01-5

12月16日(土) 10:30


「うん……わかってるよ。……うん、うん……本当に!?」


リビングから途切れ途切れながらも湊の声が聞こえてくる。

どうやらケータイで話しているようだ。

聞こえてくる声からとてもうれしそうに話しているのが伝わってくるが、一体そこまで湊を喜ばせる者も正体とは言一体?

聞きたいが答えてくれるはずはない。

というか友達の関係図なんてものを知ろうとしたその日に殺されてしまいかねない。

また電話中に部外者がその室内に立ち入ると問答無用でものが飛んでくる。

よって話が終わるまでの間、僕はその場で待つしかない。


「うん、ありがとう。うん……わかったそれじゃあまた後で」


どうやら話が終わったようだ。

防人は携帯をポケットにしまいながら、ゆっくりと扉を開けて安全を確認した後、素早く中に入る。

全く、なんで自分の家でこんなにも緊張をしなければならないのか。


「おそいわ兄さん。10分と40秒の遅刻よ」


湊は携帯を机に置き、防人を指差して言った。


「細かいなぁ……というか」


現在時刻10時33分。

防人は腕時計を確認して頭の中で素早く計算を行う。

ちなみに防人にとって数学は得意教科の一つである。


「3分で着替えと歯磨き……全部を済ましてここに来いとかさすがに冗談きついぞ」

「冗談じゃないわ。本気よ」


そう言いながら彼女は組んでいる足を組み替える。

そして携帯の画面を確認してからはっきりと言う。


「それに10分と言ったのは私が電話していた時間を差し引いた時間なんだから、感謝してほしいくらいだわ」

「な、おまっそれじゃあ40秒で支度しろってことになるんだが?」

「忘れたの? 私は10分40秒の遅刻と言ったのよ。これはあたしが出てからたった時間なの」

「それじゃあ僕は時間をもらえていないことになるんだが……」

「あたりまえでしょ。なんでこのあたしが兄さんの為に時間を割かなければならないのよ」

「……。」


全く。いつもながらむちゃくちゃだな。

これをまだマシだと思えるのもおかしいのかもしれないが、本来ならば物が飛んでくることがあるから今日はまだマシだと思えてしまう。


「それに起きてすぐに来れば時間的に問題ないでしょ?」

「ってそんなこと言ってパジャマで下に降りてきた時、怒ったじゃないか」

「当然よ。兄さんのパジャマ姿だっさいもん。もし誰かに見られて兄さんがそんな恰好をしてるなんてうわさされたらあたしは羞恥心のあまりに自殺してしまいそうだわ」

「自殺って……いや、いいや」


どうせ否定が入って話が面倒くさくなるだけだ。


「なんでそこで切っちゃうのよ。もちろん冗談に決まってるじゃない。なんであたしが兄さんのせいで死ななくちゃならないのよ」

「そういうことは思っていても言わないでくれるかな……」


若干疲れた表情で呟きながら防人は最近買い換えたばかりの真っ白なテーブルクロスの敷かれた机の上に何も置かれていないことに気が付く。

そしてさっさとこの話を終わらせるためにリビング奥のキッチンへ向かって歩いていく。

準備すらされていないキッチンの状況をみて簡単なもので軽く済ませてしまうことにした。


「あ、そうだ湊。今からご飯を作るけど何かリクエストはあるか?」


防人はそう言いながら冷蔵庫の中を覗き、できそうなものを考える。


「自分が不利な立場になった途端に話題を変えるなんて、最低ね」

「一体今までの話のどこに優劣があったんだ?」

「あるじゃない。兄さんがパジャマで降りて来たことに関するそのダサさについて」

「それは40秒で支度しろという無茶ぶりから会話が発展しただけであって元々は関係ないだろ?」

「そうだったかしら? じゃあ確か私が自殺するのかしないかだったかしら?」

「急に話が重くなったな。でもそれも違っ」

「ねぇ、お腹すいた」

「自由だな!!」

「うん」

「即答か!! ……はぁ、まぁいいや。それで、何が食べたいんだ?」


本当、こいつのこういった会話は何時間経とうと終わることはない。

それがどんなにあいつが不利な状況でも理不尽極まりないようなことを早口で言ってこっちの話なんて聞くことはない。

あいつは絶対に引き下がることはない。

ならこちらが下がらないと……まぁゲームを勝手に持って行った挙句にデータを消すだとか絶対に引き下がりたくないようなこともあるけど……仕方ない。

僕のゲームプレイ時間、1000時間はあきらめるしかない。


「それじゃあ……時間もないし、簡単なものでいいわ」

「了解」

「目玉焼きがいいわ」

「はい、了解」

「目玉焼きは半熟でベーコンは焦げがつかないように、それからトーストにはバターをタップリとね」

「わかったよ」


そして防人は湊のリクエストに応えて朝食を作り始める。

そして防人はこの後、朝起きるのが遅かった。ご飯が出来上がるのが遅かった。不味かった。

などなどの少しばかり理不尽な理由で買い物の付き添いで荷物持ちをさせられることになったのだった。

しっかししっかりと完食してやがるくせに不味いと言われるなんてな。

こういうのをツンデレと言うのかもしれないのだろうか?

いや、それはないだろう。

特に湊(こいつ)の場合は……。


◇◇◇


11時45分


食事を終えてから防人たちは電車に乗って、隣町にあるなかで最も大きな、超が付くほどの巨大なショッピングモールに到着する。


「さぁ買い物開始よ!」

「それで、来たのはいいけど一体何を買う予定なんだ?」


ショッピングモールに二重の自由ドアの一つ目を抜けたところで頭を掻きながら軽~い気持ちで聞く。


「そりゃあ女の子の買い物って言ったら……」

「言ったら?」

「服とか?」

「何故に疑問形?」


ふとした疑問、それを聞いたとたんに湊は不機嫌な表情になって目を光らせる。

あ、しまった。と防人も遅れながら直感する。


「なに、何か問題あるの?」

「……いや、別に文句なんてないよ」

「ふぅ~ん。じゃあなんで少し黙ったの?」

「え、それは……」


特に理由はないんだがなぁ……かといて特にないなんて言ったらこの後の反応がめんどくさい。

かといって黙っていたらストレスをためて今後がめんどうになる。

右を選んでも左を選んでも選択後の結果は大差ない。

しまったな。開始早々バットエンドのフラグを立てて詰んでしまった。

この辺で『まぁいい』と言ってくれるのが理想的なんだが


「何黙っているの? もしかしてあたしにいえないことでもあるの?」


どうやら許してはくれなさそうです。

いやそもそも許しを請うのがおかしいんだけどもう~ん、これはなんといえばいいんだ?

防人が困っているのなんて知る必要もない湊は不機嫌そうな表情のまま顔前、数センチまで近づいてくる。

喜ぶものもいるかもしれない。

嫉妬するものもいるかもしれない。

しかし僕はこの状況に恐怖しか感じない。


「な、何を?」


防人は少し震えた声で戸惑ったように言うと彼女はすぐに離れてニコリと笑う。

その笑みが逆に怖い。


「それじゃあ兄さんあたし今から買い物行くからゲームセンターでも行って時間つぶしてきて」

「あ、あぁ……」

「じゃ、おわったら連絡する」


そう言い残して彼女は走ってどこかへ行ってしまった。

想定外の出来事に防人は本当に戸惑う。

一体、何だったんだ。

先ほどの行動の意味はよくわからない。

よくわからないが、ともかく荷物持ちをすることはなくなったということなのだろうか?

それならわざわざ来た意味がないのだが……。


「はぁ、まぁいいか」


特にここに来たいと思っていたわけではない防人は言われた通り、エレベーターに乗ってショッピングモールのゲームセンターのあるフロアにやってくる。

そしてゲームセンターに順に足を踏み入れる。

やかましいほどのゲーム音を聞きながらゆっくりと歩きながら周囲を回ってクレーンゲームのケース内に並べられている商品を眺めていく。

久しぶりに来たけれどこれと言って時にほしいものは無いな……。

防人はアニメ、ゲーム、マンガなど興味のひかれたものには色々と手をつけているが、高校受験のために一年間もご無沙汰だとやっぱり知らないキャラクターのフィギュアやぬいぐるみなどで埋まっている。

世界的に有名なものもあったが、ネズミのぬいぐるみやパズルなどにはあまり興味はない。

そのほかにもヘリや車の小さなラジコンとかお菓子とか小中学生辺りが喜びそうなものばかりだ。


「ん?」


ガラス越しに見えた人影。

ゲームセンターの奥の方のコーナー、コインゲームとの境にある一回り大きなクレーンゲームの前で商品をじっと睨みつけながら粘る男。

髪は寝起きのままなのかボサボサとしていて上下の服は黒のジャージ姿。

防人の良く知る人物がそこに立っていた。


「よう」

「……。」


返事がない。どうやら集中していて気が付いていないようだ。

彼の名前は『植崎(うえざき) 祐悟(ゆうご)』。中学からの友人である。

彼の今やっているクレーンゲームの景品は英字3文字のアイドルグループのそこそこでかいクッションだ。

自分はこういうものに興味がないのでわからないが、どうも説明ポスターを見るに人気の高い子たちをプリントしたものらしい。

しかしこういう大きいものというか人気のあるものは大抵一回200円でしか遊べない。

しかし近年稀に見る集中っぷりなのでしばらく見守ることにした。


観戦開始。


彼は早速500円玉を投入し、3回プレーを可能にする。

そしてケース内のクッションとアームを交互に見ながらクレーンを操作していく。

そして一回目の結果は大外れ、クレーンのアームがクッションの真ん中に落ち、印刷されたアイドルの鼻っ柱を突いてその笑顔を歪ませる。

好きなんだったらせめてもう少しうまくやろうよ。

結局初めの3回はクッションを定位置からほんの数センチ出口に動かしただけで終わった。

どうやらアームの握力が弱く設定されているようだ。

2枚目、3枚目、4枚目……クッションを少し落ち上げては落とし持ち上げては落とす。

500円玉がクッションをずらすためだけに消えていく。


「まだまだかかりそうか……」

「くっそぉ!!」


どうやらちょうど小銭が切れたようだ。

同時に集中力も切れたようで植崎は頭を押さえて上を見上げて叫ぶ。

声を掛けづらい状況ではあるが、ここを逃せばおそらく所持金を全部溶かすまではいかないとしても奴があきらめるまで彼の下手なプレーを見続けることになるだろう。

正直、見飽きた。


「全く、近所迷惑だっての」

「ん……おう、なんだ見てたのか?」

「少し前にな、なんだ元気なさそうだな」

「そんな事ねぇぞ。元気は……ある」

「最後なんだって? 声が小さくて聞こえなかった」


いつもは人一倍でかい声で話すというのにこういう時はすぐに声が小さくなる。


「……。」

「あぁ、もう黄昏んなってこっちの気分も悪くなってくるだろうが」

「……悪い。でもよ小遣いのほとんど使っても全然とれねぇから気分も盛るよ」

「盛るのか?」

「いや、下がるよ」


素で間違えたのか? これは相当だな。


「てか最初に他の奴がやってるのを見てアームの力を確認して、使っても1000円ぐらいで全く取れない様子だったらあきらめろよ」

「いや、それがよぉ初めは1000円ずつりょーがえしてたんだがな戻ってくるたんびに元の位置に戻ってるしよ」

「両替の度に?」


防人は視線のみを動かして周囲を確認する。

そしてこちらを目を光らせて見つめている一人の店員を発見する。

やっぱりそうか。

恐らく植崎(コイツ)がクレーンから離れた隙に素早く位置を戻しているのだろう。

大人の汚い儲け方。

これで昔、どれだけのお金を無駄にしたことか。

うーん。さすがに不憫だな。

それに僕に他人の不幸を笑う趣味は無い。

不幸を笑うものはいつか不幸で笑われるものだ。

かといって不利益なものに力を貸す気もない。

防人はそう思い、しかし今はやることもない。かといって気になるものもない、ということで力だけは貸してやることにした。


「……植崎」

「んだよ?」

「店員がこっちを見てる」

「だからなんだ?」

「んん、だからたぶんだけどお前がここから離れているうちにあの人が多分位置を戻しているんだろうな」

「おぉ、なるほど。だから戻っちまってるのか。でもよ途中から2000円ぐれぇのペースでりょーがえしてんだけどな」

「ん? ちょっと待て、いったいいくらこれに使った?」

「金か? 20000ぐれぇだぜ」


彼はいつもの調子に戻り、親指を立てて言う。

何故親指を立てるのか?

それは彼が無意識のうちに立ててしまっているとしか言えない。

つまりはクセだな。


「なるほど。で、後いくら残ってる?」


20000という額に驚きはするが、アニメのアイドルクッションとかもオークションで破格な値段がついているのを思いだし、それぐらいは普通なのかもしれないと一人で納得する。


「今は……5000円ぐれぇだな」


そう彼は財布の中身を覗きながら答える。

ふむ、前言撤回だ。

いや、別に口には出していないので撤回する必要はないな。うん。


「その金を僕によこせ」


防人はそう言い放ち、手の平を彼に向けて伸ばす。

だが勘違いしないでほしい。これはその金を無駄に消費するのを僕がそれを受け取ることで事前に防ごうとしているというわけではない。

お、でもこういうと少しかっこいいか?


「なんでだ?」


無論防人の内心を知らない植崎は首をかしげる。

まぁこんなことを言ったら普通は否定するかこうやって首をかしげるかだろうがな。


「忘れたとは言わせないぞ」


防人は携帯端末を取り出すと素早く内蔵アプリのメモ帳を開き、『重要』と書かれたファイルの中から『貸し金』を選択してそれを植崎に見せる。


「ん、こいつはなんだ?」

「お前に貸した現在の合計金額だよ」

「30640円。へぇ何に貸したとかも書いてんだ。こまけぇなぁ。俺様なら絶対無理だわ」

「とはいっても金勘定だけだがな」


湊がよく『身だしなみはきちんとして』とか言われて服とかカバンとかを買うためにお金を使うので身についてしまったものだ。

後はあいつの金遣いの荒さだが、これは口にすると後ろからサクリといかれかねないので黙っておこう。


「で、どうする? そのお金で僕に借金を返すか?」

「うーん」


しばらく彼は腕を組んで悩み、そしてふと何かを思い出したようで声を出しながら顔を上げる。


「あぁ、そうだ。そういやもう少しで小遣いが手に入るからよ。もうちょい待ってくれねーか?」


本来なら今すぐに少しでも返してほしいところなんだけど。

しかし小遣いか……こいつバイトとかしてたっけ?


「まぁ返してくれるならいいか。でもお小遣いが手に入ったらすぐに言えよ」

「おう、わかったぜ」


そういって彼は再び親指を立てる。

暑苦しさも感じさせるような笑顔でこちらを見てくる。

全く、この明るさがうらやましいと思う時もあるが、大抵はうっとおしいと思う。

そんな顔でこちらを見てくる。

コイツに悩み事なんてものはないのだろうな。と防人は思った。

ただそう思っただけだ。


「じゃ、ゲーム頑張ってくれ」

「ちょっ待ってくれよ」

「何?」

「あーいやちょっと変わってくんねぇかな?」

「え、いやだよ面倒くさい。興味あるものならともかくそんなリアルアイドルになんて僕はみじんも興味ないし」

「なぁ、頼むよ」

「……。」


さて、どうするか……。

防人は植崎の狙っている景品の現在位置と腕時計で今の時間を確認する。

現在12時。

本来なら今すぐにでも家に帰って明日に備えたいところなんだけれどそれも叶わない。

携帯に湊からの連絡もメールも届いてはいない。

どこに行ったのかもわからない以上むやみに探し回るのはよろしくはない。

それよりも連絡が来てからそこへ向かって行動する方が早いし、楽ができる。

それにこの前に友達と言う金髪の子と一緒に歩いているところを見かけたときは『なんでいるの』とキレ気味に言われる。

家に帰ったら理不尽な理由で襲われる。

本当にたまったものではない。

まぁ時間つぶしにはちょうどいいと言えばいいか。


「わかった。手伝ってやる。けどお金はお前のだからな」

「おう」


防人はそう言って植崎が財布から取り出した500円玉を受け取る。


「あぁ悪い植崎、500円じゃなくて100円にしてくれるか?」

「え、でもいちいち100円を入れるの面倒じゃね?」

「まぁ、いいから言った通りにしてくれればいいから」

「おう、わかったよ」


ここのゲームセンターは定期的にいくつかのクレーンの商品にワンゲーム無料券が貼り付けられている。

しかも1年間は有効という太っ腹さだ。

そして去年の夏に溜めたものがここに数十枚ある。

どうせもう少しでただの紙切れになるところだったしどうせなら使い切ってしまうとしよう。

防人はブツブツと独り言を呟きながらポケットに手を伸ばした時にあることに気が付いた。


「ん?」


財布が……ない!?

忘れてきた。……ということはないだろう。

ここまでの電車賃はあっちの財布から出したからだ。

なら落とした。……いやそれもないだろう。

財布を入れていたジャケットのポケットにはチャックが付いているから落とすことはまずないだろう。

ならば考えられることは……掏られたと言う答えだ。

それなら犯人はすぐに特定できるというか想像がつく。


湊(みなと)だ。


電車は結構スカスカだったし、人ごみは歩いていない。

なら財布を掏るとしたら湊(あいつ)ぐらいしかいないだろう。

掏ったのはおそらく入り口で近づいてきた時だろう。

そうかだから僕を入り口で放置していったのか。

防人は自身の創造に納得がいき、頷く。

そして財布に入っていた1枚の10000円札の存在をあきらめた。

防人はそのまま伸ばした手でジャケットを少し持ち上げてズボンの方に入った小さな小銭入れを取り出すとこっち側の財布に入っている無料券の数を確認する。

15枚か5000円って言ってたからちょうどいいかな?


「おーい慧。両替終わったぜ」

「オーケー。あぁそうだお前さ、ここのゲーセンの無料券ってあるか?」

「ん、あぁもう全部使っちまったよ」

「だよね……」

「ん? なんか不味かったか?」

「いや、別に問題はないよ。それじゃあ僕のやつを使うから店員を呼んで来てくれ」

「おう、わかったぜ」

「あぁ出来れば男で優しそうな人で頼む」


同性で優しそうな人の方が話しやすい。

ただそれだけのためのリクエスト。


「おう」


防人はまずワンゲーム無料券を植崎の連れてきた店員さんに手渡して200円を投入するところを見せる。

店員さんが操作ボタン部分についている鍵を開けるとカバーを持ち上げてそこにあるボタンでプレー回数を1回分追加する。

さて、こういったクレーンゲームのようなどんどんとお金が減っていくようなものは出来る限り安く済ませたい。

その場合、200円で1回のものは無料券を使うことで得した気分になる。

なぜならば……。

防人は回数を増やしてくれた店員がどこかに行った後、こちらを見てくる店員によく見えないように500円投入口に100円を投入する。

すると2回となっていた電子表示が3回に変化する。


「お、お? おい防人、お前今これどうやったんだ?」

「し、声がデカいぞ。気付かれたらまずいから」

「おぉ、悪い悪い。でもよこれマジでどうやったんだ?」

「さぁ? 詳しくは知らないけど、多分さっき店員さんが追加してくれた1回分で400円入ったって機械が勘違いしたんだと思う」

「なるほどな。だから100円入れたことで500円いれたってことになったっつうことか」

「そういうこと。まぁこれは偶然気付いたことなんだけどね。今度植崎もやってみたら? あぁ絶対にばれないようにね」

「おう」

「……さて、と」


防人は視線をクレーンの方へ戻し、1番と書かれている矢印ボタンを押してクレーンを横に僅かに動かす。

まずはこいつの頑張ってた奴を……。

身を乗り出してクレーンの側面から覗き込み、今度は慎重にクレーンを縦に操作していく。

1回目。

下へと降りていった大型クレーンの片側が出口の穴に突き刺さり、もう一方がクッションのタグに突き刺さる。

アームが閉じる際にクッションが引っ張られて出口の方へズリズリと寄っていく。

クッションの素材のおかげなのか予想よりも滑ってくれた。

そしてクレーンが上がっていく際にクッションもタグによって引っ張られて立ち上がる。

しかし完全に上に戻る前に途中で滑り落ち、クッションが出口の小さなシールドにもたれかかる。

一発はさすがに無理だったか……。

2回目。

アームを動かし、クッションの中央に片方のアームを突き刺して出口へと押し込むとクッションが出口の方へと傾き、そしてアームが持ち上がる際に反対側のアームが持ち上げるのを手伝ってそのまま滑り落ちる。

クレーンが大きいもので本当よかった。


「ゲット」

「おぉ!! さすが」

「ふっふぅ~それほどでもあるぞ」


さすがと言われて悪い気はしない。

しかもこいつの場合はおちょくったりとかからかったりとかそういう考えは一切ないというところがまたうれしいところだ。


「さて、これで頼まれた通りに手伝ったぞ」

「え? あぁいや出来れば全種類とってほしいんだけど――」

「はい!?」

「いやだから」

「いやそれは聞こえていたけど、マジで言ってる?」

「おう、マジで言ってるぜ」

「まじか……えっと、これ何種類あるんだ?」

「ん~6種類だな。ポスターにそう書いてる」

「6……一応奥に1個ずつある……か」


残り1回は店員に言って新しく入れてもらって動かすぐらいはしようかとは思っていたけどまさか全部頼まれる事になるとは……。

防人は携帯を取り出して着信もメールも来ていないことを確認する。

どうせ時間はあるし、まぁいいか。

防人はそう言って植崎にクッションを入れるための袋と店員を呼んでくるように頼み、そしてゲームを再開する。

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