02-2
12月17日 日曜日
「――っ!!!! はぁはぁ……夢か……」
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
しかしその時に見た夢がこんな悪夢とは、気分は最悪である。
僕は乱れた呼吸を整えつつ、太ももに肘をつき、その手で頭を支える。
そして今の状況を確認する。
ここはヘイムダル学園の試験会場。
湊による罠をなんとか抜けて、ギリギリのバスに乗り込んでたどり着いた目的地。
ヘイムダル学園――それはほんの2年前にできたばかりの中高大一貫の超をつけてもいいほどの巨大校。
大学では機械工学、電子工学、医学、薬学などを専門としており、最新鋭のコンピューター開発や薬品開発を行っているという。
さらにここは成績に応じてお金が与えられ、卒業後には就職に一役買ってくれるとの事。
そのため人気はとても高く、毎年多くの人が受検に集まる。
しかし合格出来るものは本当に低く、半分も二次試験にたどり着くことはないという。
これらは全て僕がネットやパンフレットによって得た情報である。
僕にはこれといった将来こうなりたいというものはない。
だが何かにはなっておかないと生きてはいけない。
働かざる者、食うべからずだ。
なのでもし何になりたいと聞かれれば僕は医者になりたい。と答えると思う。
一回、数十分の診察で何千円と請求ができる。しかも休日祝日はちゃんと休める。
なんとすばらしい仕事だろうか。
そういった観点で見ればこの学園はとても好条件でだった。
将来なりたいものになれるよう手回しをしてくれるという上に月に一度生活費などもかねてお金を与えてくれ、さらには寮生活。
しかし家からは近いので長期休暇などで帰る気になればすぐに帰ることも出来る。
悪魔のいる家にあまり帰りたいと思わないが……。
ここまでの好条件な場所はなかなかあるものではないが別にここで無ければならないということもない。
それに僕はここがこういうところだと知ったのは調べたからである。
色々と高校を調べている内に見つけたここが何故か気になった。
別に写真を見たわけでもなんでもない。ただ名前を見ただけだというのに何故か気になったのだ。
そうでなければ僕はここを受検しようなどとは思わなかっただろう。
「ふぅ~」
ある程度息が整ってきた僕は白い息をはき、腕時計で今の時間を確認する。
現在時刻は7時56分。
前日に確認した集合時間が6時だったはずなので本来ならばもう始まっていてもおかしくはない。
だがここに到着してそれから二時間近くが経過するというのに全く始まる気配はない。
それに受験生もまだほとんど見当たらない。
かといってこのドーム型の試験会場をぐるりと一周しても入口らしい入口は見当たらなかった。
入口がないのでは入ることも出来ない。
しかし辺りを見渡しても困っている様子の人もいない。
皆友達と話したり、別のベンチでのんびりとしている。
もし遅れているのならば放送を入れてくれてもいいと思うが、どうもそう言うわけではなさそうだ。
「ふぁっ……寒い」
僕は一つ、大きなあくびをして涙のたまった目を軽くこする。
そして軽くお腹をさすりながら問題なさそうなことに安堵して近くの自動販売機で何か温かい飲み物を買うためにカバンに入った財布を取ろうと手袋を外したその時、聞きなれた低い声が僕の耳の届く。
「よぉ~お前もここはいるのか?」
聞こえてきた声にまさかとは思いつつも中学時代に聞き慣れている声に安堵したのも事実である。
しかしやはり驚きの方が勝り僕は驚きの声を上げた。
奴――植崎祐悟は昨日と変わらない、一切起きたままであろうボサボサ頭にジャージ姿。昨日見たのと違うところがあるとすれば中学の時に部活に使っていた黒いエナメルバッグを肩にかけているということぐらいか。
対して今の僕の姿はスーツ風の学ランの上からダウンジャケットを羽織り、白いショルダーバックを膝の上に乗せている。
男な顔をした植崎と中性的な顔つきの僕。
対照的と言ってもいいかもしれないほど相容れなさそうな二人。
しかし意外と話が合って友人の二人。
まぁそんなことはどうでもいいようなことではある。
「なんだ……お前もここに入学しようとしているのか?」
僕は取り出した財布を開けながら聞くと植崎は相も変わらず親指をこちらに向けて立てる。
「あったりまえよ。ここじゃあ頑張りゃ金が手に入るんだぜ。そりゃあ行くに決まってんだろ」
「あぁ、お金ねお金……」
確かにこの学園は各生徒たちに成績に応じて月に一回、お金の支払われる。
どんな形でそしてどんな風に与えられるのかは定かではないが与えると公式サイトに書いてあった以上は支払われると思って間違いはないだろう。
その他にもお金を手に入れる方法があると載っていたが、これはネットでの書き込み。所詮はどこかの誰かが書いた事。
妄想、戯言、妄言、何にせよ信憑性は皆無である。
それを信じるのは少々軽率というものだ。
しかしどちらにしろお金がもらえるという事実は揺るがない。
「なるほど。つまりこの前にいっていた手に入るお小遣いってのはこれの事か」
「おう、そうだぜ」
「ほう……で、もしこの二次試験に落ちたらお前はどうするつもりなんだ」
「あ? えっとそりゃあ……」
あぁ……この反応は、もうバレバレである。あーだこーだと言い合う必要すらない。
植崎は今もなお口を開き、言葉を探している。
このままでは口の中が乾燥しきってもずっとぼんやりと上を見上げ言葉を探す続けかねない。
「決まってないんだな」
僕は呆れて言う。ため息交じりに言う。
「……すまん」
ここで言い訳をしようものなら少しムッと来るが、こいつはそういうことはしない。
万が一してもすぐにバレる。わかりやすいようなことしか言わない。
コイツはそう言うやつ。嘘を言わない、言えないやつ。
だから仲良くできる。
逆にその性格をいじるものも多いが。
「いいよ、お前がここに現れた時になんとなく想像が出来ていたし、それよりさ今から始まる試験って何なのか知っているか?」
これは全くわからなかった事。
今までにない受検方式をとったということ以外に学校の公式サイトにも一次試験を合格した時に届いた二次試験についての案内にも何一つとして記載はなかった。
詳しいことは何一つとして無かった。
「面接? それとも実技試験? だったら一体何をするんだろうな?」
だから聞いてみる知っていようが知らないだろうが聞いてみる。
ただ聞きたいから聞いてみる。
「さぁ? 俺様はしらねぇ」
帰って来る答え。即答された。
もちろん知らなくても構わなかった僕は表情を一つ変えることなく頷く。
「やっぱりか……うぅ寒っ」
僕は大きくくしゃみをして立ち上がると近くの自動販売機に向かい、話をする前の目的のために財布からお金を取り出す。
人感知センサーが反応し、自動販売機のモニターに表示される飲み物の数々。
そして各飲み物の写真の下に表示された値段。100円という表示に少しばかりうれしくなる。
まったくもって驚きである。
税金も10パーセントを越えた今どきに100円で買える自動販売機なんてものはもはや絶滅したとばかり思っていたのにまさかこんなところに存在していたとは。
変わったものにチャレンジする必要もない。眠気覚ましはもう必要ない。ならばここはこれから行われる試験に向けて頭を回転できるようにするという目的も含めて暖かいココアにするとしよう。
100円を入れ、モニターに追加表示されるボタンに触れて出てきたホットココアを取り出し口に手を伸ばして取り出す。
手袋を外した方でホットココアの熱いぐらいの温かみを感じながら席に戻り、もう片手の手袋をはずして両手でココアの缶を包み込む。
「あ、俺にもそれくれ」
急に言ってくるその言葉。なぜ僕がせっかく買ったものをわざわざ手渡さなければならないのか。
「嫌だよ。ほしいなら自分で買えばいいだろ」
僕は両手を暖めながら植崎の頼みを否定する。
ここが極寒の地で飲む物が暖まるものがこれしかないというのなら渡すだろうがここはそうではない。
仮に僕でない他の人だったとしてもここは同じことを言って否定するだろう。
むしろいいよ。と手渡す者がいるのならそれは重度のお人よしか神様ぐらいだ。
考えすぎ、飛躍しすぎているだろうか?
まぁ、これはあくまでも僕の意見であるので他の人がどう思うかなんてのはどうでもいいことではある。
ただの妄想、頭の中だけの事。
今の僕と考えていることについての会話ができるとすれば心の中を読める超能力者ぐらいだ。
「いや、でも金がな……帰りのバス代ぐれぇしかねぇんだ」
僕の否定を聞いた植崎は頭を掻きながら少しばかり申し訳なさそうに言う。
それを聞いて僕は大きくため息をはいてせっかくしまった財布を再び取り出す。
あぁ全く、情けは人のためならずというが一体いつになったら僕の元に帰って来るのだろうか?
まさかとは思うが、長年間意味を間違って使われていることもあるせいで神様までもが意味を勘違いしているなんてことはないだろうか?
そうでないと願いたい。
僕はそう思いつつ取り出した100円玉を立ち上がった植崎に弾いて渡す。
「ほい」
「おっ」
そして宙を舞った硬貨は植崎の手の上で跳ねて地面へ着地、コロコロと数メートル転がってゆく。
あぁ、溝に落ちなくてよかった。
最近は危険だからとすっかり全部ふさがれてそかもそれがまたしっかりとしているもんだから絶対に外れることはない。
ネットの驚愕ニュースなんかでは溝の底には年間数十万の小銭が眠っていると言われていたが定かではないが。
おっとこんな小さな幸せは認めんぞ神様よ。
「おぉ~けっこうころがったなぁ~」
「ぁ、んな呑気なこと言っていないでさっさと取りにいかないかよ」
「おう、すまん」
植崎が硬貨を拾ってうれしそうに戻ってくる。
まったく、こいつは本当にわかりやすいな……。
「なんだ、おごってくれるのか?」
「そんなわけあるかい。ちゃんと後でまとめて返してもらうからな」
「あぁ、わかった」
了承を聞き、僕はポケットに入れていた手を動かして携帯端末のボイスレコード機能を停止、先ほど取った音声を保存する。
そして端末を取り出して素早くメモ帳の植崎の借金額に100円を追加、どういった経緯で渡したかも記入する。
やっぱりお金のやり取りはきっちりとしておかないとな。
『は、金を返してくれって? 何言ってんだ、あれはおごりだって言ったはずだぜ。なぁ?』
『あぁそうだ。あの時俺たちは貸してくれなんて一言も言ってないぜ』
「でも――」
『だから返せってのはおかしな話だ』
『あぁおごってくれたものを返せってのはおかしいぜ』
『『はははははははは――!!』』
『…………』
あぁ……嫌なことを思い出してしまった。
中学になりたての頃、友人だと思っていた人たちに言われた台詞。
走ってきて、よく電車に遅れていた。クラスメイトだった人たちに言われた台詞。
軽い人間不信も出てきているかもしれない出来事。
湧き出る怒りも、こんなことを考えることも忘れたつもりなのに……。
まぁこういうことも相まって色々と考えるようになったことは事実だし学べたことは感謝するべきなのだろう。
おおきな怒りとともに……。
ココアの栓を開けて身体の中を暖めようとした頃、ちょうど買い終わった植崎がペットボトルを片手にコッチに戻ってくる。
ドスンと体重を落とすようにして座り、ベンチが悲鳴を上げる。
そんなに勢いをつけたら壊れるだろうが。随分と年季の入った番地のようだし、もし壊したら公共物破損で捕まるかもしれない。
まぁ僕は法律には詳しくはないので実際のところはどうなのかはわからないがな。
植崎は時に気にする様子もなくペットボトルの蓋を開けて中身のアクエリを美味しそうに喉を鳴らしながら腹に収めていく。
どうでもいいが別に温かい飲み物が欲しかったというわけではないんだな。
見てるこっちの背筋が凍りそうだ。悪寒が走る。
「ふはっ……うまい!!」
声がでかい。まぁ悪いことではないが正直、もう少しぐらいはボリュームを下げてほしい。
でもこれはさんざん言っていて全く改善されないことなので今さら言っても仕方がない。
それよりもここは思ったことを話すことにしよう。
「そりゃよかった。……そういやお前、よく一次試験受かったな」
アレはかなりの難問ぞろいだった。
一年間、高校受験に時間を費やしたというのに見た事も聞いたこともないような問題も存在していた。
それでもなんとか基本から出来る限り時間をかけてなんとか解いたものもある。
完全にわからなかったものもある。
そんな状況で中学卒業前のテストで学年の下の中にいたこいつが受かったことが驚きで本当に意外だった。
別になんでこんな奴が、とは思ってはいない。
むしろ今から行くことになるかもしれない高校に知り合いがいるという事がうれしいぐらいだ。
だから単に気になったから聞いた。というのが最も現在の心情を説明するのには正しいだろう。
あと一つ理由としてはちょっとバカにしたつもりだったということなんだけど、どうやら通じていなかったようだ。
植崎は胸を張って自慢げに言った。
もしかしたら鼻も鳴らしていたかもしれない。と思うほど鼻から白い息が放出された。
「まぁな。ここは金がいろんな方法でもらえるらしいからな。それなりに頑張ったぞ」
またお金か。全く、あんまりお金に執着したらいつか悪魔に魂を抜き取られて金色の姿に変えられるだろうな。
悪魔が実際にいるのかは知らないけど。
「そうか、でもお金がもらえろ方法ってのは誰かがネットに書き込んでただけの単なるウワサだぞ」
「それはそうだけどよ。金がもらえることに変わりはねぇだろ?」
「まぁ確かに公式サイトに書いてあった以上は毎月ごとにお金がもらえるってのは確かみたいだけどな」
「んなことが書いてあったのか?」
「お前……まさかとは思うがお金がもらえるってこと以外に何(なん)にも調べて無いんじゃないだろうな」
「え?え、っとな」
あぁこの反応。
口籠り、言葉を探そうとしているその反応を見て僕は確信する。
少し緩んでいた。軽く微笑んで聞いていた僕の口元が元に戻り、驚きの顔に変わる。
「まさか……本当に調べてないのか?」
本当、冗談半分で言ったつもりだったんだけどな。
「お……」
「お?」
「お前は調べてあるのかよ。何かあるなら言ってみろよ」
植崎よ……それは知らない奴が言うセリフだぞ。
十本の指に入るかは知らないが、少なくとも手足で二十本の指には入ると思う。
それぐらい分かりやすいセリフと言うことだ。
僕はため息をはいて全くと思いながらも調べてきたことを説明してやる。
出来るだけわかりやすく説明してやる。
バカにしてやるとか冗談とかそう言う感情は一切なく説明してやる。
かといって長いとこいつは途中で聞くことを放棄するので出来る限り簡潔に説明してやる。
そして数分程度の短い説明を「……こんなところだな」と言って終えた。
「ま、まぁなんだ。俺様の手に入れたもんとけっこー同じだな」
「そうなのかー」
腕組んで頷くのは構わないが、とてもわざとらしいし、何よりその台詞もまた二十本の指に入るセリフだ。
だがまぁここでおちょくってもこの先、話を続けられる自信はないので頷いておくことにした。
出来る限り棒読みで。
既に飲み終わっていた空き缶を捨てるために僕はゴミ箱に向かい、しっかりと『缶・ビン』と書かれた方へ捨てる。
同じく既に飲み終わっている植崎の空のペットボトルをこちらに投げるように言って受け取るとこちらはペットボトルの方へ捨てる。
やっぱり分別ってのは大事だよね。
そんなことを思いながら席に戻ってゆっくりと腰かける。
僕は植崎とは違って公共施設は大切に扱うのだ。学校の備品は少し前科あるけど……。
でもまぁ、壊れるほどじゃあなかったしいいよね?
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