08-8

工場の崩れかけた通路を歩く男の人影が一つ。

彼は頭から血を流しながら汚れた血まみれの白衣を身につけ、壁に手をついてゆっくりとした今にでも倒れてしまいそうな足取りで歩いている。


数時間前に私たちの宿舎が突如なんの前触れもなく爆発を起こし、彼の信頼のおける仲間は皆消し飛んだ。

兵士たちも全滅し、出撃するのは設定されたプログラムで戦う無人機のみ。


偶然にも2階の窓を突き破って吹き飛ばされた彼は地面に叩き付けられて今こうしてボロボロな状態ではあるが生きている。


瀕死というのが正しいが、ウィンドウ開けられたら真っ赤な状態なのだろうが生きていることに変わりない。

地面に叩き付けられた時、見上げた空にいたのは彼が今まで見たことのない二機のGW。


─あいつらは…何者なんだ?


見たことのない細かな光を放出しながら飛び回り、無人の量産型と戦闘をしているGW。


奴等の狙いはおそらく彼の研究していたものに違いない。


そう予想した男はいうこときかなくなった左脚を引きずりながら壁に体重をかけて出きるだけ急いで通路を進む。


あの研究データを渡すわけにはいかない。

この研究データはこの国の全てといっても過言ではない代物。

やっと次の段階に移るためここに来たというのに……。


「まさかこうも早く感づかれるとは、まさか内通者でもいたのか?」


白衣の男は血が滴り、ズキズキと痛む頭を使って記憶の中から怪しい人物を探すが見つからない。

例の研究は本当に信頼のおける人物でしか行っていないのでそれはありえない。


だがもし、本当に内通者がいたのだとしたら急がなくてはならない。

あの子達を安全なところへ逃がさなくてはならない。

白衣の男は扉までたどり着くとその横にあるモニターに触れて指紋認証を行い、奥へと進む。

さらに通路を歩き、最後の扉までたどり着く。


首から下げたIDカードを挿し込み、指紋…角膜……。

安全のために取り付けたはずのこれらのセキュリティが今彼にとってとても邪魔なものでしかないことを嘆きつつも急ぐ。

そして最後のセキュリティのアンロックをするために白衣の男は取り付けられたマイクに小さく呟いた。


「ただいま。私たちのかわいい子供達よ…」


音声認証を終えてすべてのロックが外れる音と共に扉が開き、真っ暗な部屋を照らす光りが灯される。

しかし電力が不足しているのか、まだまだ薄暗い。


白衣の男は部屋にあるブレーカーを操作して予備電源に切り替える。

部屋は薄暗いままだがその部屋に並べられているとある装置には十分な電力が配給された。


その装置は部屋の中に並べられた筒状のカプセル。

並べられた100個近くのカプセルは全て特殊な液体で満たされており、その中には衣服も来ていない十代の少年、少女がまるで胎児のように丸まって眠っていた。


「さて、この格好ではこの子たちにいらぬ心配を与えかねないな」


白衣の男は足を引きずりながら隣の小さな部屋に行き、今着ている血まみれの白衣を捨ててロッカーのなかから新しい白衣を羽織る。

そして別のロッカーにある子供たちに特別にこしらえた服(スーツ)を汚さないように数着持って先ほどの部屋に戻る。

部屋に戻った白衣の男は青い髪の少女が眠っているカプセルに近づき、その足元に取り付けられたパネルを操作する。


「起きなさい。私たちの初めてで一番の娘…リラ……」


パネルの操作を終えた男は少しだけ離れ、横向きになっていくカプセルとその中の液体が徐々に引いていくのを静かに見守る。

液体の量があと少しのところで横向きになったカプセルのガラス部分が自動的にスライドして開き、中にいた少女が目を覚ます。


「ここは…?」


起き上がる際に体に付けられていたコードが外れ、少女は口に付けられている呼吸器を外す。

彼女は綺麗なサファイアの瞳をゆっくりと開けて起き上がると辺りを見回す。


「起きたかい?リラ…」

「父さん。……おはようございます」


白衣の男にリラと呼ばれるその少女はカプセルから降りて男に近づいて礼儀正しく一礼する。


「おはよう。…まずはそこにある服を着なさい」

「うん、分かった」


男の指す方、小さな机の上に畳まれたタオルで濡れた体を拭くと服を着始める。


彼女が着替え終わるのを待ってから彼は今ここで起きていることについての説明を始めた。



「!…右からか」


僕はアンカーをアサルトライフルを撃ってくる敵の腹部に差し込み、引き寄せて刀で上下半分に切って破壊する。


「ちっ」


──100機くらい落としたはずだけど数が減った気がしない。それにフィールドのエナジーも切れかかってる。くそっセンサーがもっと上手く使えていれば周りの奴等にも少しは対応出来るだろうに…


『慧君!後ろ!!』

「!?」


──バズーカ!?…しまった。この姿勢からじゃ防くのは間に合わない!


「フィールドがもってくれるか?」


バスーカの弾は僕に当たる直前にドカン!という音を立てて爆発する。


「え?」


同時に空を切る音と共に細い光の線が目の前を真っ直ぐ通過し、その線上にいるウィグリードたちがその光に貫かれて爆発していく。

ウィグリードたちを貫いたその光はそのまま一直線に飛んでいき、敵の出撃場所をも破壊する。

無数に飛んでくる光線は僕たちを取り囲んでいたウィグリードたちのほとんどをあっという間に消し去ってしまった。


「今のは?…」


僕が慣れない操作で光牙のセンサーを使い、飛んでくる光線を測定する。


「アリスさんのスナイパーライフルと出力は変わらないが圧縮率が高いのか…一体誰が…」

『援軍です』

「援軍…」


愛さんからの通信を聞いて僕は周辺を確認する。


──光牙のセンサーに愛さんの言った援軍の反応は見つけられない。 となるとその援軍は数十キロ離れた場所からアリスさんと同じいや、それよりも離れた場所から敵を撃ち抜いたことになる。


何物なんだろう?その援軍っていうのは


僕の疑問をよそにに愛さんからの声が耳に届く。


『さて、みなさん今回のもう一つの目的であるデータの入手をお願いします』


愛さんの声に宏樹さんが答える。


『了解。では工場内へ侵入します。…植崎、アリスはここ で残りの敵を撃墜した後、待機して異常があればすぐに知らせてくれ』

『了解』

『頼んだ』

「お願いします」


アリスさんの返事だけを聞いて僕と宏樹さんは順に頷き、『おう!わかったぜ 』と植崎が親指を立ててこちらに向けるのを見ることなく僕たちは工場内へ入っていく。



「わかったかい?リラ」

「うん、ここにいるみんなを起こして。隣の部屋の服を着て地下通路のリニアレールカー電車を使って逃げればいいんだよね?」

「あぁ、そうだ。それからこれを…」


そう言って白衣の男はIDカードと透明のケースに入った1枚のチップをリラに手渡す。


「これはな。父さんたちが今までしてきた研究データだ。今から行くこの地下通路の先に行ったところにある研究所にいるブレアという女の人にこれを渡すんだ。わかったね?」

「うん、わかった」

「あと、これも…」

「これは…スイッチ?」

「あぁ、これは敵が追いかけていけないように地下通路を 完全に塞ぐためのスイッチだ。リラたちが乗るリニアが走り出して10分ほどしてからこのスイッチを押すんだよ」

「わかった」


彼女が頷くのを見て男は微笑む。


「よし、それじゃあ…うっ!」


突如大きな爆発音とともに部屋が揺れ、白衣の男がバランスを崩しかけ、青い髪の少女 『リラ』は彼を支える。


「この揺れは…?」

「リラ…すまないが、そこのパネルで外部カメラからの映像を出せるか 」


白衣の男が指差す方に彼女は近づきパネルに触れ、答える。


「大丈夫」

「操作は…わかってるな」

「うん、出来るよ。今、上のモニターに出すね」

「……っ!」


モニターに映し出された外の景色をみて白衣の男は顔をしかめる。

あれほどいた空を覆い隠しかねないほどいた量産型(ヴィグリード)たちが一機もいなくなっていたのだ。


「あれがここを襲ってきた敵…」


リラはモニターに映る光を放出しながら空を飛んでいる機体を見つめ、すぐに白衣の男の方へ振り向く。


「父さん!」

「あぁ、急いだ方がいいな。もうしばらくすれば敵がここに来るだろう。…リラはみんなの分の服を持って来るんだ。その方が効率がいいだろう」

「うん、わかった」


リラが隣の部屋にいくのをみてから男は片手で口を押さえて咳き込む。


「私は…もちそうにないか…少々危険はあるが、この子たちに先にこれからすることを脳に直接伝えておいた方が…ゴホッ! …っ!…早くしなければ」


手についた血を男はポケットの中で軽く拭い、パネルの方へ向かうと取り付けられたマイクに向けて 話しかけ始める。

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