11-2
実技試練は全部で二日で行われる。
一日目に行うのは生身での戦闘技術の測定とGWの操作技術の測定。
訓練場で一人一人訓練を行い、担任教師が採点するというもの。
他にも夏からは銃の分解、組み立てや簡単なGWの整備等もテストとして行われるらしい。
二日目に行うのはGWでの戦闘をトーナメント形式でアリーナで行うというもの。
これは初日行われたGWの操作技術で合格点の者のみが参加可能だ。
もちろん上級者は専用機持ちなので強制参加。
以上の点数が成績に反映され、戦闘の結果によっては学年の順位が左右されるらしい。
6月13日 火曜日 14:30
現在、僕は現在射撃訓練のために学園の訓練場に来ていた。
「ハッハッ…」
ここは第三訓練場。
ここでの訓練は一定のコースを走り、その間に現れる的を用意した武器で狙うというもの。
これがなかなか難しい。
ちなみに僕は今黒いオートマチックのハンドガンを使っている。
種類とかはハンドガンとかリボルバーとかぐらいにしか分からないのでパネルから『初心者向け』『拳銃』で装弾数が多めのものを選んだ。
確かモニターにはコルト、なんとかって名前が表示されていたと思う。
「僕の結果は……1000満点で354点か…」
ハンドガンは初級でこの結果。
難しくしてあるのだと思いたくとも一年の平均値が600点と出ている…自分が下手だとしか言えないな。
まぁ初めての159点から比べたらかなり上達した方だと思う。
でも酷いよなこの点数…。
次の投げナイフは714点と思ったよりも出来た。
内容はよく覚えてないけれど、この前にATにしてもらった訓練のお蔭なのかもしれない。
「問題は銃系統だな…まずは無難に立ち止まって撃つ練習からかな」
そう独り言を言って僕はボーリング場とかで置いてある自動販売機的な物から銃弾の入った箱を取り出し、第二射撃場の扉を開ける。
ダダダダダダダダダダダダ――
バン、バン、バン、バン――
開けると同時に耳に届いてくる様々な銃声。
何人か練習しているようだ。
流石に五月蝿すぎるので棚にかけてある耳当てを取ってかぶる。
そして隣の人と一つ空く場所として一番奥まで行き、床に塗られた足跡マークの上に立って隣との仕切りにあるパネルを操作する。
銃の種類『拳銃』と難易度『初級』と入力して『完了』をタッチし耳当てがちゃんとフィットしていることを確認。
後に赤く光る『開始!』をタッチする。
床から的が競り上がってきてくるりとこちらを向く。
急いで照準を合わせ、引き鉄を引く。
カチン
「あれ?…弾が出ない」
壊したかと焦ったが、「ああ」っとすぐに弾が入っていないことに気が付く。
拳銃から弾倉(マガジン)を抜き取り、弾が詰まった箱から1発ずつ取り出して詰めていく。
「よし………あ…」
ポロポロと落としながらもようやく詰め終えて再び構える頃には時間切れで終わっていた。
モニターには『0点』とでかでかと表示され、その下に『リトライ』『終了』の選択肢。
「ふぅ…やれやれ…」
僕はため息を吐いて『リトライ』の枠に人差し指を重ねる。
ちなみに二回目の点数は『363点』だった。
まぁ…上がっていたのでよしとしよう。
それから僕は制限時間ありのゲーム方式ではなく、無制限に普通に出てきた的を撃つだけの練習を繰り返す。
少し離れたところに植崎もいた気がしたが、マシンガン撃ちながら「オラオラ」叫ぶのに夢中のようだったので気付かぬふりをした。
◇
6月13日 火曜日 18:00
「ただいま~」
練習を終え、自分の部屋に帰ってくる。
今日は幼女のお出迎えは無いようだ。
むしろ何で出迎えてくれていたのか分からない。
だから来てくれても来てくれなくてもどちらでもいいのだ。
しかし、なぜ来てくれないのだろうか?
虫の居所が悪いのか、昼に見ていた特撮に集中しているだけなのか、どちらにしろ下の購買でおやつを買ってきて正解だったと思う。
プチシュー…喜んでくれるかな?
「ん?」
扉越しに微かだがリビングから話し声が聞こえてくる。
少し警戒しつつリビングの扉を開けると絶華の向かいに黒い衣装に身を包んだ眼帯の少年が座って絶華の話を楽しそうに聞いていた。
今日は絶華もあの時の拘束衣を着ていた。
「あ、ATせんぱい。お帰りなさいです」
「お帰り…おや、君は…」
「あ、えっと…」
もし、眼帯の彼が僕がATではないという事がばれるようなこと言えば僕は絶華に殺されてしまう。
そう思った僕の背から嫌な汗が溢れ始める。
せっかくシャワールームで汗を流してきたのに…いや、今はそんなことはどうでもいい。
「おにーちゃん。何を言ってるですか?さっきも言ってたATせんぱいですよ」
眼帯の彼が言う前に絶華がそう言った。
うん。ナイスだ。
グッと僕は心の中で絶華に向けて親指を立てる。
「ふっ…なるほど……君に会うのはひさしぶりだね」
彼もどうやら察してくれたらしい。
助かったぁ。
「あ、えっと…」
しまった。名前が分からない。助かってない。
僕がモタついていると眼帯の彼は「ふっ」と笑って立ち上がる。
「まぁひさしぶりだから無理もない」
そう言って彼は僕の目の前に立って手をこちらに向ける。
身長は絶華よりも20㎝ぐらいは高い。
多分150㎝ぐらいだと思う。
年齢は僕と同じと絶華から聞いていたが…いや、深くは聞くまい。
「俺はヒロだ」
「ど、どうもAT…です」
初対面の人に別の名前を名乗ると言うのは何というか妙な感じだな。
僕は彼と短い握手を交わし、席に座る。
絶華とヒロさんが向かいあって座り、絶華の横に僕が座る。
「……。」
「……。」
「……。」
何を話せばよいのか分からず訪れる沈黙。
僕が来たからこうなったと思ったら何だが悪い気がしてしまった。
絶華の奴もヒロさんのこととか話してくれれば良いのにパソコンで例の特撮を見始める始末。
『くそっ』と僕は心の中で悪態をつく。
なぜ僕が僕の部屋に帰ってきたことに悪かったという気持ちにならねばならないのか。
あぁもう。ここは僕が話を切り出すべきなのか?
「あ、これおやつ買ってきてたんでどうぞ」
僕は袋からプチシューを取り出して机のまん中辺りに置く。
でも話の話題なんて初対面の人に対してあるわけはない。
初対面…初対面の人に対して話すこと…なんだ?
考えろ考えろ考えるんだ僕の脳ミソよ。
木魚を音を想像しながら考えるんだ。
……そうだ!
「これはどぉうも」
「…えっと、今日はどういったご用件ですか?」
ここは相手に話の内容を言わせよう。
そしてこの質問ならばこちらは大抵の場合は相づちを打つだけで良いはずだ。
「…ATさ」
「は、はい?」
何か失敗してしまっただろうか?
「ひさしぶりだからってそんなかしこまらなくてもいいからさ、もっと気軽に話してよ。こっちも恐縮しちゃうよ」
「あ、あぁ…(なるほどね)。それもそうで(おっと危ない)…だな」
「そうそう。まだ少しぎこちないがそれでいい……しかし、腹が減ったな」
場慣れしてるのか知らないけど、あなたは少し気を軽くし過ぎていませんかね。
まぁ、いいけど。
「それじゃあ何か作りま…作ろうか」
これで僕はこの空気から抜け出すことができる。
リビングからキッチンの様子は丸見えだが、そこはなんとなるはずだ。
「いや、俺が作るよ。今日はここに泊めてもらうし」
「へ?泊まるんで…泊まるのか?」
かしこまらずに話すの早く慣れないとなぁ。
「ああ」
「どうして?(よし、これは問題ないだろう)」
「いやね、俺いつも潜入任務でここに来てなくてさ、ひさしぶりに部屋戻ったら埃がひどくてね」
そう言いながら彼は立ち上がってキッチンの方へ向かう。
「はぁ、そうなん…だ。(セーフ)…あ、冷蔵庫の食材自由に使ってください」
敬語を使ったことに『しまった』と思い、絶華の方へ振り返るが彼女は動画に集中している。
大丈夫のようだ。
「はいよ。それで話戻すけど、部屋が埃っぽいから掃除頼んだら埃が酷いから今日一日は部屋出てくれって言われちゃったんだよ。ホンット酷い話だよねぇ。ATには定期的に掃除を頼んでおいてくれって言ったのにさ」
「すい…ごめん」
僕のせいでは無いが、こういうべきか?
「何で君が謝るのさ…まぁ周一ペースなのか月一ペースなのか年一ペースなのかを言うの忘れていたからね。仕方ないね」
年一ペースってまさか大晦日まで放置するってことか?一体どこの引きこもり…いや、
「…まぁ、どちらにしろ君が気にすることではないからさ……ところでフライパンあるかな?」
「あ、下の引き出しの二番目に入ってるよ」
「どぉも」
「あ、調味料ならIH横の棚にあるよ」
「りょーかい…へぇ、色々あるねぇ。料理とか結構するの?」
「まぁ、多少ですが」
「そうかい。ん?香辛料とかはあんまりないんだね。嫌いだったりするの?」
「いえ、ただ苦手なだけで食べられないほどではないけど」
「そうか。なら問題ないか」
彼はこちらに戻ってくるとポケットから紙を取り出し、サラサラっとペンを走らせる。
「あ、買い出しなら僕が」
「いいよ。今日は僕らにその辺は任せてちょうだいよ絶華も随分お世話になったみたいだしさ」
「そう…ですか」
「うん、そう。絶華、今大丈夫か?」
「ん…ちょうど1話見終わったですから。それで何か用です?おにーちゃん」
「え?絶華を買い出しに行かせるん…の?」
「別に構わないだろう。まぁ、確かにかなり異様な格好かもしれないが、歩く分には問題もないしな」
「はぁ、まぁ大丈夫というのなら…」
まぁヒロさんの格好…真っ黒いロングコートに眼帯っていう格好が普通にまかり通るなら別にいいか…。
「それじゃあこの紙に書いてあるもの、買ってきてくれるかい?このケータイ使えばいいからさ」
そう言いながら彼は絶華に生徒手帳と買い物リストを手渡した。
「……わかった。それじゃあ買ってくるです」
「よろしく頼むよ」
「はーい。じゃあ、行ってきますです」
渡されたものを受け取ってすぐに彼女はバタバタと足音を立ててこの部屋から出ていく。
パタンと扉の閉じる音を聞き、彼は僕の向かいに腰を下ろす。
「…さて、君が今一番疑問に思っていることは絶華のことだと思うんだよね。何で彼女がここにやって来たのか…とかね」
彼は見透かしたようにそう言った。
まぁ、確かに気になる。
「…まぁ、うん。そうですね」
「そうか。それじゃ絶華が来るまでの間ゆっくり話そうか」
それから僕は彼に絶華についての質問を始める。
「まず、絶華は何で僕の所に来たんです?彼女話し方からして本来はATの所に行くはずだと思いますが」
今はもう口調を戻しても良いだろう。
「んー?来た理由なら絶華から聞いたと思うが」
「えぇ、確か大事な用事があるからATの所に預けたと…確かレンタルだとか言ってましたね」
「そう。本来ならすぐに迎えに行く予定だったんだが生憎な事があってな。本来ならもう少し早く戻る予定だったが、まさかガキの相手を……っとこれは君には関係ないことだな」
「そうですね」
なんのことだがさっぱりだけど。
「さて話を戻すが、俺は絶華をATに預けようとしたんだ。本来ならAmazonessとかの箱に入れてゲームかなにかに偽装したかったが、あいにく人が入れるサイズのその種の箱がなくてな。仕方なく市販に売っているようなものを使用したんだが、どうやら感づかれたらしい」
「だからATは僕の部屋に絶華の入った箱を置いたと?」
「そゆこと。んで絶華のやつは勘違いをして君のことをATと思っちゃって今に至ると言うわけ」
「なるほど。…でもどうしてわざわざ拘束して箱なんかに入れたんです?」
「箱に入れたのはまぁ、ちょっとしたサプライズってやつだ」
「サプライズ…ですか」
「そうだ。面白かったろ?」
「いや、面白くないですよ。だって箱開けたらいきなり女の子が入っていたんですよ。そんなの面白いわけないじゃないですか。しかも拘束されてなんて…」
「あー拘束してたのは少し違う」
「?どういうことですか」
「君さ…箱から絶華が出た時、襲われなかったか?」
「えぇ、絶華の髪から出てきた蕀がそこのテレビを真っ二つにしてくれましたよ。おかげさまで余計な出費が増えましたよ」
「それは悪かった」
「まぁ、悪かったと思っているな…」
「それでだな」
「本当に悪かったと思ってんですか!?」
さすが絶華のおにーちゃん。人の話を聞かないな。
「なぜ拘束して置く必要があるのかってのは」
続けるんだ。まぁ、いいけど。
「あいつをなぜ『蕀秘(いばらひめ)』で拘束していたのかというとあいつは…あぁ蕀秘ってのはあの服のことな」
「はぁ」
なんと返せばよいのか分からなかったので僕は少し曖昧な相づちを打つ。
しっかし『蕀姫』って名前はなんというかどこかの童話とかに出てきそうな小綺麗な名前だな。
絶華は綺麗っても幼艶な感じだが…。
「それであいつを拘束していた理由だが、あいつは幼い。それゆえにあいつは自分のコントロールがうまくいかないんだ」
「うまく…いかない?」
「そう、手加減や我慢するという行為が嫌い。嫌いなものは消し去りたい。そういう感情を抑えることが出来ない。そういうことだ」
「はぁ…なるほど」
絶華は自分のコントロールがうまく出来ない。
我慢が出来ない。
うん、それはわかった。
「でもそれと僕が絶華に襲われたことと一体どんな関係があるのですか?」
「まぁ待てって物事には順序ってものがあるんだから。それでだな……」
「ただいま。おにーちゃん言われたやつ買ってきたよ」
「おう、お帰り。よし、それじゃあご飯を作るとするか」
「あ…」
話、聞きそびれた。
それから僕は絶華のヒーローの話を聞いてご飯が出来るのを待った。
しばらくしてヒロさんが完成した料理を運んでくる。
皿に盛られたカレーライスが絶華と僕の目の前に置かれ、スパイシーな香りがより強くなる。
とても辛そう。
前の麻婆豆腐の時は少し控えめにしておいたのだが、これは辛すぎて絶華が食べられないのではないのか少し不安だ。
というか僕も食べられるかな?
「いただきます」
と早速絶華はスプーンでご飯とルーを同じぐらいすくい、ゆっくりと口に運ぶ。
「ん~やっぱりおにーちゃんのご飯は最高です」
「いっぱい食えよ」
「はいです」
どうやら絶華は全然平気そうだ。
辛そうなのは見た目だけなのかな。
僕もカレーをすくい口に運ぶ。
「ん…――っんん!!」
か、辛い!初めは普通なのだが、後から一気に辛さが襲ってくる。
いや、これは辛いってものじゃあない。
焼ける。口の中が燃えているのではないのかというほどだ。
痛い痛い。水、水。
僕はスプーンを置いて、コップに入ったお茶を一気に飲み干す。
「――!」
悪化した。
辛さがさらに勢いを増して襲ってくる。
唐辛子系の辛みには乳製品がよい。
そんなことを昔テレビで観たことがある。
確かカレーのスパイシー系は脂溶性で牛乳やチーズなどか辛味を包み込んで流してくれるのだとか。
僕は急いでコップを持って冷蔵庫まで行き、中から牛乳を取り出して飲む。
「っぱぁ……ふぅ」
治まった。まだ舌がヒリヒリはするが、かなりマシになった。
僕は冷蔵庫に入ったスライスチーズの箱を持って席に戻る。
「どーしたですか?ATせんぱい。あーもしかしなくてもATせんぱいカレーが食べられないですか。ぷぷぅ…ダッサァイです」
「うるさいな。予想以上に辛かったんだから仕方ないだろ」
「はは、ごめんごめん確かに少しスパイス効かせすぎたかな」
「い、いえ」
――少しどころの騒ぎではない。本当に口の中が焼け焦げたみたいに熱い。
「で、でもこれは少し辛味成分を入れすぎではないか」
料理の様子は見るなとのことだったので見なかったが、これは見ておくべきだったかもしれない。
「このくらいの刺激がないと俺は料理と認めないよ」
まじですか。
「そうなんですか」
まぁ作ってもらったのに食べないのはもったいないしな。
決して横で今だ笑っている絶華にイラッと来たわけではない。
「じゃあいただきます」
僕は持ってきたスライスチーズをカレー全体に散らして再び食べ始める。
その日の夜
ヒロさんは絶華を寝かせつけ、僕と向かい合って座る。
寝る前なので僕は胃に優しいココアをヒロさんはブラックコーヒーをチョイス。
何でもこのあと目のことで行くところがあるのだとか、僕はてっきり格好からして例の病気にかかっていてそのファッションのひとつなのかと。
やはり人を見かけで判断するのはよろしくないな。
うん。
「さて、話を戻そうか。えっとどこまで話したかな」
「絶華が僕を襲ってきた理由を聞こうとしたところでした」
「あぁ、そうだったね。…彼女がなぜ君を襲ったのか。それは…」
「それは?」
「それは…多分ストレスが溜まっていた」
「ストレスですか」
「そうそう、箱に詰められて自由を奪われてそのせいでストレスが、ほら、確か猫とかってストレスが溜まると部屋の壁とか引っ掻いたり服とかを噛んだりするからそれとおんなじなんじゃないかな」
「『かな』って自信無いんですか?」
「まぁね。絶華とあったのも数年前だし」
「へぇそうなんですか」
本当の兄妹じゃないんだ。
確かに黒と若草色で髪の色も違うし例の病と薔薇とで第一印象とか全然違うしそれもそうか。
まぁ、二人が兄妹とか従兄妹とかそんなことはどちらでも構わないことだけれど。
「でもそれじゃあちょっと僕が殺されかけたのとはわりに合わない気もするんですが」
「殺されかけた?」
「えぇそうです」
「それはあり得ない。確かに絶華は蕀秘を着用していても生身の君よりは強いだろうが」
「え?」
よく生き残れたな、僕。
「だがそれは強いというだけで蕀秘の着用時には…いや、着用していなかったとしても彼女は任務以外で人は殺させない。そういう風に教育した。つまりは暗示をかけた」
「暗示…ですか」
「そう。だから彼女が普段で少し気にさわる事があったとしてそれがきっかけで相手を殺すことは……いや、あるな」
あるんかい!
「ど、どういうときにです?」
「同情された時」
「同情…」
確かに僕は彼女に絶華に言った『可哀想』とそう言った不意に、無意識に、自分の思ったことをそのまま口に出してしまった。
それが間違っていたのか…。
「彼女は俺が初めて会ったとき酷い有り様だった。まさに目も当てられないという状況。ボロボロで何も喋ることなくそこにいた」
「そうなんですか」
なんだかその時の酷かったという絶華の有り様を想像してしまいそうだ。
今日…寝られるかな?
「おっとすまない。そろそろ時間だ」
ヒロさんは砂糖が一切入っていないブラックコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「あぁ、そうだ。質問に答えてばっかだったし、今度は俺から質問していいか?」
「はい、どうぞ」
特に問題もないので僕はすぐに頷く。
「では、君にとってATってどういう人だ?」
「どういう人…ですか。えっとATは……AT…は」
ATは…どういう人だ。
確かに僕が弱いからと特訓してくれた。
でも、彼がどういう人なのかは…
「うっ」
視界が一瞬ザッと揺らぐ。
「友人です」
そしてヒロさんからの質問に対して頭に浮かんだ答えを僕は言う。
「友人…ねぇ」
「はい。友人です。大切な、とても大切な友人です」
そう思った。ただそう思った。
それだけ…なぜ大切なのか、それは分からない。
「そうかい。ありがとさん。…それじゃあそろそろいくわ」
「あ、はい。いってらっしゃい」
と手を振った後に「コップは片付けとくんで」とだけ付け足した。
「おう。それじゃよろしく頼むね」
そういって彼は部屋を出ていく。
若干冷めたココアを僕は飲み干した後、床についた。
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