第2話 緊急招集
放課後、圭佑は教室に残っていた。
正確には残らされたのだが。
「知っていることをすべて話してちょうだい」
この女、進藤美心に。
「知っていることと言われても、おまえだってまったく知らないわけじゃないんだろ?」
「おまえって呼ばないで」
つんと進藤はそっぽを向くので、仕方なく圭佑は訂正した。
「じゃ、美心」
「馴れ馴れしい」
「進藤」
「呼び捨てにしないで」
「進藤様」
「何? そういうプレイがしたいわけ?」
「じゃ、どう呼べばいいんだよ」
「普通に進藤さんって呼びなさいよ!」
冷静キャラかと思えば、意外と突っ込みキャラであった。
はぁ、とため息をついたかと思うと、進藤は不本意そうに述べる。
「知らないの」
「何を?」
「何も、よ」
進藤は俯いた。
「あなた達の、その、怪しげな組織について、私は何も知らないの。突然、ここに連れて来られて、寮に入れられて、この学校に通わされて、週末に怪しげなバイトをしろって言われて」
それだけ聞いたら、AVみたいだな。
「ねぇ、私、何か騙されている? バイトってえっちなやつじゃない?」
どうやら進藤も同じ感想を抱いたようだ。
「あぁ、安心してくれ、いやらしい仕事ではない」
「そ、そう」
信用しきれないようだが、進藤は少し安心した顔を見せた。
ただ、同時に翳りも見せた。
まぁ、その気持ちにも察しがつく。
彼女の心のどこかに、これまでに起きたすべての事象は夢か妄想であってほしい、とあったのだろう。自分は絶賛騙され中の不幸な娘であってくれた方がまだましだと。
実際のところ、どっちの方がより不幸かわからんが。
不幸であることには変わりない。
「じゃあ、どんなバイトなわけ?」
「それは、だな」
と説明しようとしたとき、スマホが震えた。
圭佑がスマホを取り出すと、同時に進藤もスマホを手に取った。
その時点で、メールの内容はおおよそ予想がついた。
メールを開くと、実際にそのとおり。
『緊急招集』
ふと顔をあげると、進藤が不可解そうな視線をこちらに向けている。
その視線は説明しやがれ、と力強く物語っていた。
視線だけで、要求を伝えてくるとは、これがいわゆる以心伝心というやつか。
いつの間に進藤との友情パラメータが上昇したのだろう。
なんだか面倒だな、と圭佑は頭をかき、それから、やはり面倒になってスマホを閉じた。
「まぁ、僕から説明するよりも、実際に見てみるのがはやいぜ」
◆◆◆◆◆
今にも倒壊しそうなおんぼろ体育館の後ろ側、いわゆる体育館裏という場所に圭佑達はやってきた。別に告白するわけでも、決闘を申し込むわけでもないのだが、少しどきどきするのはなぜだろう。
一方で、体育館裏に着いてから、進藤はひどく不機嫌そうな顔を浮かべていた。不機嫌というよりも、懐疑的といった様子だ。
「ねぇ、私、本当に騙されてない?」
進藤の現状を簡単に説明すると、転校初日によく知らない男から唆されて体育館裏に連行されている。
これって、AVじゃね?
と思っても仕方のないことである。
「いや、騙してねぇよ。ここがアジトへの入口なんだ」
「ここが?」
どうやらアジトに行ったことがないらしい。
だとすると、この体育館裏が入口と言われてもぴんとこないだろうか。
たしかに、一見ここには何もない。塀と茂みと大きな木。
「ちなみにこの根がひん曲がったでかい木は、『せっかち兎の大樹』と言われている」
「あぁ、元ネタは『ふしぎの国のアリス』ね。短絡的だわ」
言われてみればそうだが、学生のネーミングなんてそんなもんだろ。
そこで、進藤はつまらなそうに笑みを見せた。
「あぁ、わかっちゃったわ。この根の奥に秘密の地下通路があるのね」
「いや、違う」
サッと進藤は顔を背けた。
まぁ、ドヤ顔してはずしちゃったから、恥ずかしいよね。
微妙に頬を赤くする進藤を意図的に無視して、圭佑は話を進める。
「地下通路ってのは合っているぞ。だけど、この木じゃない。隣の木が入口だ」
「知ってたわ」
いや、こんなところで強がられても。
「ちなみにこの渦巻みたいな銀杏の木は、『長谷川の悲劇』と言われているんだが、まぁ、それは置いておくとして」
「ちょっと待ちなさい」
「何だよ。緊急招集だから、けっこう急いでんだけど」
「長谷川に……! まぁ、いいわ」
何やら大きなモノを飲み込んで、進藤は先を促した。
「で、どうやって入るわけ? 魔法の呪紋でもあるわけ? それともカラクリか何か?」
「いや、この幹が扉になっているんだ」
圭佑は幹の穴に鍵を差し込んで、左に回すと何かが動く音が幹の奥から聞こえ、幹の表面がガタンと外れて、扉として開けた。
「あ、鍵は後で支給されると思うから。言っとくけど複製は禁止だぞ」
「……ねぇ、本当に騙されてないわよね?」
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