07-7

午前中の授業、昼食を終えた僕は夕方から始まる歓迎会のために自宅から持ってきたスーツを取り出して着替える。


「ん~何か少し派手な気がするな…」


全身を映すような鏡がないので分からないが、黒ベースに細い灰色の縞模様になったジャケットとズボンに青いカッターシャツ…やっぱりこれはなんか派手な気がする。


「まぁいいか。5000円位だったし、安い安いって店の人も言ってたし、…なんというかこんなもの…なんだろう」


僕が着ているこのスーツは春休みに購入したものだ。



それは学園から合格通知が届いてから数日後、『そう言えば慧兄ぃの行くところって歓迎会あるんだよねぇ』とリビングでのんびりと本を読んでいたら湊が電話で誰かと話した後、突然言ってきた。


『まぁそうだな。届いたやつにもそうやって書いてあったしな』


いきなり何でそんなことを言ってきたのかよくわからなかったが僕は答えた。


『それじゃあちゃんと身だしなみを整えておしゃれな格好で行かないとね』

『いや、男子の制服はスーツみたいだし別に買わなくても…』

『ああ?みんなちゃんとしてるなか慧兄ぃだけ制服とかいいと思ってんの?そういうのやめてよ。そうことがうわさになって尾びれがついてあたしのことが悪く言われたらどう落とし前つけてくれるの?』

『いや、さすがにそれはないと』

『どうしてそう言いきれるの?』

『いや、だって…』

『うわさにならないと100パーセント断言できんの?断言できるなら教えてちょうだい。あたしが納得できるように、ぐーの音が出ない状況になるように50文字以内で答えてよ』

『え、あっとえーと』

『はい、7文字』

『おい、ちょっと待って』

『はい、15文字…で何?慧兄ぃ』

『いや、『何』じゃなくてなんでカウントしてるんだよ』

『36文字…いや、だってその方が面白いでしょ?ちなみに小さな『つ』と伸ばし棒はカウントにいれるからね』

『そうじゃなくて』

『はい、6文字追加。後、8文字だよ』


あぁ、何を言っても残りの文字が減っていくだけ…ここは僕が折れた方が早いかな。


『…すいません僕が悪かったです』

『やっと自分が間違っていることに気付いたみたいね。いいわ許してあげる』


ふぅ、良かった今回はこれで終わりそう…


『でも50文字越えたから罰ゲームね』


──終わらなかったぁ!


『さて、内容はどんなのにしようかしらねぇ』


ということでまだ肌寒いというのに薄着で洋服の専門店みたいなところにつれてかれて売れ残って半額なっていたもの購入したというよりは半ば強引に買わされたのでありました。



「そういや湊も何かドレスを買っていた…いや、買わされたけど一体いつ着るんだろうか?」


──湊…姉さんが知っていたってことはあいつもここのことをこの世界のことを知っていたのかな?

出来れば知らないでいてほしいと心から願うよ。


「この世界のこと…か」


──戦争がいまだに続いていることやらなんやら色々と知ってしまった以上、ここから無断で出て行こうものなら裏切り者として容赦なく襲ってくるのだろうな。


「戦争なんて…戦うなんて嫌だけど……殺されるのはもっと嫌だ」


──そうか…僕はこの場所、環境に順応してるんじゃない。するしかないんだ。うん、きっとそうだよ。


「そう思うことにしよう」


僕は最後に腕時計をつけて、時間を確認する。


「今は16時20分…か。確か歓迎会の場所は武道館ってところだったな、時間は17時30分からだったから時間的にはまだ余裕がある。…さすがに遅れるわけにはいかないからゲームとかはパスだな」


熱中して遅れる可能性がある。


「ほんと、何しようかな?」


何て悩んでいるうちに時間は過ぎ、僕は歓迎会の会場である武道館へ向かう。



歓迎会会場には既に人が集まっていて、皆席についていた。

会場である武道館はキレイに飾り付けがされており、なんというかとてもキラキラと光って見える。


──うぁ…すげぇ。この服派手だと思ったけどここなら普通に見えるな。

みんなちゃんと身だしなみを整えてこういうところに慣れてない僕はとても緊張する。


「おう、慧やっと来たな」


だけどすぐに多少だけど安心する。

なぜなら植崎が通常通りジャージ姿でいてくれたからだ。


「ん?そのスーツかっけーな。ちゃんとお前もちゃんとした服着てきたんだな」

「そういうお前はいつも変わらないがな」

「んなこたねーだろ。ちゃんとおしゃれしてんだろ?結構頑張って考えてこれ着てきたんだぜ」

「まぁ、確かにそうみたいだな」


確かに多少はおしゃれしようとしたみたいだ。

いつもと違って黒のジャージに金色の線が入ってる。

ただそれだけなんだけど。


「なんだよぉ。俺様これ何かミスったか?」

「いや、何でもないから気にするな」

「おう、そうか。そんじゃ早速飯を食って食って食いまくるぜ」

「たくっ…ん?あ、ちょっと待て」

「おう、んじゃ、食いもんとってくるは」

そう言い残して植崎は机に並べられた食べ物に向けて走り出していく。


──あのバカ、食べていいのは指定された席にある決まった分だけなんだけど…もしかしてバイキング方式だとでも思ってんのかな?


「あ、ちょっと君!」


──あ、怒こられた。あー智得先生まで来た。

…僕は止めようとしたからな。呼び止めたのに止まらなかったあいつが悪い。うん、僕は関係ない。


「っ!?」


なんてことを考えて頷いていると体重の乗った衝撃が腰の辺りに来、僕はバランスを崩して倒れかける。


──誰だぁ?いきなり後ろから蹴ってきたやつは…

僕はちょっとカチンとしながら振り向く。

が、僕を蹴った犯人の顔を見てそれは驚きに変わる。


「歓迎会だからっておしゃれしてんの?似合わないよ」

「お前…」

「なに?まさか数日見なかっただけであたしの顔忘れたの?」

「いや、そういうわけじゃないけど…というかどうやって来たんだ?」

「どうやってって別に普通に来たに決まってんでしょ?何を言ってるの?」

「いや、だってここは地下の…うぷぷ」


『地下の世界』僕はそう言いかけて急いで口を押さえる。


──いけない いけない。湊はこの世界のことを知らないかもしれないんだ。もしそうならこの事は口が裂けても言うわけにはいかない。

おそらく姉さんに連れてきてもらったんだ。うん、多分そうだ。


「何で口を押さえるの?もしかして歓迎会があるってのにあの脳筋バカみたいに下品に小汚なくお菓子でもバカ食いしてたの?」


──脳筋バカ?…あぁ植崎のことか。そんな呼び方久しぶりに聞いたんで一瞬分からなかったぞ。

中学の時の旅行先で買ったものをバカ食いしてリバースした事件な…そういやそんなのもあったけか。


「いや、別に食べるどころか飲み物すらまだ口にしてないよ」


──まず、席に座ってすらないからな。


「じゃ何で口を押さえる必要があったの?頭おかしいんじゃない」


──なんということだ。ただ口を押さえるというだけだというのに頭がおかしいと言われるとは…。


「別に頭はおかしくない。いつも通り正常だ」


──ここはしっかりはっきりと言っておこう。


「そうだったね。あんたにとってはそうだった」


──お、ちゃんと湊もわかってくれたか。


「周りでの異常があんたにとっての正常だもんね」


──な!?


「ごめんなさい。わかってあげられなかったあたしが悪かったです」

「…止めろ。謝るな、逆にメンタルにくる」

「このあたしが悪かったって言ってんのに『止めろ』はないんじゃない?」

「え?あ、うん。何かごめん」

「ごめん?『ごめんなさい』でしょう?」

「え?あ、うん確かにそうだね。ごめんなさい」

「違う」

「えっ?」

「地に手をついて言いなさいよ『ごめんなさい』って」


──あ、あれぇなんでそんな流れになってんの?


「ほら、ほらぁ、早く這いつくばって言いなさいよ『ごめんなさい湊さま』って」

「ご…ごめ…ってなんでだよ。絶っ対におかしいだろこの流れ!」

「何それ?ノリ突っ込みのつもり?似合わない…ううん気持ち悪いよ」

「そこまで言うか」

「うん」


──肯定しやがった。


「このやろう…」


ワナワナと手を震えさせていると後ろから声をかけられる。


「ちょっと…」

「はい、あ…千冬さん」

「みんな座っている。早く…仕事を増やさないで…」

「あーすいません。すぐいきますね」

「ん…」


千冬さんは頷いて、自分の席に戻っていく。


「それじゃああたしは上だから、あとでね」

「ん、おう」


──ふぅん…上に座ってる人たちはここに呼ばれた人たちなのか。…言われてみれば、大人の人が多いな。


「っといけないいけない僕も早く行かないと…」


僕は会場にある机から僕のクラスの場所を見つけ、空いた椅子に着席する。


「皆、席に着きましたでしょうか?それでは…」


同時に二階にいる零さんが立ち上がり話を始める。


「新入生の皆さん改めて入学おめでとう。料理が冷めてしまうのもいけないので堅苦しいあいさつは省略させていただく。…それでは皆さん飲み物の入ったグラスを手にとってください……乾杯!!」

「「「乾杯!!!」」」


零さんの合図に続き、みんなも叫び、歓迎会が始める。

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