01-7
12時20分
防人は今、戦場にいる。
崩壊した都市はもはや人がいられるような世界ではない。
そんな世界で人々が恐れ、逃げ惑い、死んでいく。
それに対抗するために彼は植崎とともにハンドガンを片手にシールドを背負って廃ビルの中を進んでいた。
「植崎右だ!」
「おうよ!」
引き鉄を引き、死角から襲ってくる異形の者たちと戦う。
赤外線スコープで照準を合わせて異形の者たちの持つ核を打ち抜いてゆく。
しかし防人は未だ銃を一度も使ってはいない。
彼にとってFPSは本当に苦手のジャンルだ。
動きながら照準を合わせるのにもたついているうちにこちらがやられてしまう。
かといって適当に撃ってもマガジン内の弾をすべて打っても敵は倒せない。
だから防人は視界に映るマップを注視して植崎に指示を送る。
天井だ!通路を右だ!窓の外からだ!
的確な指示を送り、遅い来る異形の者たちを次々に倒していく。
防人も援護を行い、ポケットの中から手榴弾を取り出して固まっていた敵を吹き飛ばす。
こうやって物を狙ったところに投げることは得意なのだがなぜが銃だけは思うように取り扱えない。
だから昔やっていたオンラインゲームなんかではナイフで戦うFPSプレイヤー。ひっそりと相手の背後に回り込み首を刈る。
その腕前は『|不可視の殺戮者(インビッシブルアサシン)』とか『首切りジャック』とか呼ばれていたほどだ。
「ナイスだぜ! ――おぉ!?」
「あぁ、――!?」
突如大きな自身が発生し、床が抜け落ちる。
落ちた先は真っ暗な場所で赤く光る眼が一つ。
巨大な咆哮とともに手にしていたハンドガンがマシンガンに切り替わる。
そして二人の最後の戦いが始まった。
◇◇◇
「くっそぉ!! また負けた」
「最後のあれは完全に所見殺しだな。光ったと思ったらレーザー攻撃とか
「しかも盾で防げねぇとかマジありえねぇ~」
「だな、このゲームクリアさせる気ないやつだな」
「くそっ豪華景品まであとちょっとだったってのによ」
「どうする?」
「やめだやめ。もう金ねぇし」
「だね」
二人は視界に映るコンティニュー下の『NO』を押してゲームを終了する。
次に視界が開けるとそこは狭い部屋に椅子が二つ。
ここはVRシューティングゲーム。『ハザード・シュート』の装置の中。
二人は頭に被ったヘルメットを取り外して目の前の小さなボックスの中にそれを戻す。
椅子の後ろにあるクッションの入った袋を二つ、持ち上げてその個室の鍵を開けて外へと出る。
強い光が二人の視界を少し歪ませ、二人はゆっくりと歩いて自動販売機でジュースを買ってそばにあるベンチに腰掛ける。
防人はのどを潤してそこからふとクッションのあったクレーンを見ると『中止』と書かれた張り紙が張られていた。
そういえば空になった時、すごく慌ててたな。
店長らしき人は頭抱えて『売り上げがぁ~~!!』とか嘆いていたっけ。
ふふっご愁傷様。おひとり様何個までと書かなかった店長さん。
「ん? どうした慧」
「あぁいやちょっと思い出し笑いを……」
「ほーんそうか」
「それで、クッションも全部ゲットしたし」
「これからどうするの?」
「んぁ~金も使っちまったしな……つってもやることないし、帰るとするわ」
「そっか、んじゃまたな」
「おう、またな」
彼らはそう言って短く手を振って別れ、防人は植崎がエレベーターに乗るのを見送る。
防人はポケットから端末を取り出して現在時刻と連絡の有無を確認する。
そして一つも連絡がないことを確認するとじっとしていられない性格である防人は暇に耐えかねて立ち上がり、探すことを伝えるメールを送ってから一番上の階である5階から順番に探し始めた。
今はちょうど人が混み合う時間のようで美味しそうな匂いがエレベーターが開くと同時に漂い、空腹感を刺激する。
なにか軽く食べていきたい気分ではあるが、ゲーム用の小銭入れには言うほどのお金は入っていないし、持って行かれた財布にもお金が残っているとは考えにくい。
ならば帰りの電車賃を残すためにもここは我慢の時である。
それに並んでいる間に湊から返信来たらどのみち食べられないしな。
防人は腹を鳴らしながら甘い匂い立ち込めるスイーツ店へと足を踏み入れ、そこで席に座っている湊を発見する。
「チッ……まずいな」
せっかく見つけたが、防人の中では警告音が鳴り始める。
湊が誰かと話している。まさにその場所を目撃してしまったからである。
ちょっと兄さん。この前のあれ何なの?
へ?
買い物楽しんでたのにもしかしてあたしたちをつけてきていたの? 気持ち悪いんだけど。
いや、誤解だよ。
は? そっかじゃああたしの友達をつけてたのね。
え?いやそれもちが――
いけないわいけないわ。あたしの友人に近づく害虫をはやくなんとかしないと……。
え、ちょっまっ――
問答無用!!
うわああああああ!!!!
防人の脳内にあのころの記憶がよみがえる。
このままでは死を覚悟したあの日の二の舞になりかねない。
もうあれは勘弁してほしい。
防人はとっさに建物の柱に身をかくしながら、端末のカメラ機能を使って彼女らの様子を確認する。
本来ならば今すぐにでもここから離れるべきなのだろう。
しかし今回はそれができなかった。この後のことよりも好奇心の方が勝っていた。
防人が気になってしまったそれは湊が笑っていたということ。
もちろん湊は笑わない感情表現に乏しいロボットフェイスというわけではない。
むしろゲームなんかではポーカーフェイスというものを教えてやりたいほどだ。
空気を読むときは読むし、声のトーンだってちゃんと変える。
しかし湊が笑う時は大抵は愛想笑い。
本当に面白くて笑う時は他ではテレビかマンガぐらいでしか見た事ない。
彼女は他の人より少しとがった犬歯をもち、本気で笑う時はその綺麗に並んだ白い歯を見せて笑う。
その顔を誰かと対面して今まさに見せている。
楽しそうに話す二人、湊と話す白い髪の人の顔は見えないが一体どんな人なのか。
それがすごく気になってしまっている。
気になるのだがここからでは後ろ姿しか見ることができない。
座ってる席がこの室内の角であり店内の角であるためこっそりと回り込むこともできない。
防人がカメラで覗いていると画面に映り込んだ湊と目がある。
気付かれてしまっただろうか?
そう思ってすぐに白い髪をした人が立ち上がり、会計を済ませて店の外へ――つまりはこちらの方へと近づいてくる。
やばいという焦りの中で心臓が高鳴り、携帯をしまうと柱に隠れながら息を潜めてじっとする。
足音に耳を澄ませ、そして白い髪の人が柱のそばを素通りして見えなくなるのを見送った。
そして危機感が薄れていく中でしまったという気持ちが防人の中に現れる。
顔ぐらいは見ておけばよかったと後悔するが、このままでは湊までどこかへ行ってしまう。
もし後を追う形で湊に声をかけたら隠れていたことがばれかねない。
それはいけない。と防人はすぐに柱から少し離れると探しているかのようにようにキョロキョロと顔を動かしながら店内に入っていく。
出来る限りの偶然を装って、手を上げながらゆっくりと席に近づいてゆく。
その間に湊はこちらにちらりと見た後、席を立って向かいの長椅子に腰かける。
つまりはこちらに背を向けてきたのである。
少なくともこちらには気が付いているようだ。
「あら、柱に隠れてこそこそしながら会話を盗み見るのが大好きな変態が来たわ」
「えっ……いや偶然だって」
足音で気が付いたのか、こちらが話しかける前に言われてしまった。
「えぇ、柱に隠れて良い変質者っぷりだったわ」
しかもこちらの話を聞いてくれてはいない。
「うぅ……じゃあさ、さっきの――」
どうせばれていたのならこの後の結果は変わらない。
だったら聞いたっていいだろうと防人は話を切り出す。
「変態に話すことなんかないわ」
まだ何も言ってないのに……。
「いや、あのさ――」
ふたたび聞こうとしたその時、湊は大きく息をすった。
こちらにわかりやすいように、小さいながらも音を立てながら息を吸う。
この後の展開は読めている。
男性にとっては忌むべきものである『冤罪』と言う行為。
ここで今、目の前の湊が一つ悲鳴でも上げてここから逃げ去ってでもしたらどうなるのかそんなものは想像に難くはない。
あぁなんということであろうか。
湊はこちらを脅してきた。しかも今後一切、外の世界を知ることのなくなりかねないようなことでだ。
しかもたった大きく息を吸うそれだけである。
ここにいるのは男と女が一人ずつ。近くには水を運んできているウェイトレスが一人。
だめだ。確実に聞かれてしまう。見られてしまう。
結局、僕が折れるしか手はないのか……。
本当に女というものは恐ろしいものだ。
「すまん。なんでもない」
防人はため息をはいてそう言った。
湊と向かい合せになるように腰かけて水を受け取り、湊が注文したのであろうコーヒーをウェイトレスが静かに机に置く。
そして空になったパフェのグラスを持って離れていくのをしばらく待つ。
待っている間、どこも見る場所の無い彼は静かに彼女の顔を見る。
先ほど持ってきたコーヒーカップを自分の方へ引き寄せ、砂糖を加える彼女の顔はとてもつまらなそうな顔をしていた。
先ほどのあの嬉しそうな顔はいったいどこへいってしまったのか。
「ねぇじろじろ見ないでくれる? キモいんだけど」
改めて出た言葉がまさか『キモい』とは――十分に予想はしていたことだが、全く持って失礼である。
「そんなにじろじろ見たってこのコーヒーはあげないわ」
これは予想外だった。
僕が見ていたのは湊の顔であってコーヒーではない。
しかしそう勘違いされているのならそれでもいい。
どうせすぐに言われるのだから。
「いや、別にコーヒーは飲みたくないな」
「え? じゃあたしの飲んだコーヒーが飲みたいってこと? ……キモいんだけど」
「なんでそうなる!? ……いや、そうじゃなくてただすることがないから」
「することがないからあたしを視姦して楽しんでるってこと? キモいんだけど」
やっぱりな。
「いや、本当にすることがないだけなんだけど」
「……キモいんだけど」
「なにも思いつかなかったなら口を閉じていてはくれませんかね」
「え? 口閉じたらコーヒーが飲めないんだけど。どう落とし前つけてくれるわけ」
でぇ、そうくるか。
「都合のいい時だけ人の話を聞くのをやめてもらえない?」
「嫌よ。なんであたしが兄さんの望みを聞かなくちゃならないの」
「望みて、ずいぶんと上からだな」
「あたりまえじゃない。なんであたしが兄さんの下だと思っているの?」
妹にしたと言われると少しばかりイラッと来る。
そうまでいうのならばこちらにだって考えはあるぞ。
「……話をしよう」
「嫌よ」
「……まぁいい。君にとっては数分前の出来事だ」
「聞いてる?」
おぉドスの入った声。だがそれを無視する。
「では本題に入るとしよう。先ほどの彼女は誰だったんだ?」
「ぅえ!?」
目を見開き、素で驚いた顔。
今日一日でなかなかお目にかかれないレア顔を二つも拝めるとは……。
しかしレアはその名の通りにすぐに消え去る。
そして再び現れるつまらなそうな顔。
しかしよくはわからないがここは攻め時である。
精神にぐらりと来るものがあったのなら口元もゆるむやもしれない。
「それでさっきも子はだれだったんだ?」
「友達よ友達。とっても大切なね」
おおまさか大切という言葉まで聞けるとは。
「ふむ、親友と言うやつか」
「まぁそうね。というか顔見てないの?」
「そうだな、見そびれた」
「はぁ~女の顔を見たいなんてやっぱり変態ね」
あれ?
「あぁ~あ、せっかくの楽しい気分が台無しだわ。この後少し買い物に付き合ってもらうからね」
有無を言う前にそう言って彼女はパフェを注文する。
そして掏り取った財布とともに勘定を押し付けるとさっさと店を出て行ってしまった。
それからショッピングモールにある服や下着、バッグやアクセサリーなどを湊は見て回り、防人は彼女の後ろをカートに体重を預けてゆっくりとついてゆく。
「これとこれとこれもお願い」
「3260円になります」
「それじゃあ支払いよろしくね」
「……はいはい」
なぜ僕がお金を払わなければならないのかそんな愚痴は湊には通用しない。
女王のようね性格をかねそろえた彼女はこうと決めたら絶対に折れはしない。
それが彼女の良いところでもあり悪いところでもある。
防人は支払いを済ませて受け取ったお釣りを財布にしまうと袋をカートに乗せて先に行ってしまった湊を追いかける。
安めなものを買うところは彼女なりの優しさ……なのかな?
日暮れ時、満足した湊はクレープ片手に店を出る。
「はぁ~楽しかった」
「はぁ~疲れた……」
電車代までもを支払わされ自宅にて財布の中身を見たところ二つの財布に残っているのはポイントカードととってあるレシート。
そしてわずか3円のみであった。
荷物持ちを強要され、キャパを越える量の買い物の袋が両腕に食い込み、かといって床に置くことは汚れるからと許されず。
電車に揺られて、空いた席も湊に取られ、満身創痍な防人は少し早めに夕食を作り始め入浴済ませると明日に備えて早く眠ることにした。
そして次の日、まだ空が白んでくるぐらいの早朝。
朝食を作り置いておくために防人は目を覚ます。
「あ~眠い」
ゆっくりと眠そうな表情で歩いてキッチンへと向かう。
そして明かりをつけた際にシンク横の台の上にラップを被せた皿が置かれている事に気が付いた。
『入試試験頑張って 湊』
そう書かれた一枚のメモ用紙。
女の子らしい丸文字で書かれたそれを見て防人の眼頭は熱くなる。
「いただきます」
湊のみせた優しさに感動を覚え、感謝の気持ちをもって防人はおにぎりに手を伸ばす。
梅干し、昆布、鮭に焼き肉。
すっかりと冷えてしまっていたが、それはとてもおいしく感じた。
ペロリと4つのおにぎりを平らげるとその皿を洗おうと持ち上げる。
「ん?」
皿の下に隠れていた一枚の小さな紙。
防人は皿をシンクの中に置いてその折りたたまれた紙内容を確認する。
『あ、そうそうその中に一つだけ下剤を溶かしてしてあるものが存在します。気を付けてね』
「はぁ!?」
はめられた。
そう思った直後に腹はぐるぐると鳴り始める。
「おぅ……」
あぁ悪魔の笑い声が聞こえてくる気がする。
防人は顔を真っ青のにしながらトイレへと駆け込んだ。
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