05-4

入学式も無事に終わり、慧は学園と体育館をつなぐ通路にて植崎と合流する。

そういえばこいつとも席が近かったな。

まぁ二次試験でパートナーだったし順位でも近いんだろうな。


「ぅーすぅ」

「……眠そうだな」

「そりゃまぁ寝てたからな」

「中学と比べたら全然短かったと思うけどな」

「時間はかんけーねーよ」

「あっそぅ」


まぁ確かに眠れないときは眠れないけど眠れるときは一瞬でも眠れるからな。


「なんだよつめてーなぁ」

「あ、こら肩に腕かけてくんな重いだろうが」

「そんなケチケチすんなよ友達だろ?」

「こんなところで " 友達 " なんて言うやつは友達じゃない」

「え?じゃあ何なんだよ!?」

「うるさいな。耳元で叫ぶなっての」

「悪りぃー悪りぃー……でよ、友達じゃなけりゃ何なんだよ?」

「……。」


『じゃあ " 仲間 " とかか?』って聞いてほしかったんだけどまぁいいか。特に意味があるわけでもないし。


「なー何なんだよ教えてくれよぉ」

「重い重い!体重をかけるなバカ!友達でいいからせめて離れろ」

「うお!……チッ、わーたよ。んじゃ目も覚めたし何か別の話でもするか?」

「ったく……話って言ってもニュースとかお前は絶対観てないだろうし、アニメもほとんど観ないだろ?」

「そうだなぁマンガ雑誌だったらお前は見てないし、アイドルとかもきょーみ無さそうだしなぁ」

「そりゃなあんなカメラの前で愛想振り撒いてみんなの票を集めてって最近観たことあるアニメのせいかどうも本心は腹黒いってイメージしかもてないんだよな」

「そーだアイドルじゃないが入学式の生徒会長さん綺麗だったなぁ」


なんでそっちに話題が飛ぶんだ?

相変わらずこれといった前置きもなく会話をぽんぽん飛ばしてくれる。


「ていうかそこは起きてたんだな」

「そりゃーそうだろあんな美人さん前にして寝てる方がおかしいぜ」


その理屈はどうだろう?

僕は大抵の事で寝ているあなたの方がおかしいと思います。

まぁ口に出しては言わないけど。


「確かに見た目は綺麗だったけどな……で生徒会長さん見てどう思った?」


今のところ話を合わせられそうなものはそのくらいだし聞いてみるか。

ちなみに僕は見た目3割、性格7割。

合格点70点って所かな。

人をこう評価するのもどうかとは思うけれど少なくともいきなり恋人からではなく友達から親睦を深めて判断していきたいな。

まぁ告白とか今までの人生で1度もしたこともされたことも皆無だけとな。


「そうだなぁ声は綺麗だと思ったぜ」


うわ、こいつと第一印象が被った。

大丈夫だ。まだこの先……。


「まるで水辺で歌うローレライのような……」


あ、イメージまで被ったよ。なんかやだなぁ。

少し話を逸らそうかな。


「なぁローレライってどんなのか知ってて言ってるのか?」

「もちろん知ってるに決まってんじゃねーか!」


うるさいな、もっと声のボリュームを下げろ。

もう何度も言った言葉だ。

多分何回いっても一時的で無駄だろうな。


「じゃあどんなやつか説明してみろよ」

「え、とな確かだ、海にある岩場でなんだったか弓みたいなのにいっぱいひもがついてそいつを指で鳴らす…は、は、ハー、ハーモニカじゃねーなえっとハ、ハー」

「もしかしてハープのこと?」

「そう!それだ!ハープ!……でそいつを鳴らしてこうガーって船を沈めるんだよ」


まさかの衝撃波攻撃!

いやまぁ確かに音を兵器にして戦うやつは結構あるけども。


「いや、その説明だと不足分が多くてあの人の悪口言ってるみたいだぞ」

「じゃあローレライってどんなだっけ?」

「ん?ローレライっていうのはな、歌う事と人間を襲う事が大好きな 自他ともに認めるお気楽なやつで「歌で人を狂わせる程度の能力」を持ってて人間を鳥目にすることも出来て、これらの能力を使って夜 道を一人で歩く人間を襲撃する夜雀の妖怪だよ。」

「ん?そうだったか?」

「……はぁ~」


ツッコミ無し。そうだよね何も知らない奴に言うと普通そういう反応になるよねー。


「えっと……ある所ではそうやって言われてるんだよ。一般的に言われてるのは大体はお前の言ったので合ってるよ」

「そぉか。ならよかった」

「……と着いたな」

「おう、みたいだな」


雑談をしているうちに二人は今年一年間お世話になる教室1年A組に到着する。


「えっと……ここか」


縦7横6の計42席の内縦6横6計36の席には名前が表示されており、生徒みんなは自分の席を見つけて座っていっている。

慧も入口から二列目の前から4番目の席に表示されている自分の名前を見つけてその席に座る。

どうやら机は床に固定されているようだ。机についている引き出しの中身は無し、まぁ当然だが。

机を囲う出っ張りからはコードが伸び、渡された手帳やタブレット端末を充電することが出来る。

さらに机自体の小さなモニターを操作することによって先生用の共通ファイルへ宿題や書類などを送り込めるようになっている。


「お、俺様はここだ」

「ん?植崎、お前はそこなのか?」

「おう、ちゃんと名前が出てるだろ」

「確かに。さすがに自分の名前を間違えるわけはないか」


僕の出席番号は10番……ということは植崎の出席番号は9番ということになる。

ここヘイムダル学園ではクラスと出席は入学試験時の成績に応じて決められるらしい。

つまりは入学試験の最終成績の僕の結果は10位、植崎が9位ということになる。

植崎より順位が低いのはなんとなく癪ではあるが、実際植崎の方が点を稼いでいるのは事実だし仕方がないか。

癪だけどな。

そんなことを思っていながら視線を入り口へと向けると慧は試験の時にお世話になった二人、アリスと宏樹が教室に入ってくるのに気が付く。

入ってすぐこちらに気が付いたアリスたちは胸元で手を振ってくれた。

慧も慌てて手を振り返す。

二人は入口からすぐの席に荷物を置くとこちらに近づいてきた。


「やぁ久しぶりだね」

「こんにちは」

「こんにちはです。宏樹さん、アリスさ……」


おっと確か呼び捨てにしてくれと言われてたっけ。


「えっと、どうしたんですか?」

「どうしたといわれてもですね……特に何か特別な理由はなかったのですが……」


口ごもる宏樹さんに慧が頭に疑問符を浮かばせているとアリスさんが微笑みながら話しかけてくる。


「ふふ、単に見かけたからね。挨拶しておこうと思ってただけだよ……」

「そうですか」

「うん……」

「……。」


いけない、会話が途切れてしまった。何か話題を……。

慧はそう思い、頭を回す。


「あ、そういえば宏樹さん代表で話してましたね。すごかったです」

「そうですか?私は特に大したことはしてないですよ」

「うらやましいですね。僕なんかあんな大勢の人の前に立つだけで緊張して震えちゃって話せませんよ」

「人見知りなんだね。ボクからはそうは見えないからかな。すごい意外だね」

「そう、ですかね。実はあなた方に初めて話しかけるときもかなり緊張したのを覚えてますよ」

「へぇそうなんだ、ボクにはそうは見えなかったけどなぁ」

「いえいえ、あの時は脚とかガクガクでほんと気付かれないように頑張っていただけで……」

「ねぇ、あのさ……同級生でしかも同じクラスなんだから敬語は止めようよ」

「え?あ、でも宏樹さんも敬語を……」

「あぁ、この人はねどんな人にでも堅苦しくしないとまともに話せないんだ。何度か普通に話してみてって言ったんだけどね。結局駄目だったんだ」

「そうなんですか」

「うん、だって堅苦しく話されたらなんだか距離を離されているみたいじゃない?せっかく仲良くなってもなんていうのかな。なんだかぎこちなくなっちゃうでしょ」


確かになんとなくわかる気がする。

とはいえ植崎みたいにいきなりタメ口もどうかと思うけど。

でもまぁそういうなら、うん。


「わかりました。それじゃあ普通にはなしま……話すね」

「うん、えっとどこまで話してたかな」

「えっと、あ、僕があなた方二人と初めて話すときにとても緊張したってところで……ところだよ」


んん、早く言い慣れないと……。


「あぁ、そうだったね。頑張って話してくれたって言ってたね」

「あ、はい……うん、だからごめんなさいうまく話せなくて」

「ううん、なんでもね、頑張るってとても簡単そうで実はすごく難しいものなんだよ。だからそれを実行できることはすごいと思うよ」

「すごいこと……?」


なんだろう?こう優しく言われると本当にこそばゆくてかなわない。

それに歳の近い女性に言われることなんて罵声ぐらいしか記憶にないからかよけいにそう思ってしまうのかもしれない。

そう思うとなんか悲しくなってくるけど。


「うん、だって緊張して黙って話さない人よりはぎこちなくても話してくれた方がうれしいからね」

「そうで……そうかな?」

「うん、そうだよ」


こそばゆさがそろそろ限界値を越えようとしたところでチャイムが鳴り、「また今度」と言いながら彼女たちは廊下側の一番端で一番前の席に縦並びに着席する。


「ん、どうした?植崎、そんな泣きそうな顔して……なんか気持ち悪いぞ」

「うるせー!」


それはこっちのセリフだ!


「……お前ばっか何楽しそうに話てんだよ!」

「なぁもう少し声のボリュームを下げてくれないか」

「これが静かに話していられるかよ!」

「しー、しー!」


なぁ、頼むから本当に黙ってくれ!みんなの視線が集まってる気がして気が気でないんだ。

首を少し動かすことすらできなくなってしまう。


「うるさいぞ!バカ者!」

「がっ!」


そう思った瞬間に、鈍い音を立ててペンケースが目の前で叫ぶバカの頭に直撃し首が下を向いた後、彼の一切の行動が停止する。

教室内のわずかなざわめきも止み、その視線はケースを投げた方へと移る。

時間差で沈黙した教室に地面に落ちたケースの大きな音が響いた。

落ちた位置的に確実に拾わないといけないと思ったので拾い上げるために手を伸ばす。


「――!?」


うわ、これアルミ製……いや、スチール製かな?

角は丸くなってるけど回転して飛んできたし、当たり所によってはかなり痛かっただろうな。

多分これがアニメとかだと頭のてっぺんに無駄にでかいたんこぶができていたり、フシューって白い煙が上がっていたりするんだろうな。

なんて思いつつ慧はペンケースを拾い上げてこちらに近づいてきた先生と思われるスーツ姿の女性に手渡すために僕は彼女を見上げるかたちになる。


「え?」


――え!??何で???


吊り上がった目に長く黒い髪、その凛々しい顔立ちがあまりにも近くで暮らしている美人さんを前にして慧の思考は一時停止する。


「どうした?私の顔に何か付いているか?」


彼女の言葉に慧は思考回路は再開する。


「いえ、大丈夫です。えっと……どうぞ」


少々焦りながらもペンケースを持つ手を目の前に立つ女性の方に伸ばして言う。


「あぁ、悪いな……」


彼女はペンケースを受け取ってそのまま教卓の方に戻り、教卓に手を触れる。

黒板にでかでかと表示される先生の名前を見て今しがた自分の見たものに完全に確信をもつ。

そっくりさんとか思ったけれどそうでもないらしい。

でもこれは…どういうことなのだろう?

何で義姉さんが――弩(いしゆみ) 智得(ちえり)が今、目の前にいるんだ?

先程とは打って変わって慧の思考はフル回転を始める。

確か、義姉さんは警察関連の仕事をしてると、まさか嘘だったの?

でもどうしてそんなウソを――そういえば湊は就職するってまさかここにじゃあ就職と言うよりは――なんて言うんだ、推薦合格?していたってことか。

でもどっちにしても僕に嘘をついていたことに変わりはない。

どうして二人は僕に嘘なんか……。

学園生活始まって早々既にホームシックにかかって幻覚でも見てしまっているのか?

いやいや、そんなわけはないな。絶対にない。

別にまだ嫌気とかそういうの全然ないし、そもそもホームシックにかかっていたとして幻覚を見てしまうなんて事例はすくなくとも僕は聞いたことがない。

となるとこれは幻覚でも何でもなく紛れもない本人が本物がそこにいるということなのだろう?

なら本当になぜ、どうして本当に義姉さんがここにいるんだ?

分からない……。

そんなことを内心で思っているうちに義姉さんは教卓の前に立ってクラスの皆に話しかける。


「私はこのクラスを担当する弩 智得だ。初めに言っておく。私は厳しいぞ。……連いて来れないものは各学期ごとに行われるクラス編成前に名乗り出ることだ。だが、私の教えに連いて来られる者は早かろうが遅かろうが確実に一人前にしてやる……私からは以上だ」


生徒わずかな沈黙の後、まばらな拍手。

まぁバカを止めた後のとこだし、みんなには怖い先生とか鬼教官ってイメージが強くなってるのかもしれないな。

まぁ実際怒ると本当に怖いけど。


「では、次に出席番号順に一言でいいから挨拶をしろ。では出席番号1番 尾形 宏樹。前に立って挨拶しろ 」

「はい」


まぁ学校だし、自己紹介あるよね。これ中学の時に教卓に向かうときにある段差でつまずいておもいっきりスッ転んだ事があって結構トラウマあるんだよな。

まず、そういう根本的なミスをしないように気を付けていかないと――うーんそれで何を話そうか。

まず、自分の名前を言ってから。まぁ他の人の会話をいくらかパクリ――いや、参考にしてだな……。


「9番……はまだ寝ているか。じゃあ10番……おい!防人!防人慧!」


え!?もう順番ですか?

早いな、と思いながら右側を見ると空席が多いことに気がつく。

あぁなんか良く見て見ると僕の前にいる人、半分ほどいないじゃないか。

なんだよ初日から前の人たち不登校ですか?

そんなんじゃ勉強おいてかれるぞ。

いや、他人の心配している場合じゃないな。

あぁどうしよう?何も考えてないんだけど……。


「どうした?防人 前に立って早く挨拶しろ」

「……はい」


何を話すか急ぎ考えながら慧は教卓に向かうために立ち上がり、その重い足をゆっくりと持ち上げて前に進める。

中学時代はどんな挨拶していたかな?

まずは名前を言ってから……確か何かしら好きな食べ物とか動物とかそういうの言えばいいのかな?


「何をモタモタと歩いている?まだまだ挨拶していない生徒がいるのだぞ。早くいかないか」

「はい、すみません姉さん」

「先生だ」

「へ?」

「ここは学校だ。ならば先生を先生と呼ぶのは最低限の礼儀だぞ」

「あ、はいすみませんでした。先生」

「ふん、さぁ挨拶ぐらいさっさと済ませろ」

「分かりました」


そう言われて慧は足を早め、まだ教卓の段差もない机と机の間の道でおもいっきり転び、顔面を強打する。


「全く、何をやっているんだお前は……」


先生の呆れたように言う言葉とともにクラス内の数ヵ所からクスクスと小さな笑いが起こる。

こういう失敗をした時、もっと大きく笑ってくれた方が案外、逆に精神的なダメージが少ないのになぁ。

はぁ~~……やってしまった。

でも、顔を上げた時に見た先生の顔は『相変わらずだなと』言うような呆れた、でも穏やかさを含む顔をしていた。

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