01-4

慧が着替えている最中のとある場所。


薄暗い部屋の中で白く長髪の人間が壁のモニターに照らされながらプログラムの最終確認と調整を行っていた。


「……こんなところか」


後ろ姿は女性のようだが、光に照らされているその顔つきはよく見ると若い男性のようでまた発っせられた声は声変わりを終えた男性のものだった。

彼の吐く息以外には机の上の電子キーボードを叩く音のみが部屋の中に響いている。

ある程度の区切りのついた彼は集中力の抜けた息を大きく吐き出し、背もたれに体重を預ける。


「あれからもう3年……いやもう少しで4年になるか……色々あったが、長いようで過ぎたらあっという間だな……」


モニター右上に表示されているカレンダーに目をやって彼はブツブツと呟く。

喉が渇いたな。

ふと思い、彼は椅子を回して立ち上がるとベッドの横で腰を落としてベッド横に置かれた棚の下にある小型冷蔵庫を開ける。

酒は……止めておくか、まだ仕事が残っている。

彼は伸ばした手を横にずらして缶ジュースを取り出すと、その中身を一気に飲み干す。


「ん?」


空き缶をゴミ箱に捨てる際に窓に映った自分自身の姿に目がいく。

自室だということと暖房がきいているという事もあって着ているのは黒を基準とした薄手のTシャツとズボン。

長年切らずにほったらかしていた白い髪は思いのほか、きれいに整えられており、その髪は腰まで伸びている。

思っていたよりもかなり伸びているな、通りで邪魔なはずだ。

彼は軽く前髪を引っ張ってその長さを確認すると机の横にある引き出しを開ける。

中には髪(ヘア)ブラシに髪ピン・髪ゴム・髪バンドなどの道具が一通りそろっていた。


「またあいつは勝手に……」


だが、まぁ輪ゴムだったら引っかかるしよしとするか。

彼はブツブツと言いながら引き出しからヘアゴムを一つ取り出すと髪を後ろに束ねて簡単にくくる。

一応、窓に映る自分の姿が問題ないことを確認する。


「ふむ」


ひとまずはこれでいいだろう。

少しばかり顔を動かして髪が前に来て邪魔をしないことに頷く。

しかし触って気が付いたが、髪の手入れがされていて随分とサラサラしていたな。

どうでもいいことだが作業で集中していたとはいえ俺の髪をこうも完全に気付かずに整えていくとは……なかなかやるな。

再びモニターに向かおうとしたところで彼はベッドの上で金色に光る二つの小さな光りに気が付く。


「ん? あぁ、帰ってきていたのか、スズ」


スズは彼の飼っている銀色の体毛を持ったアメリカンショートヘアーだ。

彼はスズを抱き上げて椅子に腰かけると首輪の金具部分に納められた一枚のチップを取り出す。

取り出したチップをキーボード横の差し込み口に入れて読む込み、ファイルを開いて中を閲覧する。

そこに映ったのは今日の防人の姿。

それをモニターから消してその他のデータを確認する。

変換後のメモリーなどに問題がないことも確認。

その確認を終えた一部データを別のプログラムファイルに移動、統合する。

プログラムファイルをスキャンし、エラーが出ないことを確認してからそのファイルを中枢コンピューター経由で転送する。


『転送完了しました』


モニターに映るもの文字の下にある『OK』にカーソルを合わせクリックしてから彼は膝の上で丸くなっているスズの頭を優しく撫でる。

そして静かに窓の外を眺める。

見えるのは青々とした草木にまだ人がおらず、明かりの灯っていない校舎。

そしてその学校のさらに向こう側には光を放つ、鋼鉄の柱が一本。

何重もの見えない障壁によって守られているその柱は容易に壊すことは出来ず、天を突き刺すかの如く伸びている。

そしてまたその柱はここに、この世界に住む人々にとって大切なものを運んでくる。

それは食糧であったり、鉄などの資源であったり、時折人間もそれによってやってくる。

いや、連れてこられると言う方が正しいか。


――ギリリッ


彼は嫌な思い出をかみ砕かんが如く、その柱を睨み付けて歯ぎしりを行う。

あの時は最悪だった。

まだ子供であった自分の感じたあの痛み、恐怖、哀しみ、そして怒りは今でも忘れることはない。

そして今に至るまでに色々な人々を巻き込んでしまった。

そして自分もここの全てを知っているわけではない。


「だが俺は今、ここにいる。もはや後戻りは出来はしない。俺はいずれすべてを知り尽くしてこの場、いやこの世界を作ったものに――」


猫を撫でるのとは反対の手に拳を作った時、携帯の着信音が鳴り響き、彼はポケットに入った黒色の携帯端末を取り出して表示された名前を確認する。


「湊か……」


彼は猫の頭からゆっくりと手を離して受話器マークに触れて許可の方へスライドする。

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