03-5
シュミレーションルームの部屋についた二人は辺りを見回す。
スポーツのするところにありがちな荷物置き場となる広めのロッカールーム。
その奥にはドリンクバーのような機械が置いてあり、反対側に≪Room01≫≪Room02≫……と書いてある扉が全部で5つあった。
扉の上に設置されたランプをが使用中を示し、そして今はその全てが点灯してしているということは残念ながら1つも空いていないということだろう。
「あぁ、わりぃ慧。ちょっとトイレいってくるあ」
「……わかったよ。んじゃとりあえずお前のカバンだけはついでにしまっといてやるよ」
「わりーな」
慧は二人分のカバンを1つのロッカーの中にしまい、挿さっている鍵を回してから抜き取り、鍵に付いている革の腕輪を自分の手に巻き付けてボタンをとめる。
「やぁ……こんにちは」
「ん?」
一応カギがかかったことを確認していると後ろから声が聞こえ、そちらへと振り向くと目の前にその中性的な声の主が立っていた。
その人は肩ほどまで伸びているであろう髪をゴムで簡単にまとめており、紺のジーンズにウエーブのロゴが特徴なスニーカー、黒のジャケット、と男性のような格好から見るに男性だろうか?
胸もまな板、だが着痩せしているという可能性も捨てきれない。
「あ、えっと…」
よく分からないけれど、これ以上の考察はしない方が良いだろう。
しかし、金髪……もし試験であったあの人たちだとしてもバイザーで隠れていたわけだし、お互いの顔はわからないはずだけれど……声でわかったのだろうか?
慧が言葉に詰まっていると目の前の金髪の人は察したようで手を合わせて、頬笑む。
「あ、ごめんごめん……ボクはアリスって言うんだ。よろしくね慧君」
「あ、はいこちらこそ……よろしくお願いします……ん?あれ?僕、名乗りましたっけ?」
「ふふっやっぱり忘れてるんだね」
「え?」
「そうだね……湊ちゃんの友達だって言えば分かるかな?」
「湊の……あ」
慧は少し考え、いつだったか覚えてはいないが湊が楽しそうに金髪の女の子と話していたことを思い出す。
その時に顔は見ていないので女の子らしいというべきだが。
「確かデパートで湊と話していた」
「そ、久しぶりだね」
「えぇ、久しぶりですね」
「でも、時間が経っているとはいえ今年に出会った事を忘れられていたのはちょっと悲しかったかな」
「それは本当にすいませんでした。しかしこちらはあなたの顔を知らなかったものですから」
「顔を?……湊ちゃんから聞いて……あぁそういえば彼女、ボクを君に会わせないようにしていたね」
「ええ、ですから見かけはしたんですが顔までは分からなかったんですよ」
「そっか。それじゃあさっき言ったことは訂正しなきゃね。出会うっていうのは互いが互いを認識して少なからず会話をすることだからね。だからあの時の場合は私たちは見かけ合ったというべきかな」
「見かけ合った……なんか変な感じですね」
「ふふっ確かにね。でもそれ以外に良い言い方が見つからないな」
「ですね」
二人は笑い、改めて互いに挨拶を交わし、話を続ける。
「実はね食堂でも見つけたんだけど話しかけるタイミングが掴めなくてね」
「へぇそうだったんですか。えっと……なんかすみません」
「なんで謝るの?」
「え?いえ、何となくです。なんと言いますか待たせてしまいすみません。……て感じです。えっとうまく言えずすみません。伝わらないですよね」
「そんなことはないよ。つまり友達と長話をしてしまいボクという一人の女性を待たせてしまった。それに対する僅かながらの罪悪感から謝った……違うかな?」
「まぁ……そうですね。そんなところですかね?自分あんまり語彙力がないのでそれでもよくわかりませんが」
「ふふっそうなんだ。でもそういう人の方が回りくどい言い方をしないで思ったことを正直に話してくれそうだからボクは嫌いじゃないかな」
「そう……ですか?」
「うん、それに君は上手く話せないからって黙ることなく説明しようとしてくれた。それだけで一生懸命に相手に伝えようという気持ちは伝わってくるからね」
「そう言われると嬉しいですが、何か恥ずかしいです。えっとアリスさんは優しいんですね」
「えっ?そんなことはないよ……そんなことは」
先程まで笑顔をしていた彼女はその顔に暗い影を落とす。
何かまずいことを言ってしまっただろうか?
気に障るような良からぬ事を言ってしまっただろうか?
慧はその顔を見て頭の中に様々な考えを巡らせる。
しかし、それはある男の叫声によって吹き飛ばされる。
「あ、あぁ!!!?」
「――何だ!?って植崎かおどかすなよ。……ん?おい、どうした?」
なんだ?
植崎の口は開いたり閉じたりしているが、その他は硬直していて目を見開いている。
しかしその顔は紅葉したかのように赤く、その口元は歪んでいる。
気付いてるか?お前、今とんでもなく気持ちが悪い顔をしているぞ。
どうもこのままでは何となくだが、本当に何となくだが嫌な予感がしないこともない。
その予感は的中し、植崎はハッと我に返り強く首を降ると慧の胸ぐらを掴んだ。
「おまっどういうこった!?あの、あのあの……あの人と付き合っていたのか!?」
「あ?んなことはないよ。アリスさんに会ったのは……今さっきだよ」
「今言葉に詰まったよな」
「そ、そんなことはないよ」
こいつ、いつもは鈍感なくせに妙なときは鋭い。
「じゃあ、あ、あの人と仲良さそうに話してたってのどういうこった?」
「単なる偶然だ。偶然……」
「そうなのか。じゃ、じゃあ付き合っているわけじゃねぇーんだな?」
「さっきからそう言ってるだろうが、ちょっと苦しいから早く手を離してくれないか」
「あ、あぁ、悪い……」
「いや、わかってくれたならいいよ……」
慧は大きく呼吸をし、不足した酸素を取り入れる。
だが植崎からの誤解が解けて酸素不足という困難が去ってもこの空気が変わることはない。
慧がすみませんでしたと謝ってもアリスは気にしないでとどことなくもの悲しさを残して微笑むだけだった。
詮索するわけにもいかないこのむず痒さを覚えるような空気は予想外の方向から来たものによって簡単に掻き消された。
トイレから出てきたらしいグラサンをおでこにかけた歪なおかっぱ頭の一人の少年がハンカチで手を拭きながらこの部屋の中に入ってくる。
そしてすぐにこちらを見つけ、ハンカチをしまいながら慧たちに話しかけてきた。
「やぁ……君たちはあの時の人達だね」
「え?あ、はい。……えっと」
「尾形(おがた)です。尾形 宏樹(ひろき)」
「あ、よろしくです。僕は防人 慧と言います」
「よろしく。呼び方は慧でいいかな?」
「あ、はい。構いませんです。えっと僕は尾形さんと呼べばいいでしょうか?それとも宏樹さんでしょうか?」
「宏樹でいいですよ。さん付けは好きにしてもらっても構いません」
「分かりました。では宏樹さんと呼ばせてもらいますね」
「了解した」
二人は短い握手を交わし、他愛のない話を続ける。
数分の時間が経ち、アリスの表情から暗さが消えるころ話しに入ることの出来なかった植崎はいびきをかきながらベンチに横たっていた。
慧もある程度慣れてきてそこそこ落ち着いて二人と話ができるほどの頃、会話での彼女という表現から慧はアリスさんが女性だと言うことが確認することができた。
気が多祥なりと緩むと同時に気になり始めたことを聞くためにゆっくりと口を開こうとするがやはり聞きづらい。
口籠もっているとアリスさんが疑問符を頭に浮かべながら聞いてくる。
「どうしたの?何か用かな?」
「え?ああいえ、何でもないです。……ただなんかその服装が男性ぽいなって思いまして……」
「ぇ、ぁいや……別にね特に何かあったってわけじゃないよ。単に親の育て方の影響でこういう格好のほうが落ち着くんだ。もちろんパーティーとかにはもっとちゃんとした服を着ていくんだけどね」
また一瞬だけ表情がまた暗く……悪いことを聞いてしまったかな?
ここは、これ以上は触れない方が良いだろうな。
慧はそう判断し、彼なりに考えて話を進めていく。
「へぇ~そうなんですか?僕は……そのパーティーとかそういうものには行った経験が無くてやっぱり服とか料理とかえっと周りの人ととの繋がりみたいなのが……」
「そんなことない!」
笑いながら僕がそう話すとアリスさんは険しい声、顔でそれを否定する。
「え?…え!?」
慧は突然のことで戸惑っているとアリスははっとして慌てて謝る。
「あ、ごめんね。いきなり大声だして」
「い、いえ、こちらこそ何か悪いこと聞いてしまったみたいで…その、すみません」
「ううん…そんなこと、ないよ」
「そう、ですか?」
「うん」
「……。」
「……。」
しまった。また地雷を踏んでしまったみたいだ。
うぅ、またなんか重い空気になって……うーん、どうしようか………あぅ、何も思いつかないなどうしよう?
慧はゆっくり目線を鉄の扉に移すとペアであろう二人の受験生が別々の扉で入るのと出てくるの確認する。
さて、できればここから一目散に全力で逃げ出したいのだがそんなことするわけにはいかないので僕はゆっくり口を開いて……。
「あ、あの」
「は、はい……何かな?」
「えっと……ちょうど今さっきシュミレーターが空いたみたいだし、時間も押しているからそろそろ練習した方がいいかなって」
こ、これは逃げろという神からのお告げなのか?
いや、別に特に神や仏を心の底から信じているわけではないがここはこの流れに乗らせてもらおう。
慧は拳を力強く握り、言う。
「そ、そうですねじゃあ僕はお先に植崎と…」
そう言いながら慧は隣のベンチで寝てるはずの植崎の方に振り向く。
本来ならそこで寝ていなければいけない植崎がそこにはおらず、慧はキョロキョロと辺りを見回そうとしたところでアリスさんが彼の肩を軽く叩く。
「君といた人ならさっき宏樹君と入って行ったよ」
「あ、そうなんですか……って、えぇ!?」
あいつ、なんで……まぁそれは別にいいが…いや、良くはないな。
しかしまぁ今、他の受験生が出てくるのを見たところあそこはペアで入らなければいけないのだろうし……さて、どうしたものか……植崎が宏樹さんと入ったのならばアリスさんに頼めばいいのだけれど…。
なんて思いながら首を傾げる慧にアリスさんが声をかけてくる。
「お互いパートナーいないみたいだし訓練、代わりに行ってもいいけれど……どうかな?」
「あ、えっと……」
先に言われ……いやこれでまぁ当初の問題は解決されたから……まぁいいかな。
「ん?……迷惑、だったかな?」
「い、いえ迷惑なんて……その、とんでもないです。ありがとうございます」
慧がお礼を言うとアリスさんは微笑んで立ち上がる。
「それじゃあ……いこうか」
「あ、はぃ」
慧は返事をしてアリスさんとともにシュミレーターの≪Room03≫に入って行く。
入ってすぐの短い階段を上りついた広さ六畳ほどの部屋には全身を覆うように造られた卵のようないびつな船のような形をした椅子が二つ、少し距離を離して並んで置かれていた。
「これは……何でしょうか?」
「この装置の名前は≪ノア≫。この学園が新しく開発したフルダイブ装置のプロトタイプだよ。まぁこれには学園の人が色々なアレンジを加えてるらしいけど……」
「アレンジってどんなですか?」
「細かいことは見ての……いえ、やってのお楽しみってやつだね。でもあえて1つ上げるとすればノアには五感の完全再現を可能としていてより臨場感のあるゲームプレイが楽しめるってのがあるね」
「それって大丈夫何ですか?」
「ん、どういうこと?」
「確か感覚の再現にはまだ力加減というか強弱の調整が上手くいかないとかでまだ実装には至ってないとか言われてた気がするんですが」
「それなら大丈夫だよ。確かに本物同然とまではいかないし、五感全部が再現で来た訳じゃないからね。でもある程度の調整が出来るようになったみたいだよ」
「へぇ~よく知ってますね」
「えへへ……まぁね、ここに来るためにここの情報はしっかりと頭の中に入れてきたからね」
「そうなんですか……僕はネットばかりで調べているからウワサ程度の情報しか手に入れてないんですよね」
「ボクもネットだけどね」
「え?そうなんですか?……こんなことよく調べましたね」
「そうかな?まぁ≪ノア≫って検索しても出てくるのは100ページ前後からだからね」
「100……すごいですね」
「それは、まぁね。……それよりも順番を待っている他の人に迷惑だからもう始めようか」
「それもそうですね。始めましょう」
「それじゃあプレイの方式としては協力と対戦ができるけど……どうする?」
「対戦……そんなことが出来るんですか?」
「それはもちろん」
「内容はさっき試験でしたゲームですよね。……内容としては一対一のタイマン戦ですか?それともどちらが敵を多く倒せるかみたいな奴ですか?」
「えっとね、一対一で戦えるらしいよ」
「なるほど……確かに対人戦もやってはみたいですね」
「なら、決まりでいいかな?」
「ええ、そうですね。それじゃあ対戦でお願いします」
「わかった。それじゃあまずはこのノアの手順を教えるね」
「手順……ですか。別にダイブ用ヘルメットとかヘッドセットとかをつけてオーバー・ダイブ……でいいんじゃないですか?」
「そうだよ」
「そうなんですか。……え?いや、え?」
「これでは受験生が誰なのか知らないといけないから」
「あぁ!なるほど指紋認証とかですか」
「他にも対戦なのか協力なのかということとか色々ね……それじゃあまずボクが一通りの手順を教えるね」
「よろしくお願いします」
数分程の時間をかけてノアの一通りの操作手順というのを教えてもらった慧は≪子機≫として設定されている2番と書かれた方に乗り込むために外側に置かれた小さなパネルに自分自身の受験番号を入力する。
認証音が鳴り、防弾ガラス及びマジックガラスであるらしいノアの扉がスライドして開く。
見えなかったその中は一言で例えるのならコックピット。
白い一角獣が破壊状態に変わる時のそれに似ていた。
「おぉ!!」
その見た目に興奮し、すっかりとこれが試験であることを忘れた慧はワクワクしながら席に腰かけると機械音声が耳元に取り付けられているスピーカーから流れ始める。
『ようこそ防人 慧様。シュミレーターのご利用ありがとうございます。それでは今から身体安全の為に扉を閉じますので気を付けてください』
音をたてて扉が閉まり、目の前にモニターが持ち上がってくる。
「うっは!」
マジでコックピットだ、これ。アレンジ加えたやつはロボットアニメとか好きなのか?
『扉の完全閉鎖を確認。一番プレイヤー…アリスさんから対戦の申し込みが届いております』
「あ、はい……承諾っと」
慧はモニターに映る≪承諾≫に指を触れ≪OK≫で確認する。
『了承を確認。それではダイブコールをお願いします。3…2…1…』
「「オーバー・ダイブ」」
二人の同時に叫ぶと同時に二人の視界は光に包まれ、意識は再び電脳世界へと沈んで行く。
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