第3話 アジト

 地下には直通の電車が走っており、十分程揺られるとアジトに着く。

 ターミナルからアジトまで意外と歩く。地下だから暗いかというと、そうでもない。ただ、段差が多いのでときどき圭佑でも躓く。

 ぶつぶつと文句を垂れながらも、進藤は圭佑の後をついてきた。

 しばらく歩くと、アジトへのゲートが現れる。ゲートは自動扉だ。セキュリティカードを掲げるとアジトへの道が開ける。ただ警備もいるので、この自動扉って意味あるの? と圭佑はときどき思う。

 進藤はさすがにこのセキュリティカードを所持していた。これがないと警備に止められているところだ。

「嘘、ではなかったみたいね」

「だから言っただろ」

 内部はせわしなく、アラートが鳴り響いている。

「ねぇ、大丈夫なの?」

「あぁ、ここはいつもこんなかんじだ」

 いつもアラートが鳴っているから、もはや意味がないんじゃないか? とやはり圭佑は思っている。

「やっぱり危険なことをするの?」

「たまに、な」

「その左目は仕事で?」

「さぁ、忘れちゃったな」

 しらじらしい、と進藤は呟いたが、それ以上は聞いてこなかった。

 しばらく歩いて、圭佑と進藤は、第三会議室に通された。

 そこで待っていたのは、ふくよかなおっさんだった。白髪八割のぼさぼさな髪をかいて、髭の豊かな口元をにかっと曲げた。

「やぁ、ラッくん。待ってたよ」

 声をかけられて圭佑は、かるく手を上げた。

「井之頭博士、平日の呼び出しはなるべくやめてくださいよ」

「ごめん、ごめん。もう、今日に限って戦力の子達がみんな休んじゃってさ。給料はずむから頼むよぉ」

 井之頭博士は、ここの管理責任者だ。博士などと呼ばれているが、実際に博士っぽいことをしているところを見たことがない。

 最近は、渾名なんじゃないかと思っている。

 進藤と会ったとき、彼の名前を暗号として使った。もしも組織と関係していれば、まず始めに覚える名前である。

「あ、それと新人連れて来ましたよ」

「え? あぁ、アンジェちゃん! 来てくれたの! よかったぁ。何か乗り気じゃないっぽかったから、すっぽかされるかと思ってたよ」

 井之頭博士はうれしそうに、進藤の方に駆け寄っていった。

 けど、アンジェ? 

 あぁ、そうか。進藤のコードネームか。

「いえ、まったくさっぱりやる気はありませんよ。あとその呼び方やめてください。訴えますよ」

 当の進藤は気に入っていないようだった。

 なぜだろう、けっこうかわいい名前なのに。

「いいよ、いいよ、やる気はなくても。でも、訴えるのはやめてね」

 井之頭博士は、ささと部屋の中へと促した。

「あ、井之頭博士。こいつにちゃんと説明しました? ぜんぜんわかってないっすよ、ここの仕事のこと」

「いやぁ、あのとき忙しかったから。どうせ、ここに来たときに説明するからいいかなと思って」

「「よくねぇよ」」

 圭佑と声がかぶり、進藤は気まずそうに顔を背けた。

「まぁまぁ、今から説明するから、とりあえず席に着いてよ」

 なんだか適当だな。

 圭佑はかるくため息をつき、空いている席に着いた。

「あら、ラックちゃん。今日も憂いた顔ね」

 部屋の中には、既に先客がいた。

「おつかれっす、ロゼさん」

 圭佑のことをラックと呼んだ女性、ロゼはかるく手を振って寄こした。

 外見を一言で説明するならば、キャバ嬢だ。そう言うと、ロゼさんは怒るので黙っておくが、実際、赤いド派手なドレスに、盛った茶髪に、濃いメイクを総合するとキャバ嬢が出来上がる。

「そっちの子は彼女?」

「「違う」」

 進藤とは意外と気が合うのかもしれない。

「こんな怪しいところに彼女連れてくるわけないでしょ。同業者ですよ」

「あら、てことは新人さん? それはお気の毒」

 ロゼは一言で、進藤の状態を適切に表した。

 進藤の方は、新たに登場した怪しいキャバ嬢、ロゼにかなり警戒しているようであった。

 だが、そこはロゼの方が大人である。

「心配しなくていいわよ。私はあなたの味方だから。あ、私のコードネームは花屋敷フラワーガーデン。でも、なぜか、みんなはロゼと呼ぶわ」

「……私は、進藤です。よろしくお願いします」

「ふふふ、よろしくね、進藤さん。でもね、ここではコードネームで呼び合うのよ。あなたにもあるでしょ?」

「……いえ、私は、その」

 なぜか進藤は言い淀んでいたのだが、

天使の口付けエンジェル・キッスちゃんだよ。みんな仲良くしてあげてね」

 井之頭博士により簡単に開示された。

「「……エンジェル・キッス」」

「……何よ」

「「ぷっ」」

「笑うな!」

 圭佑とロゼは顔を背けた。

「ちょっと、ラックくん。ぶふ。笑っちゃわるいわよ」

「いや、笑ってないっすよ。ぷふ。でも、僕らもう16っすよ」

「まだ16ならいけるわよ、エンジェ、ぶふ、エン、ぶふ、キキッ、ぶふふふふ」

「ロゼさんこそ、ぶふ、笑い過ぎじゃないすか、あはははは」

「おまえも笑い過ぎだ!」

 今日一番大きい声で、進藤は遮った。

「ごめん、ごめん。キッスちゃんがあんまりかわいいから、からかっちゃった」

「……せめてアンジェでお願いします」

 疲れたように肩を落とす進藤、もといアンジェであった。

 と、まぁ、洗礼のような行事を終えると、井之頭博士は、一つ咳払いをしてから、ディスプレイに指し棒を向けた。


「それじゃ、今日の緊急対応案件を説明するよ。ヒーロー諸君」

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