11-3

6月14日 水曜日


まだ空が暗い暗い深夜のことブレアの施設ではちょっとした問題が起きていた。

クレイマー・シュタインの考えたGW≪シェディム≫の設計図を元に組み立てた試作機にリラが持てるだけの武器を持って勝手に乗り込んでいってしまったのだ。


「こらぁ!小娘!さっさと帰ってきやがれ!」


ブレアは頭に怒りマークが10個は軽くついていそうなおぞましい鬼の形相で通信装置のマイクを手にとり、口を寄せて怒鳴り付ける。


『嫌、私が奴等をやっつけてパパのかたきをとってやるんだ!』


モニターに映る青い髪の少女≪キスキル・リラ≫も負けず劣らずの大声でそう言った。


「操作もまともに行えないくせして何を言ってやがる!」

『私、操作方法の勉強も戦いの勉強もちゃんとしたもん、頑張って覚えたもん。動かすぐらい簡単だよ』

「だとしてもだ。実戦とマニュアルじゃあな天と地ほどの差があんだよ。バカが!!」


『うっ』とリラは少し気圧される。


「…それにな、そいつはまだまだ未完成品なんだよ!戦闘なんかした日にゃ身体がズタボロになるぞ!わかったらさっさと戻ってこい!」

『うるさい!うるさい!嫌ったら嫌なの!パパのかたきをとるまで絶対に戻らないんだから!!』


そう叫んでプツリと通信を切ってしまった。


「あっ、おい!小娘!……くそっ!回線を切りやがった。クレイの奴め、ガキの躾ぐらいちゃんとしておけってんだよ!」


あんな反抗期娘なんてもう知らん!と叫んで椅子に腰かける。

がすぐに心配になるブレアさん。


「……だぁ!人に心配かけやがって!こう言うときに限ってなんであのムカつくガキが今いねぇんだよ!」


ブレアはガン!と壁を蹴ってから「……くそいてぇな…」と通信機で自分の部下に後を追うように命じた。



朝、目覚ましの音で目覚めると僕の部屋には僕以外に誰もいなかった。

生徒手帳を見てみると1通の新着メールが届いていた。

ヒロさんからだ。


『掃除が終わったと連絡を受けたので絶華はこちらで預かった。俺が来た時に君はぐっすりと眠っていたので静かに出ていくことにした』

とメールにはそう書かれていた。


僕は『了解した』とだけ書いて返信し、パジャマから制服に着替える。

リビングはシーンと静まり返っている。

最近は絶華が居たので朝食は簡単なものを作っていたのだが、今はいない。

机の上にあるPCの履歴を覗くと全てが動画サイトの特撮で埋まっていた。


「あいつ…」


本当に特撮が好きなんだな。

僕はPCを閉じて立ち上がると必要なものを持って下の食堂へ向かう。


「フハハハハハ…!待っていたぞ」


玄関を開けるとベレー帽に白と水色の水兵服、七分丈のズボンに黒いブーツを履き、さらに左目に白い虎のエンブレムの付いた黒い眼帯にマントのように薄手の黒のロングコートを羽織った男が立っていた

ヒロさんも眼帯に黒い格好なので勘違いをしてしまったが、待っていたという時のポーズや笑い方からしてこの人は例のちゅ…いや、Tウイルスに感染している事だろう。


「あの…あなたは?」

「フフッよくぞ聞いてくれたな。我はギア『逝化粧(ゆきげしょう)』の使い手にして氷雨隊隊員ナンバー25(トゥエンティーファイブ)その名も『マーキークリエイト』!またの名を『酸漿(ほおずき)』」

「はぁ…そうなんですか。それで酸漿さんは一体何の用でここに来たのですか?」

「うむ、我が同志『アンチヒーロー』がここにいるとの極秘情報を得てここに来たのだ。それから酸漿と呼ぶな。マーキークリエイトと呼べ」


なら最初から言わなければよかったのに。


「じゃあクリエイトさんは…」

「ちがう。マーキークリエイトだ」

「…マーキーさんは」

「マーキークリエイトだ」


面倒(めんど)くせぇ…


「…マキクリさん」

「誰だそれはぁ! ……くっわかった酸漿でいい」

「わかりました」


勝った…計画通り…なんてね。

内心思いながら跪いた彼に手を伸ばしながらそういった。


「だが『さん』とか『君』とかはつけないでくれ」


と彼は僕の手を掴んでゆっくりと立ち上がる


「じゃあ、酸漿は…えっと、すみません誰に会いに来たんでしたっけ?」

「アンチ…いやヒロだ。我はヒロに会いに来たのだ」

「ヒロさんに、ですか」

「そうだ。私が昨日(さくじつ)、彼の部屋へ尋ねたところここにいるとの情報を得たんだ」

「そうなんですか。でも、いませんよ」

「何?そんなはずはない。我の築き上げた情報網は伊達ではない。まさか、何者かの工作によってデータが改ざんされていたというのか?」

「いえ、単に入れ違っただけだと思いますが」

「くそっこうしてはいられない今すぐに合流せねば」

「あの、人の話聞いてます?」

「朝早く邪魔したな。お詫びと言っては何だがこれをやろう」


そういった彼の手に光が集まり、野球ボールほどの鬼灯の実が現れる。

彼はそれを僕に手渡してきた。


「これは…」

「名を『鬼灯魂(ほおずきだま)』君たちの間では手榴弾と呼ばれる。代物だ」

「手榴弾…爆弾ですか?」

「案ずるな。これは新たに開発した閃光弾だ。前作の煙玉はヒロに託した。今度は君に託す。何かに役立てると良い」

「はぁ…なら、いただいておきます」

「決して使いどころは謝るなよ。ではな」


そういって彼は走り去っていった。


「なんだったんだ?一体」


とりあえず受け取った鬼灯魂を自分の部屋にそっと置いてから食堂へと向かう。



一方その頃学園の長い廊下を歩く二つの小柄な影があった。


「おにーちゃん。おにーちゃん」


小柄な影の更に小柄な方が甘い声で囁(ささや)いた。


「どうした?妹よ」


もう一つの影は穏やかに片目を向ける。


「私たちは何処に向かっているですか」


舌足らずな口調で尋ねるのは、十歳前後にしか見えない少女だ。名前は絶華。

小柄な様子にあどけない顔立ちをしているが騙されてはいけない。

まぁ、本人に騙すつもりはないかもしれないが

その可憐な華の下に凶悪な棘を隠した薔薇(さつじんき)なのだから。


「ああ、何処かって……さあね、俺たちがいったい何処に向かっているなんて――俺たちの未来なんて誰も知らないよ。自分自身しかね」


廊下を悠々と闊歩しながら伊達なことを言う少年の名はヒロ。

もっとも本名ではなくあだ名であり、潜入任務などは真栄喜 游と名乗っている。

どちらの名が本当という訳ではなく、どちらの名が偽物という訳ではない。

この少年に名前など意味がない。


「そうじゃなくて、今絶華たちは何処を目指して歩いているのですか」

「えーと、確か第六会議室だったかな?酸漿から連絡があった場所ってのは」

「遠いですかー」

「さあ?俺も場所はよく知らないから。全くATは何を思ってこんな複雑な造りにしたのか」


学園内は迷路のように複雑に入り組んでいる。

この学園を作ったものは余程外敵の侵入を恐れているのだろう。

思うだけで口には出さないが


「疲れたですー。おにーちゃん、だっこして」

「おっと」


しびれを切らしたのか絶華はヒロの腕にしがみついた。

それがヒロの進行を妨げ、二人は一旦立ち止まる。


「嫌だよ。人いるよー。こんなところでやったら絶対変な奴だと思われる。只でさえさっきから回りの目線が痛いのに」

「片目無いのに何言ってるですかー」


ヒロも絶華もこの学園の生徒ではない。いわゆる部外者だ。

さらに言うと二人とも異様に目立つ格好をしていた。

絶華は植物を模したような歪なワンピース、ヒロに至っては眼帯に軍服のような黒いコートを着ている。

ここが学園でなかったら通報されていてもおかしくはない。

いや、普通の学園ならば通報されているか。

ここはヘイムダル学園。

ここ生徒手帳さえ持っていれば、法に縛られるはない。

とは言うものの最低限の規則(ルール)はあるが。


「それにしてもさっきから同じところをグルグル回っている気がするぜ。なんなんだ?ここは、富士の樹海か」


薄暗い時間に部屋を出たというのに、気がつけば外の灯りで通路が明るくなっている。

ちょっとしたボケもかましたくなる。


「おにーちゃん、それってひょっとして・・・・・・」

「うん。迷った」

「ですよねー」

「普段潜入捜査しているときは『色眼鏡(ミラーモンスター)』があるからいいんだけど。こういうダンジョンみたいなのは嫌いだ」


学園内では基本的にGWの使用は禁止されている。

それは部外者である二人も例外ではなく、もしも使用されればすぐに何者かがヒーローみたく駆けつけて来るだろう。


「仕方ない。誰かに聞くか。出来れば知っている奴だといいんだが」


ヒロには裏の知り合いは沢山いるが、表の知り合いは数えるほどしかいない。


「疲れましたー」

「我慢しろ。後でいくらでも甘えていいから」

「やったーです」


絶華はほくほく顔だ。

感情の起伏の激しい少女である。

ヒロは絶華の手を握ると再び歩き出した。

周囲にいる学園の生徒たちはあからさまに二人を避けて通っている。

声をかけたら逃げ出しそうだ。

道を教えてくれそうな人を探す二人の眼前に、堂々と廊下の真ん中を歩く少年を発見した。


「おっ、あいつに聞いてみよう。おーい」


ヒロはぶしつけに歩み寄ると、背後から少年の肩を叩いた。

遠慮というものが欠片もない。


「ああん!?」


肩を叩かれた少年は低い声で不機嫌そうに唸るとこちらを振り向いた。

その少年の出で立ちもヒロたちに負けず劣らず異様なものだった。

口元をスカーフで被い、水兵服を身に纏い、頭の上にはベレー帽が置かれている。

以前、防人が見た少年だ。

彼は人を喰わんとする鮫のような目でこちらを睨んでいる。

ヒロたちはこの少年を知っている。

というか少し前に殺し合った相手である。

少年の名は鏖(みなごろし) 砌(みぎり)。


『死刑執行人(デス・ペナルティ)』『絶食の鮫(マンイーター・シャーク)』『千枚歯(サウザンドサック)』など数多の異名を持つ。

そのほとんどはマーキークリエイトに与えられたものだが。

現在、ヒロの後釜で半場強引に氷雨隊の副隊長に就任中である。

仮想空間とはいえヒロに敗北した彼とはただならぬ因縁が生じている。


「おひさー、みぎりん」


ヒロは手を上げて挨拶する。


「誰がみぎりんだ。ぶち殺すぞ!」


少年はキレ気味にその手を払い退ける。


「やー、鮫さんでーす。また独りぼっちですかー」

「黙れ。殺すぞ」


同様にその場に居合わせた絶華にも弄られる始末だ。

それ以前に砌と絶華は言葉では言い表せないほどの因縁が存在する。

顔を合わせれば殺し合いに発展するレベルだ。


「君もたいちょーのところに行くところだろ。一緒に行こうぜ」

「たいちょーだと?知るか。殺すぞ」

「今日はいい天気ですねー」

「だからなんだ。殺すぞ」

「君は台詞の終わりに『殺す』を言わなきゃ会話ができないのか。やれやれ、殺す、殺すと言うけど君はこの前俺たちに無様に敗北を喫したところじゃないか。そんな君に説得力はないよ」

「ゼロなのですー」

「あっ、ひょっとしてもう俺たちに負けたこと過去のことにしてたりする?それならちょっと残念だなー。負けてへたりこんで殺すしか言えなくなっちゃうなんて、君はもう少し出来た人間だと思ったのに。いや、鮫か」

「負けは負けですよー。敗者は何でしたっけ?死あるべきとか言ってませんでしたー?」

「俺たち負けておいてよく言うよねー。痛いなー。凄く痛い。くくっ、片腹痛い」

「はははは。面白いですー。はははは」


ヒロと絶華は見下すように笑った。

ブチり、と堪忍袋の緒が切れる音がする。


「おぉぉぉぉ!!いいぜ、そんなに死にたきゃ、殺してやるよぉ!!」


ギリギリと鮫のようにギザギザとした歯を鳴らして彼は叫ぶ。


「魚の開きみたいにかっ捌いてやる!!戦争の時間だ!!」


完全にぶちギレた砌はポケットから手袋を取り出した。

その手袋には白虎のエンブレムが刻まれている。


「ちょ、おいおい勘違いするなよ。俺たちは別にお前と戦いたい訳じゃない。ただ道を聞きたいだけだ」


ヒロは怒(いか)れる砌を抑えようと必死に弁解する。

だが、今更言ってももう遅い。


「うるせぇ!!てめぇらの前にあるのは・・・黄泉への道だけだ!!」


手袋が光り、瞬時に鎌が展開されると、ヒロの首筋を狙った。

このままだと、鋭利な鎌がヒロの首を撥ね飛ばすだろう。

しかし、ヒロは避けない。

ガキーン、と金属音が鳴り響いた。


「危ない危ない。全く、やるならやると早く言ってくれよ。こっちはこんなに小さなか弱いか弱い男の子なんだぜ」


ヒロの首が喋っていた。勿論、その首は生首ではない。きちんと胴体と接続されている。


「なるほど、GW(本体)は無理でも武器だけなら出すことは可能なのか。それは失念だったな」


あちゃー、とヒロは額を叩いた。

そのすがたはわざとらしく、どこか道化じみている。


「おにーちゃん、重たいです」


砌の鎌を防いだのは絶華の持つコンバットナイフだった。

鮮やかな薔薇の装飾が付いたそれは一見美しい工芸品のようにも見える。

絶華のか細い腕が力負けてプルプルと震えている。

あの時、押さえつけていた防人が吹き飛ばされたのも納得である。


「ふふん『スコル』、『ハティ』」


そういったヒロの手には二本のナイフが握られる。赤と白のサバイバルナイフ。

しかしその形状はナイフというよりは短剣に近い。

今度はヒロが砌の首を狙う。

ちっ、と砌は舌打ちすると地面を蹴って後ろに跳んだ。

ヒロと絶華は一緒に空(くう)を斬る。


「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだ。俺たちを殺すんじゃなかったのかい?」


ヒロは相手を挑発するように薄ら笑い言う。


「てめぇらこそ。何がか弱い男の子だ。獰猛過ぎるだろうが!」

「か弱い女の子もいますよー」

「嘘つけ、俺の鎌受け止めてる時点で全くか弱くねぇんだよ‼」


砌は手の中で鎌をグルグルと回転させる。

砌の鎌『双月(そうげつ)』は両端に刃が備え付けられているダブルエッジだ。

上下どちら向きでも使うことができ、回転させることでロータリーブレードとして使うこともできる。

刃の表面にはビーム反射能力も備わっているので上手くいけばビームを防ぐことも可能だ。


「そうだ。ちょうど、試してみたいことがあったんだ。ここは一つ、俺の実験に付き合って貰えないかな」


そんな鎌を恐れることなくおどけた様子でヒロは砌に歩み寄った。


「実験だと。俺との戦争中にふざけんじゃねぇよ」

「まあまあ。それはこれを見てから言ってくれ」


ヒロはコートの懐に手を入れる。


「あん?」


ヒロが取り出した『それ』を見て砌は怪訝そうな顔をする。

『それ』は拳銃だった。

真っ黒な銃身に赤のラインが入っている回転式拳銃(リボルバー)。

作った者のセンスを疑いたくなる造形だ。


「どんなビックリドッキリメカが出てくるかと思ったら、なんだそれは。拳銃じゃねぇか」

「ふふふ。ただの拳銃と侮るなよ、若人(わこうど)よ」

「どんなキャラだ、てめぇ!」


不敵に笑うヒロに警戒したのか、砌は鎌の回転を止めて構えた。

周りで見ていた野次馬たちも流石に飛び道具はやばいと近くの教室に逃げ隠れる。

ヒロは弾倉に弾を込め始める。


「いいかい。今から三数える。その間君は逃げてもいいし、逃げなくてもいい。三を数え終わったら俺はこの銃を君に向けて撃つ。全弾ね」


右手に構えた拳銃を見せびらかせながら宣言すると、カチャンとシリンダーを閉じた。

最後に安全装置を外す。

これでいつでも銃口から火を吹くことができる。


「逃げるだと?てめぇ、俺が誰だか分かっていってんのか」


砌はヒロを今まで以上に鋭く睨んだ。その眼には強い怒りの炎が灯(とも)っていた。

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