12-13

6月27日 火曜日


「――っ」


腰にくくり付けた刀を抜き、浮かび上がってくる的を真っ二つに切り落としていく。


「次、ラスト!」


的を切り落とすと同時に終了のブザーが鳴り響く。

ゲームのごとくポイントが表示され、耳に取り付けた通信機から6年前によく聞いた男の声が聞こえてくる。


『よくやった。ふむ、どうやら身体に残った戦い方はしっかりと残っているようだな』

「残っているのは俺だけだがな、もう一人の俺は忘れてる」


音を立てながら刀を鞘に納める。


『だが銃が駄目なのは6年前から変わらんな』

「まぁな、この6年間実質何一つとしてやっていないからな。上達するもんも上達しないさ」

『ならこれから毎日みっちりと仕込んでやれば上達するのか?』

「いや、しないだろうな」

『しないのか……』

「当たり前だろお前が俺の体の中をいじり回して動体視力やらなんやら色々と強化してなおかつ鍛えたところで一切上達しなかった。だろ?」

『出来ないことをそう堂々というものではないぞ。だいたいその強化だって薬品開発の副産物だしな』


そう矢神は呆れたように言う。


「そうさ、俺はそういうことしか出来ないんだよ。中途半端な人間だからな。思うことは出来ても思うだけだ。そういうやつのことを可哀想とか思っても心の底から想うことは出来ない。だからいつも俺は言うなれば開き直った態度で生きている。それくらいお前もよく知っているはずだかな」

『あぁ、ホントとことん面倒で迷惑な性格だな』


ならば昨日の謝った件も口だけだったのだと考え、構わないがな、と矢神は少し心傷付いた。

そんな気がした。


「じゃなけりゃ俺はこうしていないだろうよ。もう一人の俺だったら多分いまだあの牢屋で踞ってたろうよ」

『それでよく6年前私の命に従っていたものだな』

「あの時は逃げたところで行くところもなかったし、それにもう一人の俺は彼女…リリスを心の拠り所としていたからな」

『なるほど。吊り橋効果か』

「バーカ、ストックホルムだよもう一人の俺は別に彼女に恋愛感情を抱いちゃねぇよ。抱いてんのは好意と同情だ」

『自分のことをそうであると言える場合、大抵は先入観に捕らわれていてそうでない場合が多いがな』

「俺はもう一人の俺とは異なる存在だ。身体は同じでも心は違うんだよ」

『そうだな。お前は二重人格者だから他の者とは違うのかもしれないな』

「?なんだ妙に物分かりが良いな、昔ならガキみたいに反発してきてたってのに」

『あれから6年だ。私にも色々とあったんだよ』

「みたいだな――――!?」


防人は訓練室の扉が開くと同時に飛んできたナイフを刀の鞘で弾き落とし、それを投げた犯人の方へと向く。


「…前言撤回だ。お前やっぱバカって言われて怒ったな?」

『違う誤解だ』

「なら何で彼女がここに来てんだ?俺のことは他のやつらに話すのはもう少し後のことなんじゃなかったのかよ?」


そう言いながら防人は拾い上げたナイフの切っ先を扉のところにいる少女≪キスキル・リラ≫へと向ける。


『本当に知らないのだ。私は何もしていない』

「ふーん、ならいい」


矢神の反応から真実を言っていると判断した防人は頷くとナイフを下げ、リラの顔をじっと睨み付ける。


「少なくともいきなり攻撃してきたってことは何も知らずにここに来たというわけではなさそうだが、それは本人に直接聞いてみるとするよ」

『戦うのか!?』

「んだよ。あいつは別に似てるってだけでリリスじゃねぇんだろ?」

『いや、別にそういうわけで言っているのでは…』

「話しは後だ」


防人はこちらへ走って迫ってくるリラの持つ短剣を手首の枷で防ぎ、そのまま彼女の手首を掴み、捻って短剣を離させる。

そのまま足払いをし、倒れたところを押さえつける。

そしてリラが落とした短剣を拾い、彼女の首元に添える。


「――っ」

「おっと動くなよ。…さて、どういうつもりかは知らないがいきなり襲ってくるのは止めてくれないか?」

「うるさい!人殺し!」

「人殺し?あぁ、仲間が殺されたからか。てことはこれは復讐のつもりかぁ?…ははっ!なら俺を殺すってことだな。つまりお前は人殺しになろうというんだな」

「違う。私は友達が殺された仇を」

「仇を討つなら殺しても人殺しにならないってか?都合の良い理由だな。自分勝手だと言ってもいい。戦場に出りゃ誰かは目の前で死ぬんだ。誰かを自分の手で殺すんだ。戦場に出りゃ最後誰一人としてその手は血に汚れんだよ。人一人殺した殺されたぐらいでそいつを仇だなんだと言っていちいち周りが見えなくなったらもっと多くの命が、自分の命が散るぞ。もっともこの程度じゃ誰かを守るどころか自分すら守れないけどな」

「くっ…」


リラは理解をしたのかこちらを押し退けようとした力が弱まる。


「分かってくれたか?」

『お、おい!殺すなよ?』

「はいはい。分かってるよ」


震えた声で注意をする矢神に対して防人は軽く答えるとゆっくりと短剣をリラから離し、起き上がったリラへと返す。


「あぁ、そうだ。あん時はありがとよ」

「…何の事?」

「俺があの男どもに縛られてボコボコにされてた時にヒ…とと游にわざわざ報告して助けてくれたじゃねぇか」

「あれは…さすがにやりすぎだと思ったから」

「ははっ!そうかい。フフッ…前は優しいんだな…」


そう言って防人は優しくリラの頭を撫でよう伸ばした手をはたき落とす。


「気安く触ろうとするな! 別に私はお前を許した訳じゃないんだからな!」

「そうかい。まぁ元より許してくれなんて言う気はねぇよ。ただまぁ今後こういう不意打ちみたいなのは止めてくれよな。1日中気を張るのは疲れる」

「…分かった。じゃあ今度は予め手紙を渡す」

「果たし状も止めろ」

「時間も書く。場所も指定する」

「それでもダメだ」

「じゃあ…」

「話聞いてたか? 襲ってくるのを止めろって言ってんだよ」

「え~~だってそれじゃあ殺せない」

「露骨に嫌そうな顔しないでくれない。どんだけ俺を殺したいんだよ」

「銀河の果てまで」

「壮大すぎる。…ちょっと矢神この子すごい頑固なんだけど何とかしてくんない?」

『…ちょっとこれを彼女に渡してくれ』


そう言われ、防人は通信機を外すとリラに渡そうとする。


「え、何?あんたがつけたのを私に使えと言うの?」

「嫌なら聞こえるように耳元に持ってくだけで構わねぇよ」

「…分かった」


彼女は通信機を受けとると矢神と少しなにかを話している。


「…はい。分かりました」


リラはこちらへ通信機を投げ渡し、『自分の部屋に戻る』と部屋を出ていった。


「すごいな…何て言ったんだ?」

『なぁにただそんなことしてるとお父さんが悲しむぞって言っただけだ』

「へぇー親父さんがね…その人は今どうしてんだ?」

『死んだよ…つい最近にな』

「そうか…教えてくれてあんがと」

『あぁ、さてそろそろこちらへ戻ってきてくれ他の兵達が使う時間だ』

「了解」


そういや、少し前にあの娘が来たとき親父さんがどうのいっていたな。

なるほど俺への恨みは二人分…というわけか。


「しかも父親が…成る程確かに恨みはでかくなるわな」


防人は小さくつぶやき、荷物置き場でIDカードを首にかけた後ゆっくりと部屋を出ていった。



その夜、防人が矢神に宛がわれた部屋で風呂上がりに小型冷蔵庫のジュースを飲んでいると誰かが力強く扉を開けながら中へと入ってくる。


「誰だ!?どうやってその扉を」

「この研究所の扉はIDさえあれば誰だって入れるの」


成る程ならば今度からチェーンもつけておこう。


「その声、リラか…何のようだ?」

「ちょっと話したいことがあってね」


そう言いながら彼女は玄関から防人のいる奥のへやへと入ってくるやいなや顔を赤らめ、引っ込んでしまった。


「どうした?」

「ふ、服くらい着なさいよ。パンツ一枚でなにやってるの?」

「いや、風呂上がりで暑いからな。少し涼んでたんだ」

「だからって何でパンツ一枚なのよ」

「ここは今は俺の部屋だぞ。自分の部屋でどんな格好しようと構わんだろ。大体お前が勝手に入ってきたから悪いんだよ」

「…そうね。悪かったわ」

「いや、構わないさ。単にタイミングが悪かっただけだからな。さて服も来たしこっちに来い」

「ええ」


二人は部屋の角に置かれた椅子に向かい合って座り、防人は小さいペットボトルをリラの前に置く。


「ありがとう」

「ん、それでこんな遅くに話って何のようなんだ?」

「実は頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいことか…出来る範囲でなら構わないがそれを承認するかどうかは内容次第だ」

「その戦闘の仕方を教えてくれないか?」


やんわりと断っているつもりだったのだが、まぁいいか。


「何を言ってる。俺はお前の仇なのではなかったか?」

「そうだけど、あんた強いでしょ?」

「俺は別に強くなんかねぇよ。出来て簡単な戦闘中と剣術ぐらいだ。それくらいならここでも出来るはずだろ?」

「ダメだよここじゃ基本の事しか教えてくれない。だからここにいる人達よりは強いあなたなら」

「…俺は強くないと言っているのに、少なくとも真栄喜 游とかいう男には敵わんだろう」

「あの人は…なんと言うか次元が違うもの。近寄りがたいオーラと言うかそんなものを放っている」

「ふむ、確かにそれに関しては否定はしないがな」

「ねぇ」


彼女はそう言いながら頭を机につくぐらい下げて上目遣いでこちらを見てくる。


「あなたに戦い方を教えてほしいの」


彼女は無意識だろうが、そのとき防人は少しドキリとした。

だが、感情と理性は別物。それで揺れ動くほど甘くはない。

しかし今後しつこく付きまとわれたりでもしたら厄介なことは厄介か。

防人はしばらく悩み、ゆっくりと頷く。


「…わかった引き受けてやろう。ただし、俺も教えられたことをそのまま返すだけだ。それでも叶わねぇってんならいいがな」

「ありがとう。感謝するわ」

「そうか…わかった。なら明日、今日と同じ時間に訓練室に来てくれ」

「えぇ分かったわ」


彼女は立ち上がるとくるりと体を反転して部屋を出ていく。


「……はぁ~参ったな。あの顔で頼まれたからついオーケーしちまった。ってわけじゃねぇだろうけど……人の事は言えねぇな」


扉の閉じる音を聴いてから防人はそう呟いた。

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