロゼは特に感情もなく応じた。

「右眼だけじゃないわ。たしか指も三本くらい動かないはずよ。あと、爪とか肝臓とかも獲られたことがあるって」

「……狂ってる!」

「ちなみに三千万の借金もあるみたいなのよね」

「そこだけ何か世知辛い!?」

 外野の不謹慎な発言を完全に無視して、ディラは、ニコっと笑った。


「さぁ、用意はいいかい?」


 ラックが首を鳴らした。

「あぁ、やってくれ」

 だが、そこで、ベルセルクの咆哮があがった。


「貴様ら! 許さねぇ!」


 見たところ、こちらを見据えている。体の自由こそ十分に効いていないようだが、焦点が確かに定まっていた。

「ロゼさん! 足止めお願いします!」

「長くは保たないからね!」

 ロゼは、バッグから種を取り出して、ベルセルクの足元に放り投げた。すると種は一気に発芽し、ベルセルクの足を支柱にして巻きついた。

「くっ! こしゃくな!」

 ベルセルクは手でその蔓をかきむしるが、次から次へと生えてくる。

 その隙に、ディラはゲームを開始した。


「グッドラック!」


 ディラの指からコインが弾かれた。

 宙をくるくると回転しながら、一直線に空へと舞い、そして重量に従って同じ経路を降りてくる。

 再度ディラの手の甲にぶつかり、もう一方の手で押さえつけられた。

「さて、結果は」

 サッとディラが手を開いたとき、


「ラックくん! 危ない!」

「ははは! 遅ぇ!」


 ついに体の自由を取り戻したベルセルクが、まっすぐラックのもとに突っ込んできた。

 ほんの十数歩。

 その巨体はすさまじい速度で突っ込んでくる。

 だが、ラックは動かなかった。

 むしろ、

「おい、やめとけ」

 ラックは忠告した。

 その行動はあまりに不可解に思えたようで、

「その手にはもうのらねぇ!」

 ベルセルクは聞く耳をもたない。

 だが、ラックは続けた。

「いや、今回はマジ。だって――」

「うるせ――」

 ベルセルクの言葉の末尾が大気を震わすことはなかった。

 それは、あまりに唐突な出来事であるが、


 ゴドン!


 空から降ってきた巨大な生物によって、ベルセルクの体は地面の下へと消失したのだった。

「な、な、に、が……」

 掠れた声が粉塵の中に消えていく中で、ディラはおかしそうに笑っている。

「だから言っただろ」 

 ラックは、ディラからコインを受け取り、掲げてみせた。


「コインは表だ」

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