「あの子を殺したのはわたしの言葉だと思う」


 大学生のときバイトがいっしょで仲良くなった友人は、わざわざ俺が借りて練習をしているスタジオまで来たと思ったら、そんなことをいった。


 何か言い返そうかと思ってやめた。何をいっても上滑りしていくだろう。ただ、こいつが五日間ずっと黙秘を続けていた件について、やっと話す気分になったらしいことは察した。


 親友だったかつての少女が自殺を図ったと、突然来てつぶやいたと思ったらそのまま帰っていった五日前のことを思い出す。


 親友というのがちょっと複雑な家庭事情で異母兄弟がいたり父親と折り合いが悪かったりしていて、負けず劣らず父親が失踪していたりその愛人がうんぬんみたいなこいつと、二人で必死に思春期を支え合って生き抜いたのだといつか聞いた。


 その親友が電話をかけてきて、そしてビルの屋上からダイブしたんだと。あとたぶんもうすぐ死ぬとか。


 手近な丸椅子を引っ張って壁際に座ると、小綺麗な木目にもたれた彼女はどこを見るということもなくぼうっとしていた。俺もなんとはなしに手持ちのギターをいじってポロロン、と鳴かせたりしていた。


「電話がかかってきた」

「うん」

「助けてっていってた。すっごく遠回しにだけど。でもわたしにはわかったよ。わかってて、あなたの命に責任は持てないっていった」

「そっか」


 じつにおまえらしいと俺なんかは思ってしまうんだけど。そういうときにそういうこといっちゃうの。


「おまえはそれを後悔してんのか」

「ううん」

「だろうな」


 自分に精一杯で他人のこと背負えませんなんて、バカ正直にいっちゃうヤツだった。そういう大事なことについては上手く誤魔化したりしない。


 だから何度繰り返してもこいつは同じような拒絶を親友に突きつけるだろう。どんなに後悔したって返せる答えは変わらないのなら、後悔したって意味はない。だから後悔しないと決めてしまうような。


「無責任なことはいいたくなかった。死にたいって子に、簡単にわたしがあなたを助けるとかわたしにはあなたが必要だとか、だから生きてなんていいたくなかった。いえなかった。できないことはしたくなかった。正直でありたかった」


 幸にも不幸にも、そういう大事なことで適当に上手くこなしたりしないヤツだった。そういうとこが俺は好きだなと思うんだけれど。


「おまえはそれで自分のこと責めてんのか」

「ううん」

「そっか」


 手元のギターを抱え込む。話すとストレスの解消になるというから、少しでも友人の手助けになればいいと思う。


 なんともない普段の生活ではバカみたいに本音と建前を使い分けている、腹黒の友人の気が楽になるなら。音楽もドラマも漫画の好みも似ていて、妙に馬が合って、結局大学を出てもやる気がないからフリーターになってギターいじってるような俺に、あんまり考えずに会いに来ちゃうような友人の気が楽になるなら。


「最終的に死ぬって決めたのは決めた本人の責任だと思う。わたしの言葉を言い訳にして死ぬことにしたのはあの子の責任だと思う」


 相変わらず夜になると暗く沈む瞳で、友人は空中を見ていた。


「きっと止められたがってた。死なないでっていわれたがってた。あなたが死なないでっていえばわたしは死なないよ? って暗にいってた。それを承知で止めなかった。そんなの傲慢だと思った。死ぬなら勝手に死んでしまえばいいと思った。死にたくないなら死ななければいい。甘えるのも大概にしてほしい」


 激しく吐き捨てたあと、少しして、彼女は小さな丸椅子の上で器用にひざを抱えてまるくなった。


「大好きだったのに。大好きだったのに。わたしを救うのはあなただと思ってた。でもわたしを救うのがあなたじゃなくてもよかったのに。ただの友人でも大好きだったはずなのに」


 そして小さく、悲鳴をあげていた。


「親友だったのに、あんなに大好きだったのに」


 大事な人だといっていた。その子が彼女の世界のすべてを支えていたときもあったという。彼女がいたから生きて大人になれたと。


 だけど生き抜いて大人になって、別々の大学に行って別々の仕事をして、生活基盤が異なるようになった二人は価値観にズレがでたらしい。


 かつては一番大事だったのに一番大事でなくなってしまった相手に対して、どうすればいいのか、接し方もわからなくなってしまった。


 そして彼女は、かつて一番大事だった親友のことを好きじゃなくなってしまった。


「大好きだったはずなのに」


 いつか、なくしてしまっていた親友に向けて、彼女はまるくなって泣いていた。

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