08-9

僕と宏樹さんは開いた天井の穴から工場の中へとに侵入する。

ゆっくりと着地し、GWを待機状態にしてから辺りを見回す。

ここはどうやら作業場のようだ。


長方形の大きなこの部屋には三階構造で等間隔にベルトコンベアが並べられている。

コンベアの片端にはリフトが設置されており、上がるか下がるかするのだろう。


ガラスを隔てて大きなロボットアームもある。

なんというか小学生ぐらいに社会見学で行った自動車工場もこんな感じだった気がする。

自動車とGWでは製造行程とか全く異なっているのだろうけれど…。


「ここには…誰もいないようだね」

「…みたいですね」


人も倒れていない。

血などは付着していない。

ということはここら辺で戦闘に巻き込まれて死んでしまった人は一人もいないみたいだ。


「次に行くぞ」

「はい」


二人は作業場から通路に出る。

植崎のミサイルが発電施設でも破壊してしまったのか電力が不足しているようで通路はヒビが入っている程度でまだまだきれいな状態なのだけれど電気がところどころ灯いてなくてかなり薄暗い。


宏樹さんはその通路を進み、僕もその後を追いかけるようについていく。

順番に部屋の中を確認しながら奥へ進んでいき、崩れた通路を機体を展開して先へ。


セキュリティーによってロックされた扉は電力不足で機能しておらず、開ける手段も無いので宏樹さんはサーベルでドアを焼き切って中に入る。


「ここは…食料庫みたいですね」

「特に気になるものもないし、次に行こうか」

「そうですね」


僕たちはシャッターの降りた通路を同じように宏樹さんのサーベルで溶かしてこじ開け、先に進んで行く。

そしてやけにセキュリティのある通路を進み、奥の薄暗い妙な部屋にたどり着く。


「ここは…一体?」

「このカプセル…形状からして…何だろうね?何かが入っていたのだろうけれどこうしてわざわざ場所を取る横向きになっておかれている以上何かこうしないといけない理由があったんだろう。けど…んー…まぁ、いいかこれが何かなのかは調べればわかることだしね」


彼はそう言って、部屋の一角にあるパネルに近づいて手を触れる。


「ん?システムが停止している…いや、停止しかけているという方が正しいな。コードを接続してこちらに権限を持たせてしまえば問題ない…データの量にもよるけど、出来るだけ急いだ方が良さそうだ」


彼がぶつぶつと言いながらパネルを操作する間、僕は特に手伝えることもなさそうなのでカプセルのあるこの部屋を見回してたいた。

さっきの作業場よりは広くないこの部屋に並べられたたくさんのカプセル。

数はおよそ100個ぐらいだろうか。


「ん?」


この赤黒い液体……血の跡だ。

あの扉の奥に誰かが…


「どうした?」

「あ…いえ、なんでもありません。僕はそこの扉の向こうを見てきます」

「あぁ…それじゃあ私は私のするべきことをしておくよ」


僕は「わかりました」と返事をしてから扉を開けようと手を触れる。


「…鍵はかかってない」


僕は扉を開けて奥に進み、そこに倒れている血まみれの白衣を着た男を発見する。


「!!大丈夫ですか?」


僕は光牙を待機状態にし、その男に駆け寄る。


「……」


僕は白衣を着た男の手首に触れて脈が流れていることを確認してから胸部と腹部の動きを観察してちゃんとした呼吸をしていることを確認する。


よかった…まだ生きている。


僕は意識を高めて光牙を再び展開すると装甲の中の薬用スロットから救急箱を取り出し、再び待機にする。


ちなみに本人が戦闘によって傷ついた場合はこの薬用スロットから止血剤などの薬品の注射がオートで行われる。


「すいません」


傷の応急処置をするために彼の着ている白衣のボタンを外して中を見て顔をしかめる。

彼の腹部の半分が潰れていた。


いや、正確には抉(えぐ)れていた。抉れられていた。ぐちゃぐちゃになっていた。

真っ赤に染まったその傷口からは骨が顔を出していた。


「うっ…」


よりいっそう強くなった血の生臭い匂いが僕の嗅覚を刺激して吐き気を催させる。

でも、吐くわけにはいかない。

この人が怪我をしてしまったのは僕たちのせいなんだから。


僕は記憶している限りの応急処置を行い――終えて彼を壁に持たれかけさせる。


そして、少し離れたところで治療箱から一応と入れておいたエチケット袋を取り出して開ける。

同時に僕の胃が働き始める。

胃に貯まっていたあらゆるものが胃液と混ざりあって食道をかけ上がってくる。


僕は急いでさっきの袋を僕の口の真下にセットしてそれから吐いた。

胃液のカクテルが僕の口から下の袋口に少しも溢(こぼ)すことなく注がれる。

しばらく吐き続けてお腹にあるものを全て吐き出したであろう量を吸った袋の口をしっかりと閉じて箱のそれ用のスペースにしまいこんでから箱を閉じる。


その後、僕は彼の側に寄って声をかけようと振り向くと既に目を開けてこっちを見ていたことにちょっとだけドキッと驚いた。驚かされた。


「気が付いたんですか」


僕は言いながら彼の側に寄ってしゃがむ。


「…意識はうっすらとだが初めから…あったよ」


彼はかすれた声で続ける。


「……君は……いや、君みたいな子供は知らない……なら、外で戦っていた……名前は何て言うのかな?」

「あ、えっと防人…慧です」

「そうか……私はクレイマー・シュタインだ。……防人君、これは君がやったのだろう?」


彼はそう言ってゆっくりとお腹に巻かれた包帯に触れるのを見て僕は頷く。


「えぇ、そうです」


僕が頷くと彼は「そうか…」と天井を見上げてから目を閉じて続ける。


「助けようとしてくれたのは有り難いことだが…私はもう、長くはない。治そうとしてくれたということは見たのだろうが私の腹……内蔵は天井が崩れてきた衝撃でぐしゃぐしゃだ」

「助けらないなんて……そんなことはありませんよ。僕らのいるところでちゃんとした治療をすれば…」

「無駄だ……つっ!……ハァー……私は血を流しすぎている。君たちのところにどれだけの時間がかかるのか分からないが、恐らくそこまで私の命は持たないだろう」

「……そんなこと…」

「言い切れるかね?」

「……」


僕が目をそらして、俯(うつむ)き黙ると彼は深呼吸をしてから言った。


「君は私を助けようとしているが、自分たちが勝手にやって来て勝手に攻撃をしかけておいて自分の目の前で傷ついた人は助けようなどというのは少々自分勝手なことだとは思わないかい?」

「……」

「あぁいや嫌みのつもりとかで言ったわけではないよ。……いいかい君、今行われているのは戦争だ。人間同士のとてつもなく大きな殺し合いだ。人が傷つき、死ぬ事もある」

「……」

「君はまだまだ経験が浅いようだからこういうことはよくわからないかもしれないが、戦争に参加する多くの者は既に死を覚悟して生きている。…私もその内の一人だ。だから気に病むことはない」

「でも…あなたが死んで悲しむ人はいるはずです」

「その点に関しては問題ない。私は無愛想な仕事バカだったのでな、悲しむものなどほとんどいな、ゴホッ!ゴホッ!…」

「クレイマーさん!」

「ハァハァ……まだまだ言いたいことはあるが、最後にひとつ……こんな私を助けようとしてくれたのは感謝するよ。ありがとう」

「……いえ…」


その後『そんなことないですよ』と言いたかったのだけど、なんというかその言葉は彼に言われたこと、自分たちの行動、そして微かに微笑んだその寝顔に憚(はばか)られた。


「どう…いたしまして」


僕は静かにそう言った。

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