02-3
「なぁ……」
しばらくベンチに腰かけてまだ始まらないのかと思っていると植崎がふいに口を開く。
「ん? ……何?」
「あ~なんだ。湊は来てないのか?」
「がっ!!」
あいたた……本気でビックリした。
一体なんなんだ一体。一切の前置きなく言われたそのセリフにびっくりしてしまった。
全くなんということをいきなり言い出すのかコイツは……。
思いっきり滑ってベンチから落ちてしまったじゃないか。
慰謝料を請求してやるぞ。くそぅ……尻がいてぇ~。
僕はズキズキと痛むお尻をさすりながらゆっくりと立ち上がり、植崎の前に立つ。
「いきなり何を言うんだ。斜め上を言ったセリフに驚いたじゃないか」
この考えは軽率な可能性もあるが、赤面していうことからまず間違いは無いと思うけど……。
「ん? ……というかお前、湊(あいつ)のことが好きだったのか? 初耳だぞ」
「あーいや……そうじゃなくてな。あの人がいるなら友達の人もいるかなって思ってな……」
「へ……友達?」
正直なところ僕は湊の友達のことはよく知らない。
いるとすればこの前にあった白い髪の人かもしくはもう少し前に合った――正確には見かけたあの二人ぐらいだが……他にもいたっけかな。
僕は中学ぐらいの頃を思い出して考える。
湊とは同い年だがクラスは違っていたし、僕は植崎と話す以外には大抵自分の席か図書室で本を読んだりする程度。
当然そんな僕は湊が誰かと話したりしているところを見た事はない。
家でのご飯中に家族との話で名前が出ていたりしたが、それが誰なのかは知らないから結局あてにはならない。
興味も湧かなかった(仮に湧いたとしたら殺されるだろう)しな。
「友達ねぇ……」
友達……そう言えばあのショッピングモールで見たあの人は誰だったんだろうな。
湊は友達だと言ってはいたがチラリと見えた気がするあの横顔はどこかで――
「――っ!?」
突如、頭に走る激痛。
僕は驚いて目を見開いて、バックを潰しながら体を前に倒して頭を押さえる。
一体……なんなんだコレは!?
「――?」
しかしそう思ってすぐにその痛みは引いていった。
さっきまで考えていたことも痛みとともに引いていった。
何を……考えていたのだったっけ?
「どうした?」
「あぁ、いや……何か頭痛が」
「そうか……」
「多少は心配しろよ……」
全く、もう治まったからいいけどさ、友達なのだから大丈夫か。ぐらいは言ってほしいものだ。
まぁこういう性格だから逆にこちらも変に気を張って接したりしなくていいというのはある。
そういう面では気楽でいい。本当に気が楽でいい。
それにしてもあの激痛は一体なんだったんだ?
長時間外にいて冷えてしまったせいだろうか?
原因不明のこの激痛、またいつ襲って来るのかわからない。
一応、頭部を暖めておくためにもニット帽をかぶっておこう。カイロ……はさすがにやり過ぎか……一気に温めても逆に駄目だし止めておこう。
「あぁ、えっと……わりぃな……」
「いや別に怒ってはいないよ」
「そうか、そりゃあよかった」
「……ところでさ、僕たち今、何の話をしていたっけ?」
「おん? もう忘れたのか? 湊がここに来るかって話だよ」
「ああそうだったそうだった。……えっとなまず結論から言うと、あいつはここに来ないぞ」
「えぇなんでだよ!!」
「なんでって……受検なんてしないって言ってたからな」
「そうか……ん? てことは中学で卒業するのか?」
「卒業は僕もお前もするよ。一体どんな悪行を積んだら中学卒業停止なんてことになるんだよ?」
まぁ湊(あいつ)ならあり得ないこともないと思えてしまうのがすごいことでもあるが、少なくとも俺以外(湊がウザい奴と思わなければだが)に向ける態度はいたって温厚なので問題はあるまい。
もちろん植崎は湊ウザいリストの一人に入っているので完全に相手にされていない。
リストに載った理由はうるさくて暑苦しいとのこと。
それに関しては僕も同意せざる負えなかったが、やはり男子、女子では執着点というか観点というか物の見方がちがうのだろう。
それに関してうっとおしいと思うこともあるもののそれは別に大した問題ではないと僕は思う。
対して湊は『暑苦しくて、うっとおしくて、うるさい奴。関わる前に同じ空間にいる時点で蕁麻疹が出そう』とのこと。
相変わらずひどいな。
「いや、そうじゃなくてよ。卒業してから仕事でもするのかって話」
「ん? 就職するってことか?」
「そうそいつだ。……んで殉職するのか?」
「殉職じゃなくて就職な。殉職なんてしたら次の就職先は地獄の亡者になっちまう」
「んあ? 何言ってんだ?」
語彙力の違いによって芽生える考えの相違。
考えていることが違っているのだから話がかみ合ってこないのも仕方がない。
このバカと付き合っていくには必要になってくるものは多少の受け入れる心。
寛大とまではいかなくても軽く受け流す力。
そして奴の言葉を理解し合わせること。
「はぁまぁいいや。湊は殉職も就職もしねぇからな」
「そうなのか。でも受験もしねぇんだろ?」
「……お前、僕たちと同じ中学だよな?」
「あったりまえじゃなぇか。何言ってんだよ?」
「なら知ってるだろ?」
「なにが?」
「……まさか忘れているなんてことはないよな?」
「だから何が?」
「いやいい……えっとだな。今はほとんどがどこも中高一貫になってるのは知ってるだろ? 高校受験をしたい奴はする。したくない奴はそのまま高校生になる。俺たちが通ってた『界立 二四八(にしはつ)中学』も受検せずにそのまま付属の高校に上がれることは知ってるだろ?」
「そうだっけか?」
「まぁ……うん。そうなってるんだよ。んで湊のやつは『受検なんてものをする気はない』、『面倒くさいことはしたくない』『受けても受けなくてもいいのなら受けない方を選ぶ』って言ってたから多分そのまま高校に上がるんじゃないか?」
「そうか……お前はなんでそうしねぇんだ?」
「確かに受験しない方がラクではあるけど、ここからじゃあ高校の場所が遠いし、通学が困難だからな」
「アパートは?」
「家賃とか払わないとだけどバイトは禁止されてるから支払いは頼まないとだからあんまり家族に負担掛けたくないってのと僕が方向音痴だってことだよ」
「お前、方向音痴だっけか?」
「そうだよ。駅から歩いて5分の目的地にも一時間は迷ったことがある僕だぞ。見知らぬ土地なんて到底無理な話だよ。ここに来るのだって何度下見をしたことか……」
「ほ~ん。そうなのか」
「そうだよ。まぁとにかくあいつは面倒くさがって受検なんてしないよ」
「んじゃあ、あいつの友達は?」
「友達……ん~さぁな」
友達、彼女にそう言った人はいるのだろうか?
分からない。電話をしているのを見た事があるからいるのは確かなのだけど。
「いるのか、いないのか……もしいたとしても僕は詳しく知らないな」
これは本音。僕の思っていることをそのまま声に出す。
「そぉかぁ~」
明らかにがっかりした表情で大きく白い息を吐きだしてベンチにもたれかかる。
湊の友達――植崎が気になる女性。
まぁ僕には一切関係ないことだが、どんな人なのかは気になるところだ。
植崎の吐き出した白い息がわずかに上昇して消え去った時、ドームに設置されたスピーカからチャイムが鳴り、放送が流れ始める。
『皆さんお待たせしました。ヘイムダル学園、二次試験会場へようこそ現在、遅れている神谷(かみや) 愛(まな)さんに代わって放送させていただきます――』
「お、そろそろみてぇだな」
「そうみたいだね」
僕は同意しながら腕時計で現在の時間を確認する。
二本の針はちょうど垂直に交わり、9時を表している。
「あぁ……」
僕が始まると思っていた時間は6時、普通はおかしいと思うべきだけど、そんな考えは一切なかった。
昨日も今日の朝も考える余裕は無かった。
そしてここに来てから3時間……薄々そうじゃないかとは思っていた。
そして今その予感は的中した。
恐らくひっくり返して見ていたのだろう。9時の表記を6時と読んでしまったのだろう。
あぁ本当に本当に……何てことだ。
「やっちまったよぉーー!!」
「ど、どうしたよ。いきなり」
「あぁ、いや……なんでもないよ。ただ少し、叫びたくなっただけだよ」
「なんだ、気合でも入れてたのか?」
「まぁ……そうだね。そうかもしれない」
嫌な考えや気持ちを吹き飛ばすという意味合いでなら気合を入れていたと言ってもいいかもしれない。
「ははは……まぁしゃーねーよなぁ」
そんな考えなんて僕のちょっとした恥ずかしい気持ちなんて知る由もなく、ただ気合を入れていたと思っていた植崎は大声で笑いながら背中を叩いてくる。
冷えている身体にその衝撃は分厚い服越しでも結構響いてくる。すごく痛い。
「俺様も緊張してるからわかるぜ」
本当だろうか?
勉強よりも女の子のことを考えていたりしたこいつが緊張しているとは到底思えないが、いやさすがにそれはひどいかな。
もしかしたら緊張を紛らわすために言ったことかもしれない。
多分そうだろう。違ったとしてもそうだということにしておこう。
僕は大きく冷たい空気を肺に入れて気合を入れる。
気持ちの切り替えを行い、ドームのスピーカーから流れる音声に耳を傾ける。
これはボイスチェンジャーか何かで声のトーンを変えているのか、随分と機械じみた、造られた声のように聞こえるな。
『これより試験会場に入場した皆さまは事前に配られた入試カードに書かれた場所に着席してください。全員の着席確認、もしくは30分経過後に次に進ませていただきます。それではこれより会場の扉を開きますのでもし会場の壁にもたれている方がいましたら離れてください』
そう放送してから数秒後、『それでは開門します』と流れ、少ししてドームの一部がエメラルドグリーンの光を発し、それが段々と広がっていき、扉のような形に変化する。
扉とは言っても四角い形ではなく、トンネルの入口のような長方形に半円を足したあの形、田舎の子供などがその先に何があるのかドキドキしながらくぐるあの形。
それがドームの側面に現れた。
「おぉすごいっすねぇ~」
「ここに……入ればいいの?」
「そうじゃないかな。そう言ってたし」
「これっていくらぐらいかかったのかなぁ~」
「演出としても凝ってるよなぁ~」
そんなことを言いながら他の受験生は中へと入って行く。
ある人は楽しそうに、ある人は戸惑いながら、ある人は何も言うことなく冷静に。
人が減ってきた頃、そろそろ行かないといけない思った僕は立ち上がり、一度大きく伸びをする。
なにわともあれいよいよ始まるんだ。
そう思った瞬間に心臓が高鳴っていくのがわかる。
「さて、僕たちも行くぞ」
緊張感にいつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
未だ動こうとしない植崎の方へ向くことなく僕はそう言いながら光の扉の方へ向かう。
「いやいやいやいやいやいや、待てよ、待てって!!」
ゆっくりと足を進めている僕を追い抜かし、植崎は驚いた表情で大きな声で叫びながら僕の前に立ちはだかる。
全く、その声だけは本当にどうにかならないものなのだろうか?
「なんだ、早くいかないと閉じちゃうかもしれないだろ?」
「いや、そうかもだけどよ。あれってなんだ? あれ、あれなんで光ってんだ? そもそもあれってなんなんだ?」
「あぁ、あれか? あれはいわゆる『転送装置』ってやつだよ」
「テンソウソーチ?」
「そ、ゲームとかでよくあるだろ? 一瞬で別のところに行ける奴」
「ワープみたいなもんか?」
「うん、僕もネットで見ただけだからよくは知らないんだけど素粒子理論に基づいてどうとか……んでなんで光ってるのかは造った我々にもわからんのです」
「そうなのか?」
「……いや、うんなんで光ってるのかな。調べてないからほんとわからん」
でもたしかネットではまだ実験段階だとかどうとか書いてあった気もしたけど。
まさか僕たちは実験台?
いやいやそんなわけはないな、もしそうなら大問題だ。
単に使っても問題ないから使っている。それだけだろう。
「ん、でも大丈夫ってことだな。偉い人がそう言ってたんだろ?」
「うん、まぁ偉い人ほどわからんものが多いらしいがな。まぁ安全だから使ってはいるんだろうね」
大丈夫……なはずだ。
そんなこんなで話しているうちに周囲に人が全くいなくなっていた。
これはまずい。このままでは受けることすらかなわなくなってしまう。
「それよりも早く行くぞ」
「お、おう待ってくれよ」
しかし、本当に大丈夫だよな?
あぁくそっ心配になってきてしまったではないか。
ええいままよ!ここは勇気を出して――。
「あっ――」
「おっ――」
――ああぁぁぁぁぁぁぁっ!!
中に入った瞬間、ふわりっと前進が宙に浮いたような、ジェットコースターとか急な坂道を一気に車とか自転車とかで駆け下りるときなんかに感じるあの妙な浮遊感。
そんな感じに加えてエメラルド一色だった視界が一瞬にして真っ白に変わり、どこが上なのか下なのか左なのか右なのかがわからなくなる。
二つに感覚によって落ちているような、いないような気持ち悪い感覚が襲ってくる。
しかしなぜか慣れている気がしないでもないそんな感覚。
とにかく僕は想定外の形ではあるが無事光の中に飛び込むことに成功した。
あぁ、くそっ――。
入口手前で減速してしまった僕も悪いが、なんでぶつかって来るんだよ。
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