イージー・ヒーロー
最終章
第1話 転校生
「世界なんて終わればいいと思ってます」
転校生は教壇に立ち、迷いなく言い放った。
その所作はなかなか絵になるものであり、またその言動は看過できない類のものであったが、2年3組一同は、ふうと小さく息を吐くに留まった。
あぁ、そういう病気の人か。
もはや別段珍しくもない中二病とかいうやつだろう。ただ高校二年生になるまで引きずっているなんて、残念な女だなと心の声が聞こえてくる。
だが、
あぁ、たぶん同業者だな。
◆◆◆◆◆
強烈な自己紹介に続いて、午前中の授業が終わった昼休み。
たいていの者は友達と集まって、お弁当なり、学食なりで昼食をとる。
「圭佑、学食行こうぜ」
「あぁ、今日って激アツ丼の日だっけ?」
「まさにそうだ。俺の口はもう肉の口だぜ」
たとえばこのように、圭佑などは、友達の
だが、ここで友達のいない者はぼっち飯となる。
そして、転校生、進藤美心はまさにそのぼっち飯の最中であった。
決して、クラスメイトが冷酷というわけではない。
どちらかというと、柔軟で来る者を拒まないタイプである。
が、進藤はそうではないらしい。
あんな自己紹介をしたにもかかわらず、積極的に声をかけてくれたクラスメイトに対して、
『近寄らないで。吐き気がする』
と二言で払い除けた。
積極的にぼっち飯に邁進する進藤は、コンビニで買ってきたのであろう菓子パンをもぐもぐと頬張っている。
まぁ、世界が終わってもいいと思っているような女が、友達と仲良くランチしている方が想像できないのだけれども。
本来であれば、圭佑の知ったことではない。
協調がすべて善ではないのだ。
独りでいたいのであれば、その主張は尊重されるべきだ。
だが、
「あ、わるい則夫。ちょっと待っててくれ」
無視できない理由が圭佑にはあった。
「あの、進藤さん、ちょっといいかな?」
圭佑が声をかけると、進藤はちらりとだけ圭佑の方に視線を送り、そして案の定の答えを返してきた。
「よくないわ。直ちに私の視界から消えてちょうだい」
ですよねぇ。
彼女が人を受け入れない信条なのだから仕方ない。しかも、自分の格好があまり受け入れられないことも理解しているつもりだ。
面倒がりの圭佑は、最近、髪を切っていないのでぼさぼさ。ただ、美形でこそないものの、顔のパーツは整っている方だと信じている。けれどもその顔には異様な着衣、眼帯が左目を覆っていた。
さらに右手には黒の手袋をはめており、切実に怪我のせいだと言っても信じてもらえたことはないし、むしろ、中二病のお仲間ですか? と頻繁に問われる始末である。
そんな人物から、急に声をかけられれば、誰だってまず拒絶する。
「まぁ、そう言うな。僕は与根川圭佑。今度の週末、井之頭公園で
「は?」
進藤は怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
それはそうだろう。圭佑ですら、そうだ。そもそも、そんなBBQパーティーなど、企画すらされていないのだから。
ただ、知る者にとっては、意味のある文言だ。
しばらくして気づいたようで、進藤はハッと目を丸くした。
「あなたが?」
そこで、疑心は確信に変わった。
「そう」
圭佑が答えると、進藤は眉の皺をぎゅっと増やした。
「もっとイケメンだと思っていたわ」
「そいつはわるかったな」
かわいくねぇ。
圭佑がそんな感想を抱いている一方で、進藤はさっと髪をかきあげた。
「わるいけど予定があるわ」
「そう。残念」
それ以上のコンタクトは不要と思い、待たせていた則夫の元に足を向けた。当の則夫は、にやにやとした気持ち悪い笑みを浮かべて、待ち受けていた。
「おいおい、抜け駆けか?」
「そんなんじゃねぇよ」
「ていうか、バーベキューの話なんて初めて聞いたぞ」
「あぁ、初めて言ったからな」
「まず、俺を誘えよ」
「以心伝心したかと」
「いや、そこまで友情深めてねぇよ。てか、成徳って誰だよ」
「ん? 誰だ、そいつ?」
「……おまえが言ったんだろうが」
則夫がなぜか呆れたように肩を落とした。
「まぁいいや。でも、滅亡姫はやめとけよ」
「滅亡姫?」
「転校生のことだ」
「どの辺が姫なんだ?」
「あの塩対応なところかな」
それは女王様では?
「言っておくが、別に好意はないぞ」
「嘘つけ。でなければ、Mなのか? あの塩がいいのか?」
「違う」
則夫の追求が鬱陶しいけど、そう思われても仕方がない。
ただ誤解は解いておきたい。
「つまり、あれだ。バイト先が同じなんだよ。たぶん」
圭佑の言い訳を聞いて、則夫は、ハァとため息をついた。
「たぶん、て何だよ」
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