05-5

現在時刻12時15分。なんだかいろいろな事があって頭の整理がつかないままに学園生活初日が終わる。

初日のため午後からの授業はない。

あんな失敗の後で教室に残るのも恥ずかしさでどうにかなりそうだった慧は急いで自分の選んだ寮の部屋に戻っていた。


「さて、何しようかな」


初日ゆえに授業もなければ当然宿題もなかった。

暇だからといって何もせずにじっとする事もない。

暇だから今のうちに済ましてしまえるものは済ましておくべきだ。

慧は私服に着替えてからまず、自分の持ってきた旅行バックをリビングへ運び、部屋に設置されていた薄型テレビに設置する。

決められた場所にコードを挿し込み、最後にテレビ台の中に置いた本体に電源コードや画面出力コードを挿し込んで準備完了。

しばらくしてその他の荷物も整理し終わる頃、生徒手帳に1通のメールが届く。

メールの送り主は学園長から内容は《5時までに教員寮の校長室に来い》とのこと。


人間は感情の動物である。

そのため誰しも目上の人から呼び出されると『何かやらかしたのかな?』と思う人も多いはず。

慧もそのネガティブ思考の1人。

メールを見た途端に心臓の鼓動が大きくなり、いらない思考をし始める。

入学式は一切寝てないし、その後も転んだぐらいで別に呼び出されるようなことはないと思うから入学式よりも前――まさか、合格の手紙は何かの発注ミスとかでいや、それなら一緒に試験を受けた植崎も受かってないことになるし、そもそも席が用意してあるはずがない。

え、ちょっとなんで呼び出されたの?

本当に怖いんだけど――そういえば試験の最後なんか乗り換えたりした気がするし、もしかしたらそれは本当なら乗り換えは起こってはいけないことで――いやいやそれは向こうのミスだし、合格取り消しなんてあったらいけないでしょ。

一体全体何を言われるの?いや、すごく行きたくないんだけど。

でもいかないとまずいしなー。


「あぁもう!」


慧は頬を叩いて嫌な考えを追い出し、着替えたばかりの私服から再び制服に着替えて、生徒手帳などの最低限の必要なものを持って、玄関で靴を履いて、重りがつけられてるんじゃないかと思うほどの重い足を動かして教員寮へと向かう。



「場所は……ここであってるのかな?」


慧は生徒手帳に表示される場所と教員寮の通路にあった地図とを照らし合わせながら指定された場所に間違いないのかを確認する。

『Principal Room』と筆記体で書かれたパネルの貼り付けられた扉の前で緊張と恐怖で高まる鼓動を落ち着かせるために深呼吸を数回してからゆっくりとドアノブに取り付けられた小さな指紋認証パネルに親指で触れてからノブをひねって引く。

開かない。鍵がちがうようだ。

軽くノックしてみる。

でも返事がないただの扉のようだ。

いやいや予想外のことで頭の回転がおかしくなってる。

えーと部屋に本当に間違いはない……よね?

ここからは本当に高難易度の脱出ゲームみたいにかなり悩んだ。

まずは10本の指すべてでパネルに触れたり、触れる時間を長くしてみたり、何かしらのマークを描いてみたり、怪我などで指紋認証出来ない時用に用意されていたドアの解除キーを開いて打ち込んで生徒手帳をパネルに重ねてみたり……等々。


「くそっ!どうなってるんだ?」


さっきまでの緊張感や恐怖感などをいつの間にかすっかりと忘れた慧はなかなか開かないそのドアに苛立ちを覚え始め、睨み付けながらあり得ないだろうと思いつつも一思いにドアノブを反対に回すと大きな音を立てて接続部の金属の板ごと綺麗にドアノブが外れてしまった。


「あっ!」


ヤバイ、そう思うと同時にだらだらと全身から汗が吹き出して思考が再び停止する。


「ん?」


何度か手に持っている外れたノブとドアを交互に見つめているうちに外れているのにこれといった違和感が無いのに気付く。

ノブが外れたところはよく見るとパネルのようだ。

しかしそれが元からそうだったかのような存在感を漂わせている。


「えっと……」


慧はゆっくりと左手をそのパネルにそえるとスキャンのための白い光が上から下がっていき、ガチャリとロックの外れる音の後、目の前の扉が自動で開く。


「え?……開いた?」


慧はなんで、と頭に疑問符を浮かべながらも開いた扉の先へと進む。

えっと……このドアノブどうしよう?

ここにほかっていくわけにもいかず、ノブを持ったまま開いた扉をゆっくりと進んでいく。

薄暗くてよくは見えないが、手前に置かれた一人用のソファーが机を囲むように置かれて扉から奥の方には偉い人が座りそうな大きめの四角い机がある。

これらをみるにここは私事の場所ではなく、やって来たお客さんと話したりするところなのだろうか?

というかなんで薄暗いの?電球でも切れてるの?え、何この状況?

メールで薄暗い部屋に呼び出された部屋のドアノブをもった少年。

どっかのB級ミステリーとかサスペンスでもなかなかいや、多分絶対ないよこんな事例。

なんかいろんな意味で怖いんだけど、また怖くなってきたんだけど。

慧が扉をくぐり抜け、しばらく進むと後ろで扉がしまる。


「――!?……ふぅ~」


脅かすなよ僕はお化けとかゾンビとかそういうホラー系は大の苦手なんだから。

慧が胸を撫で下ろすと同時に机上のモニターが点き、映像が流れ始める。


「これは……」


何て言ったが、いきなり明るくなったのでぼやけてまだよく見えない。


「これは君の試験での戦闘記録だよ」

「――!?」


奥のデスクの方から声が聞こえ、慧は反射的にそちらに振り向く。


「おっと悪いね。驚かせてしまったかな?」

「い、いえ大丈夫です。……えっと」

「あぁすまないね。私は『ゼロ』ここの学園長をやっている。始業式の時に名乗ってなかったかな?そうなら謝ろう。悪かった」

「い、いえそんなことはないです。……えっと僕は」

「ああ、君のことは知っている。防人(さきもり)慧(けい)君だね」

「あ、はいそうです。えっと……えっと……」

「そんなに固くならずに落ち着いてくれていい。そこからでは映像が見にくいだろう。立って話すのもなんだし、そこに座ってくれるかな」

「あ、はい、わかりました」


慧は言われるままに一人用のソファーに座って一回周りを見回してから学園長の方に振り向く。


「えっと、それで……僕はなんで呼び出されたのですか?」


慧は落ち着けるわけもなくビクビクしたまま学園長の顔を見ながら聞く。


「流石にいきなり落ち着けと言われても無理な話か。そこに茶が用意してある。飲んでくれて構わない」

「あ、はい。ありがとうございます」


高そうなコップだ。こういうコップはたしか下の皿もいっしょに持つんだったかな?

慧は慎重に音を立てないようにゆっくりとコップを持ち上げて一口、口に含む。

紅茶には詳しくはなかったが、とてもおいしかった。


「おいしいです」

「そうか、実はそれは先ほど私が自分で淹れたものでな。お気に召したようで何よりだ」

「いえ、わざわざありがとうございます」


あぁ、だからノックしても返事が無かったのか。


「気にすることはない。こちらが急に呼び出したのだ。茶ぐらいは出さねばなるまい」

「……。」

「まだ落ち着かんか……まぁ別に悪い話ではない。そこは安心して聞いてほしい」

「そう、ですか。わかりました」


ということは合格取り消しなんてことはなさそうだ。

慧はほっとして胸を撫で下ろす。


「落ち着けたかな?」

「えぇ多少は……」

「そうか、それはよかった」


いや、まだ全然良くないですよ。僕は今『多少は』って言ったんだよ?聞こえてた?緊張感とかそういうの全然ほぐれてないからね。

もういいから早く本題に入って終わらせて自分が選んだあの部屋に帰らせてくれ。

……いけない本当に落ち着こう。

くそっ!もっとメンタルが強けりゃよかったのに。

弱い自分が妬ましい。

慧は落ち着くために出来るだけ静かに長く息を吐く。


「それで……えっと僕がここに呼ばれたのにはこの映像にあるのですか?」

「あぁその通りだ。話が早くて助かるよ。……君は試験後でこの電脳空間に取り残され、白い機体と戦い1度敗れた……ここまではいいかな?」

「はい。ここまでは覚えてます。この後で僕の意識は飛びました」

「そう、そして君の選んだ機体は爆発し、中からオレンジ色の機体が現れた」

「えぇ、うっすらとですが覚えてます。初めは夢じゃないかと思ったんですけど、この映像から見る限りはそういうことでは無さそうですね」

「なるほど……あぁいや、まぁそうだな……夢ではない。これは、君に起きたことは全て現実のものだよ」

「そうですか」

「あぁ……そして君はそのオレンジ色の機体を使い、白い機体を撃退し、この世界へと戻ってきた」

「えぇそうです」

「そうか……」


彼はうなずくと机上のモニターを消し、部屋の明かりを点ける。


「ありがとう感謝するよ」

「いえ、そんなお礼を言われるほどのことはしていませんよ」


ふぅ、これで終わりかな?


「ところで話は変わるが君はこの二次試験おかしいとは思わなかったかい?」


終わりじゃなかった。

しかしどういう意味だ?

慧は言葉の意味がよくわからず、それでも思ったことを口に出す。


「えっと……そうですね試験終了の合図があったにも関わらずあの白いのが現れたときは……」

「そうではなく、この二次試験自体についてを私は聞いている。おかしいとは思わなかったのかね?学園の入試試験にも関わらずにフルダイブ式ヴァーチャルゲームをしかも戦闘ものを選んだことに……」

「多少は思いました。でも学校によっては試験は様々です。だからここはそうなのだと……僕はそう思いました」


というかあなたが試験の方針とかそういうものを決めたんじゃないのか?


「そうか……それが君のものの考え方か」

「あの、すいません。この質問って何の意味があるんですか?」

「意味はあるさ、君の考えを知ることができる。まだまだ色々と聞きたいことはあるが……いかんせん今の状態では話しづらい。別室があるのでそちらに移動したい。ついてきてもらえるかな?」

「あ、はい……わかりました」


慧は立ち上がり、学園長の後をついていく。

通路を進み、僕は『緊急時用』と札の張られたエレベーターに乗り込む。


「あのっ緊急用って書いてありましたけど」

「構わない。これは途中で止まらないからその分早く着く」

「はぁ……そうですか」

「あぁ……」

「……。」

「……。」


静かだ。黙っていたら圧迫されそう。

えっと……何か話すことはないかな?


「あの……」

「なんだね?」

「あの、このドアノブなんですがどうすればいいですかね?」

「それは……一体どこのだね?」

「え?あの、えっとですね、さっきの学園長の部屋の前に……といいますか貼り付けられていました。あなたがやったのではないのですか?」

「そんなはずがあるわけがあるまい」

「まぁ……確かにそれもそうですね」


言われてみればそれは確かにその通りだ。

この人がこんな嫌がらせをするような人とは思えない。

というか学園長がそんなことをしたら問題になりかねない。


「ふっそうか、あいつはまた勝手なことを……わかった私が後できつく言っておこう」

「あの……言うって?」

「この学園にもイタズラ好きな奴がいるのさ、あんまり気にするなよ」

「はぁ……そうなんですか」


会話をしているうちに静かにエレベーターは下がっていき、どんどんと地中深くへと潜っていく。

しばらくしてエレベーターは止まり、先程までとはちがう明らかにどこかの施設のような鉄で出来た通路に出る。


「あぁ、そうだそのドアノブはそこの壁にでも張り付けておいてくれ」

「え?いいんですか」

「構わないさ、我々が今から行くところでは邪魔になるだけだ。後で私が片付けておこう」

「はぁ……わかりました」


慧は言われた通り、あまり違和感が無いように壁の真ん中に貼り付けてから彼についていく。

それでも壁にドアノブが張り付いている光景は違和感以外のなにものでもないが――しかしあの人がドアノブ片手に歩く姿を想像したら少し笑ってしまうな。

しばらくして二人は先程と同じタイプの扉の前に到着する。

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