05-8

「ちょっ!?……え?……なんですかこれは!」


慧は驚愕して聞くと彼は手を顎に添えてしばらく悩んでから静かに答える。


「……わからない」

「えっちょっと、わからないってどういうことですか?」

「そのままの意味だよ。先程も言ったがアクセサリー等に変換したものはあったが拘束具は今までになかったんだよ……ふむ、興味深い現象だ。何故君のGWだけがこのようなものになってしまったのか……う~む」

「あの……悩んでいるところすみませんが」

「ん?」

「これ、どうにかなりませんか?これじゃあ人前に出るどころか着替えとかすら出来ませんよ」

「あぁ、そうだな。……ではそのチェーンが2つに切れているのをイメージしてみるといい」

「イメージ……ですか?」

「あぁ、他のものにも大きな変化は出来なくともナイフの種類を変えたりすることが出来た者がいた。その原理についてはまだまだ研究中ではあるがもしかしたらうまくいくやもしれない。……ふむ、そうだな例えば脱獄したての囚人が短いチェーンのついた枷を両手首につけているのをイメージしてみたらうまくいくかもしれない」

「はぁ……わかりました」


そう返事はしたものの脱獄したての囚人例えも訳がわからない。

もちろんそんな例えをうまくイメージが出来るわけもない。

慧はしばらく悩み、自分の知っているゲーム作品から神社に住み着いた鬼が腕につけているのを思いだし、それを思い浮かべて自分の枷の鎖を2つに分ける。


「ふぅーこれでひとまずはいいけど……何とかしてくださいよこれじゃあ人前に出られませんよ」

「なぁに巷で流行のファッションだと言い切れば問題ないのではないか」

「いや、さすがに手錠をファッションというのには無理がある気がするんですが……」

「そうか?……私は個性が出せて良いと思うのだがな」


本気で言ってんのか?この人は……もしかして以外と天然だったりするのかな?

そんなことはどうでもいいのだけれどね。


「……少なくとも一度待機状態の形が決まった以上は新たなコアに入れ換えでもしない限り行えるのは先程のような外見の変化のみで大きな変化はできない。君のGWがなぜそのような形になったのかは追々調べておく」


そう言いながら学園長は床においた携帯を拾い上げてポケットにしまう。


「はぁ……じゃあ、なるべく早くお願いします」

「それはわかっている。もしわかればメールを送るとしよう……では戻ろうか」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「どうした?何か質問かね」

「いえ、あの、僕が忘れている過去を教えてくれる約束では?」

「あぁ、それなら君が光牙に乗った際に脳内へデータを全て送らせてもらった。少しずつだが思い出していくはずだよ」

「はぁ……そうですか。なるほど、結局教えてはくれないんですね」

「いや、そういうわけではない。しかしここは長く使えないのであまり遅くなるわけには」

「なら校長室に戻って話しましょう」

「それは――」

『ならばそれを私が話そう』


突如ひとつのモニターが浮かび上がり、目元がノイズで歪んだ白い髪をした男が浮かび上がる。


「あなたは?」

『私の名はA.T.……ここではそう呼ばれている』

「A.T.……」


それは流石に名前でないな。

イニシャルなのかそれとも何かしらの記号なのか……。

それは分からないけど彼の言っていた人は間違いなくこの人だ。

性別は声からして恐らく男の人……歳は分からないけどゼロよりも権力をもっているのならこの人以上かな?


『ゼロ……ここからは私が話そう』

「A.T.……よろしいのですか?」

『あぁ……君は一旦下がっていてもらって構わないよ。話が終わったら連絡する』

「……了解しました」


ゼロはモニターに一礼し、この部屋から去る。


『さて、防人慧。君にとっては初めましてかな?……では改めて名乗ろう。私の名はA.T.ここヘイムダル学園の創設者にして最高権力者だ』

「あなたがここの権力者?」

『そうだ』

「あなたが僕の失われた記憶を教えてくれると?」

『そうだ』

「信じて良いんですね?」

『あぁ……信じてもらって構わないよ』


疑ってもおかしくはない。

確実にあやしい。怪しすぎる。

しかし、なんでこの人の声はこうもすんなりと自分の中に届くんだ?

これが人を従えるものの持つカリスマ性というものなのか?

いや、そんなことが……分からない……。


『どうした?知りたくはないのか?』

「ひとつ良いですか?」

『なんだ?』

「なんで僕の過去を知っているんですか?」


あぁ、そうだよ。

なんでこんなにも単純なことを思い付かなかったんだ?

失われた記憶を教える?

なら僕の過去を知っているも同然じゃないか。


『――!?……いや、そうだな。確かにそうだ。……何故私が君の過去を知っているのか、それは簡単なことだ過去に君と私は出会っているからさ』

「出会って……いる?」

『そうだ。信じる信じないはそちらが決めることだから私はどうこう言うつもりはない。が嘘を言うつもりはこちら側は一切ない。まずは何故忘れているのか、それは君の記憶に幾重にもプロテクトがかけられているからだ』

「プロテクト?」

『そうだな、本来はは保護をするものだがこれの場合分かりやすく言えば鍵だな』

「それは分かります。でもどうしてそれが分かるんですか?」

『過去に一度君の脳内を見せてもらった事がある』

「僕の頭のなかを?」

『そうだ。その時すでに君は記憶を操作されていた。そして一兵士として働かされていたのさ』

「兵士として」

『正確には少年兵だ。……そして私と君たちは戦った。そして少年兵や働かされていた者たち皆を保護したのさ』

「じゃあここにいる人達は」

『察しがよくて助かるよ。そう、ここにいる人のほとんどが半ば強制的にこの世界へと連れてこられた者たち。そして新しく入学したものはこの世界で戦うと決意した者たちだ。……さて、話を戻そう。君を含む兵士として働かされていた者たちは騙されてもしくは君のように記憶を植え付けられた者たちだ。無論記憶の植え付け何てものはそうそう簡単には行えるものではない。適性者であっても何度も定期的に上書きを行う必要がある。がしかし稀にそういったことがよりしやすい者がいる』

「それが僕……ということですか」

『あぁ、そして君はそこで機体の操縦から剣術などの戦闘術を植え付けられている。そして多少なりと身体が覚えるほどにその期間は続いた』

「……。」


なるほどそれで剣やナイフでの戦闘が出来て試験でも思いの外簡単に機体が操作できたわけか……拳銃はまだだったみたいだけど。


『さっきも言ったが私は君たちと戦った。だがその際に本来捕らえるはずだった男を逃がしてしまったのだ』

「逃がした?」

『その男の名は矢神 桔梗(キキョウ)。彼は君を気に入っている。故に君を狙っているのさ』

「狙っている?」

『そう。彼はGWの研究者であり、脳科学者もある。それゆえに君は素晴らしい人材なのさ』

「実験台……ということですか?」

『そうだ。そして私たちに君を完全に治すほどの知識はない。そのため機械を使い、過去の記憶を封じたのだ』

「じゃあ湊を妹だというのも、智得を姉さんだと思っているのも」

『あぁ、私たちが植え付けた記憶だ』

「なぜ、そんなことを?」

『理由としてはまず、先程も言ったが私たちには知識が無かった。持っているものもいたが基本的な事のみだ。もうひとつはその時の君たちは我々を敵と認識して疑わない事だ。騙されていた者たちには理にかなった説明をすれば理解してくれる。が植え付けられている者たちにはそれが出来ない。最後に記憶を植え付けられている者たちは覚悟も何も持っていないということだ』

「覚悟……」

『そう。記憶を植え付けられている者たちは戦闘や殺傷をしたくてしたわけではないということだ。そのため記憶を戻した時、錯乱をする可能性がある。記憶を忘れさせることは出来ても消すなんてことは出来ない。ふとした拍子に思い出す可能性がある。だから一時的に忘れさせ落ち着いた頃に思い出させる。つまり結局こちらに少なからず関わった者は逃げられはしないということさ。だが君の場合は状況が少し異なる』

「矢神って人が僕を狙っているって話ですか?」

『その通りだ。君には自分が危険な身の上であると言うことを自覚してもらわねばならない。いつ彼らが来ても良いように戦う力をつけてもらわねばならない。勝手ながらよろしく頼むよ』

「……。」


僕が狙われている。

正直そんな自覚はない。

でもさっぱりとしたところはある。

それは感謝したいところだ。

しかし彼の言うことを全て鵜呑みにはしない。

鵜呑みには出来ない。

彼の言うこと全てが本当だとは思えないからだ。

だが、頭には入れておこう。

それから彼の言う通り、力をつけておくことは悪いことではないだろう。

今は力をつける。わざわざこんなものを作っているということは戦場であることは恐らくは本当なのだろうから。


『さて、私の話はこれで終わりだ。ではゼロ……』

「ここに」

『彼をよろしく頼むよ』

「かしこまりました」


通信が切れ、慧の視線がゼロに移る。


「……では明日から始まる君の学園生活遅刻しないよう早く寮に戻ると良い。急に呼び出してすまなかったな」

「いえ、それでは……あぁ、えっと失礼します」


慧はまず、情報を得ることを考えそのまま自分の部屋に帰っていく。



「行ったか……」


慧が部屋から出ていくのを見てから学園長はふっと息を吐き、肩の力を抜く。


「やはり好かんなこういうことは、防人君が忘れているだけとはいえ陥れているような気分になる」


しかし、『彼』の友人か……もし、記憶があり今度じっくりと話す時間が取れるのならばこのような話ではなく幼かった時の話など色々と聞きたいものだ。

子供の話は嫌なことを忘れさせてくれる。

そういった話は聞いていて飽きず、また楽しませてくれる。


「さて、私もそろそろ部屋に戻らねばな」


学園長は端末で部屋のシステムをスリープモードにし、部屋を出る。


「――ん?」


ドアノブ……あぁそう言えば彼が悪戯で扉の前に付けていったものだったな。

適当に張り付けておけとは言ったが、通路に1つ扉もないドアノブとは……違和感しかないな。

ゼロは笑みを浮かべ、ノブを掴む。


「んっ…固いな……クッ」


学園長が少し踏ん張るとバコッと大きな音を立ててドアノブがきれいに外れる。

ふむ、外れると同時に音が鳴るようになってるのか……よりリアリティーを出したいのはわかるが、このためだけに使うのでは資材の無駄ではないか。

全く彼のやることはよくわからないものがまだまだたくさんあるな……。

学園長は呆れた顔でぶつぶつと呟いて、到着したエレベーターに乗り込む。

零は教員寮にある自室に戻り、パソコンの電源を入れる。


「さて、私が彼に頼まれたことはひとまずはこれで全てか……後は書類に目を通しておかねばな」


起動完了後、教員の共通ファイルを開きその中から報告書など自分が行わなければならないものに目を通す。

しばらく作業をし終えてゼロはモニターに浮かび上がった受話器に触れて通信回線を繋ぐ。

《Sound Only》と書かれたモニターが角に現れ、A.T.の声がスピーカーから聞こえ始める。


『やあ、こんばんは。今いいかな?』


そう聞かれ、ゼロは手を休めることなく口を動かし始める。


「ええ、構いませんよ。今はあまり難しいところではないのでね」

『それはそれはお仕事ご苦労様です』

「ふん、まぁあなたに頼まれたのものは終えたし、それでも仕事をすることは同然のことではあるのだがそれよりもだ、まずはこれはなんなのか教えていただきたいのだが」


そう言いながら零は持ってきたドアノブを手に取り、カメラの前まで持ち上げ、モニターを操作してカメラを起動させる。


『あぁそれは見れば分かると思いますがドアノブです』

「……。」

『いやぁよかったですよ。見ます?カメラに映った防人の姿。扉の前でドアノブ相手に色々と試し、外れた時に行う行動。……本当、前から変わってない』

「…そうかね」


あの彼が戸惑うのを見て笑っていたのか、想像することは出来んが意外と子供じみたところもあるのだな。


「あぁ、そうだ。君はちゃんと彼の記憶を戻して上げたのかい?」

『いえ、あなたも知っての通り彼が記憶を取り戻したら感情のバランスを崩して当惑し、狂乱しかねない。だからこそ徐々に記憶を戻していくしかない。しかしこれで俺たちのことは思い出していくでしょう。その順序までは分かりませんが』


俺……か。

それがこの子の自然に出る一人称なのだろうな。

やはり彼は――ATは自身をATであると言い聞かせ、演じているのだ。

そんなことはあまり好まないだが手助けとしてやってやれることはお金の援助ぐらい。

それでは結局私は彼らに加担し戦争を仕掛けようとしているとしか見られることはないか。


「そうか、しかし順序までは分からないとは?」

『あなたも俺も脳科学に詳しくはありません。記憶の植え付けや書き換えは俺の直属の部下に出来る者がいます。でもその植え付けた記憶を消し、元のように戻すことは出来ないんです』

「覚えさせることは出来ても忘れさせることが出来ないか」

『そういうことです。まだ彼に植え付けられているのが少しだけなら問題はありません。しかし人格に似たようなものまでが彼の中には存在するんです。もしこれを解いたらどうなるのか、俺には分かりません』

「ふむ、なるほど。しかし私は防人君との面識は過去にほとんどないので彼のことはよくわからないが、会ったときは優しい子なのだと思ったよ。現実で人を殺すことなんて到底できそうもない子なのだとね」

『そうです。あいつは本当は優しいんですよ。だからこそ全ての記憶を戻すわけにはいかない。でも、あいつは世界を、ここのことを知っている。なら、ここに来ることになるのが早いのか、遅いのか、ただそれだけの違いでしかない。それなら早くてもここに来させれば』

「……確かにそれは否定することは出来ない。だがな、私はそれが許せないのだ。十代半ばのまだまだ若く先のある君たちが世界に対して戦争を行っているのをただ手伝うことぐらいしか出来ない自分が、この現実が許せない。私の身体が完全であるのならば君たちを……あぁすまない、色々と覚悟を決めたと思ったのだがなまだまだ足りないようだ」

『……大丈夫ですよ。我々はここから、この世界全てを終わらせるために戦うんですから……そう、どんな手を使ってでも、ね』

「恐ろしいこという。その意気込みはいい。だが非人道的な事はしてくれるなよ」

『分かってますよ……当面の目的は矢神を捕らえることとプラネットを手に入れることだけですから』


零の部屋が彼の低い笑い声で満たされる。

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