第7話 陰

 ロゼに強烈に突っ込むアンジェであったわけだが、実のところ、効果は絶大だ。敵のベルセルクは、あさっての方向に向けて拳を繰り出している。代償として商店街が破壊されていくが、それはこのメンバーで守れる範囲を逸脱しており、仕方がない。

「あとは強い人が来るのを待つわけね」

「あぁ、だけど、そううまくはいかないんだよな」

 ラックが不穏な言葉を口にした途端、ベルセルクの視線がこちらに向いた。

「おまえら! 舐めたマネしやがって!」

「ちょ、ちょっと! なんか、あの怪人、治り始めていない?」

 アンジェがあわてているので、ラックはため息をついてから答える。

「ロゼさんの花屋敷の幻覚作用は、そんなに強くない。痛みでけっこう簡単に解ける。あんだけ殴っていたら、すぐだろうね」

「え?」

 不安そうな声を出すアンジェの横で、ラックは耳元の通信機で確認をとる。

「あぁ、レッドさんはまだ来られないみたいだね。場所的には近くみたいなんだけど、てこずってるって」

 いくらレッドといえど、難易度Aの制圧には時間がかかるのだろう。

「え? じゃ、どうするの?」

「どうしよっか」

「あほー!」

 あほとはひどい。

「ロゼさんの力をもう一回使えば?」

「ロゼさんは、まだしばらくトリップから帰ってこないよ」

 ラックが言い終わる前に、アンジェはポケーッとしているロゼの前に立ち、その頬を思いっきりぶっ叩いた。

「痛い!」

「帰ってきたわ」

 なんて強引な女だ。

「ロゼさん。さっきのをもう一回あの怪人に使ってください」

「え? アンジェちゃん、おはよう」


 バシっ!


「痛! アンジェちゃん痛い!」

「いいから早くお願いします! まだ強い人来られないみたいなんです!」

「ご、ごめん、むり。あの幻覚作用は、時間を置かないと効かないの」

「な、なんですって!?」

 そんな限定条件があったのか。

 ラックもロゼの能力をすべて把握しているわけではない。むしろ、知っている能力の方が少ない気がする。

「じゃ、どうするんですか!?」

「いや、だからやばいのよ。あ、そうだ。アンジェちゃんの能力は? この場を打開できたりしない?」

「わ、私の……ですか」

 アンジェは、あからさまに言い淀んだ。

「私の力を使えば、……なんとかできる、けど」

「えぇ! そうなの? じゃ、お願い! 私達を助けて」

 先輩ヒーローが新人に助けを乞うとはいかがなものかと思うが、ロゼはプライドなど持ち合わせておらず、だが実際、理に適った方法といえる。

 しかし、アンジェは歯をぎりと鳴らした。

「やっぱり、こうなるのね。それは、そう。私がここにいるのは、私の能力を利用するため、だものね」

 その瞳には陰が差していた。

 ラックは思い出す。今朝方の自己紹介で述べた言葉を。

『世界なんて終わればいいと思ってます』

 たったそれだけの言葉で、どうして彼女のことをヒーローだと気づけたのだろう。経験則というのもあった。

 だが、それ以上に、彼女の瞳の奥にちらつく静かな絶望に、見覚えがあったからに違いない。


「いいよ。アンジェ。ここは僕がなんとかする」

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