第5話 怪人
「ははははは! 現れたなヒーロー! 我が名は、ベルセルク! 豪拳のベルセルク様だ! 貴様ら、覚悟しろ!」
額から生えた禍々しい二本の角、尖った牙、隆々とした肉体、そして爪は獣のように長く、ほんの少し触れただけで切り裂かれてしまいそうであった。
商店街に突如現れたベルセルクと名乗る怪人は、店をいくつも半壊させ、現在までに十数人の怪我人を出している。
先に到着した警察によって、住人の避難は完了しており、ラック達が辿り着いたとき、ちょうど警察による足止めが行われている最中であった。
「うわぁ、自分で名乗っちゃうタイプか。これはイタイ奴ですよ、ロゼさん」
「そうねぇ、私、もう何回も聞いたわ、ベルセルクって名乗る怪人。格好いいと思っているのかしら」
「しかも、二つ名っぽく『豪拳の』とか言っちゃってますよ。あぁいうのって他人が付けるもんじゃないすか?」
「あ、でもキャバクラの源氏名は自分でつけるのよ。それと同じだと考えると、ちょっとシンパシーが沸いてきたわ」
「うっせぇよ、ヒーロー! しかも、ちげーよ! 何の話だよ!」
ベルセルクの突っ込みは冴えていた。
だが、ラックは別のことが気になっていた。
「え? ロゼさん、やっぱキャバで働いてるんすか?」
「はぁ、あのねラックくん。世の中って世知辛いの。ヒーローだけじゃ、食べていけないのよ」
「そんなもんすか」
「だから、何の話だよ! ヒーローの内部事情なんてどうでもいいよ!」
ベルセルクは、なぜか闘う前にボルテージがマックスになっている。やはり怪人というのは、切れやすいようだ。
喚くだけでなく、ベルセルクは暴れ始め、近くにあった電柱を殴り、ヒビを入れた。
そこで、ラックとロゼは臨戦態勢をとる。
ロゼの姿は、実のところおおよそ変わりない。なぜなら、そもそもこの花がらのドレスがコスチュームだからだ。さらに毛皮の黒いコートを大仰に羽織り、目元を大きなサングラスで隠している。
ラックのコスチュームは学ランだ。いつもはブレザーなので、学ランの詰め襟がうっとうしい。ただ、ボタンや所々にある金の刺繍は気に入っている。
はっきり言って、戦闘する格好ではない。
しかし、これでよいのだ。ヒーローの能力はメンタルに大きく左右される。自分の心が休まる、もしくは、高ぶるような格好をした方が効果的だ。
構えたラックとロゼに対峙して、ベルセルクはにやりと牙を見せる。
「さぁ、ヒーロー! 俺の攻撃を受けてみろ!」
「あ、ちょっと待ってもらえますか」
「え?」
今まさに襲いかかろうとしていたベルセルクは、ラックの頼みを殊勝にも聞き届けてくれた。意外と話せばわかる奴なのかもしれない。
「おーい。隠れてないで出て来いよ」
「むり!」
アンジェは、八百屋の前に置かれているキャベツの棚の後ろに隠れていた。
まぁ、むりもない。いきなり、こんな現場に連れて来られたら怖くて隠れてしまうのもわかる。
「いやいや、大丈夫だってロゼさんもいるし。こっち来て、慣れとかないと次からきついぜ」
「そういう問題じゃない!」
そういう問題じゃなかった。
「じゃ、何だよ」
「この格好よ!」
ラックとロゼは顔を見合わせて、首を傾げた。
「大丈夫だって。このコスチュームの効果で、ダメージ軽減されるし、スクランブルがかかるから、実際の顔も声もバレないから」
「その機能には目を見張るものがあるけれども安全性の話じゃないわよ!」
「え? じゃ、何?」
「この格好が単純に恥ずかしいのよ!」
そう言って、アンジェは棚の陰から飛び出てきた。
そこには白衣の天使がいた。
前で合わせるような様式の白衣は、タイトにアンジェの体のラインに張り付いていた。そして、太腿の上の方で切れている白衣の裾をできるだけ伸ばそうと、アンジェは必死に手で裾を引っ張っている。
いわゆるナースルックである。
ラックは、その姿に対して非常に端的な感想を抱いたわけだが、それを口にすると、きっとアンジェは怒るだろうと思い、ぐいと言葉を飲み込んだ。
「卑猥ね」
一方、ロゼは率直に爆弾を投下した。
「うぅ! わかっているわよ!」
アンジェは顔を覆った。
「ていうか、コードネームとか、コスチュームとか、意味わかんないのよ! しかも何で天使縛り? しかもコスチュームの方は何か強引だし!」
「「天使っぽいからじゃないの?」」
「天使っぽいって何なのよ!」
アンジェ、会心の突っ込みであった。
「まぁまぁ、落ち着けよ、アンジェ。自信持てって。似合ってる、似合ってる」
「言っとくけど私発信じゃないからね!」
「「はいはい」」
「もう!」
そのままその場に泣き崩れそうな勢いでやる気が沈下しているアンジェであったが、なんとか持ち直し、恥ずかしそうにしながらもロゼの隣までやってきた。
やっと準備が整ったことを確認して、ラックはベルセルクに向き直る。
「あ、ベルさん、お待たせ」
「待ったよ!」
ベルセルクはコンクリの地面を拳で割りつつ応えた。
「すごい待ったよ! こんなに怪人待たせるヒーローいないよ!? しかも完全にそっちの事情だよね? それもけっこうどうでもいい内容だったよね?」
「どうでも、ひっく、よく、ないもん」
「あー、ベルさん、ちょっとそこは控えてもらえますか? 今、この娘、ナイーブなんで」
「え? あ、ごめん。……て、ならないよ? え? 俺、怪人だよ? あと、そのベルさん呼びやめろ! おまえは俺の
「いやいや、ベルさん呼びしたくらいで友達面されても困るんすけど」
「こっちのセリフなんだよ! ていうか、こんなやりとりしたことねぇよ! 俺も怪人を三ヶ月やっているけど、初めての体験だよ! さらにいえば、待ってる素直な自分にびっくりだよ!」
「そうっすよね。むしろ、この怪人、何でこんな素直に待ってんだろう、って思ってました」
「ぶっ殺す!」
ついにベルセルクは襲い掛かってきた。
ゴリラのように一度胸を打ってから、拳を大地に置き、その太い足で大地を強く蹴った。
その巨大な肉体は、まっすぐラック達に――
――向かって来なかった。
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