01-2

12月16日 土曜日


「――っ!!」


防人は目を大きく見開き、目を覚ます。

呼吸を荒くしたまま、視線のみをゆっくりと上下左右に動かして今の現在の状況を確認する。

部屋は豆電球で照らされたのみなので薄暗くてよくは見えないが、どうやら自分の部屋のようだ。


「夢……か」


防人は安堵の息を吐きつつ、青いパジャマの袖で顔の汗と目から流れ出ていた涙を拭う。

中学になってから見るようになった夢。

最近は見なくなっていたというのに……。

そういえば繰り返される夢は自分自身が自分自身に伝える警告だと言われている。

というのをネットで見たが、あの夢が警告ならば一体どんな意味を持つのか。

そう言えば夢の中で言っていた彼の言葉。


「争いだらけの世界になったら……か」


その言葉が一体どんな意味を持つのか全く分からないが、何か意味があるのだろうか?

ある気はするが、何か意味があるとは思うけど、それがそのままの意味なのかはたまた何かの比喩なのか。

それは本当にわからない。

いや、答えの出ないことをこれ以上悩んでも意味がないか……。

あれは夢。少し不思議で怖い夢。

ただそれだけの事。

それ以上もそれ以下もない。


「……ん?」


少し落ちついてきて少しばかり余裕ができた。

夢以外にも意識がいくようになった防人は涙を拭った左手とは逆である右手から肌触りのいい生温かな感触をその手に感じる。

防人は一瞬驚くが、その正体にすぐに見当をつけその正体に確信する。

一応とそれを確認するためにゆっくりと毛布をまくり上げて中を覗き込む。


「やっぱりおまえだったか。子猫ちゃん」


そう言いながら防人は微笑み、その小さな頭を起こさないように優しくなでる。


分かっているとは思うが、一応、勘違いをしているかもしれないほんのごく少数の人たちに向けて言っておく。

ここで言う『子猫』とはマンガとかなんかでキザなキャラが使っている女の子に対しての表現ではない。

女の子ではなく、この子はどこにでもいるごく普通の本物の子猫。

中学に上がったころからよく家に侵入してくるようになった銀色のつややかな毛並みをもったアメリカンショートヘア―だ。

ちなみにだが僕はこいつに名前を付けていない。

少し太めの赤い首輪が付けられていることを見るにこの子はどこかの飼い猫であるのことがわかる。

だからこそ名前を付けていない。

もしも飼い主でない僕がこの子に名前をつけたらこの子は野良になってしまうから。


「そういえば、あの夢を見るようになったのはお前が来るようになってからだな。もしかして夢での話し相手はお前だったりしてな」


防人は優しく頭を撫でながら小さな声で冗談を言って微笑む。

いつもならこうやって撫でていると起きてしまうのだが今回は起きそうにない。

どうやら随分と深い眠りに落ちているようだ。

しばらくそのモフモフを堪能してからゆっくりと起こさないように起き上がると右手を伸ばしてベッドの横にある窓のカーテンを少し開けて外を覗く。


「まだ暗いな……くしゅっ……窓があいてるのか」


防人は隙間から抜ける冷たい風に身を震わせる。


「うぅ……通りでエアコンが効いて無いと思った」


そう言いながら防人は窓を閉めて、鍵がしっかりと掛かったことを確認してからベッド上にある台に置かれたリモコンを使って部屋の照明を点す。

そして猫を起こさないようにゆっくりとベットから脱出し、忍び足で部屋に置かれたファンヒーターの電源を入れる。


「ふぅ~あったかい……」


両手を風の出元に向けて暖を取り、その暖かな恩恵に感謝する。

こういう部屋が冷え切ってしまっている時は壁に設置されたエアコンよりも床に置かれたヒーターの方がありがたい。

確かにエアコンは部屋全体を暖めるものとして十分に活躍をしてくれる。

だがその部屋を暖めるまでにはそこそこの時間を必要とする。

ならばその間に震える我々があびることのできる暖かい風は設置された場所にもよるが手を天井に伸ばしたその手に限られる。

もちろん風向を設定することで体にも暖かい風を当てることはできる。

だがそれは冷え切った空気によって冷やされた生ぬるい微妙な風のみ。

対してヒーターであれば熱いといえるほどの風を座った状態で全身にあびることができる。

もちろん起動までの数秒は凍えて過ごすことにはなるがひとたび風を起こし始めれば我々の震えは止まる。

これは最高ではないか。

まぁ夜は火事の危険性があるからつけたまま寝るわけにはいかないが、その時の部屋は十分に快適であるため必要はない。

やはりヒーターは冬には欠かせない最高の存在である。


「……そろそろいいか」


防人は部屋が暖まり安定してきたことを確認して、それから時間を確認するために壁に掛けてある時計に視線を移す。


「あぁ、忘れてた」


防人は呟き、寝癖についた頭を掻く。

しかし昨日の夜、すっかり電池の交換を忘れていたその時計は動きの悪くなっていた針が完全に停止しておりピクリとも動く様子はない。

そして日付や時間をわかりやすく表示するモニターには何も映し出されてなかった。


「仕方ない」


防人はヒーターを停止させ、立ち上がると机の方へ移動する。

そして机の上に設置されたミニブロックで作られた小さな棚に視線を移す。


「あれ?」


おかしいな。

いつもならカラフルなブロックの小さな棚に置いてあるはずの腕時計は存在しなかった。

防人は腰を落として手を床につき、ベットの下や机の引き出しの下を覗き込む。

銀色の綺麗でかっこいい腕時計。

今は持っている人自体が少なく、珍しい針で時間を刻む腕時計。

それは小学生の時に誰からかにもらったはずのもの。

誰からもらったのか、それは小学生くらいの記憶が抜けてしまっている自分にはわからない。

けれどそれは大切なもの。そうとだけ認識している。

しばらくして下の隙間に手を伸ばそうと袖を捲った際に自分の左手首に巻きつかれている事に気が付く。


(また寝るときに外すのを忘れてたのか)


防人は内心で呟きながら腕時計で現在の時間を確認する。


「4時25分……通りでまだ外が暗いと思った」


慧はゆっくりと立ち上がりグッと両手を上にあげて伸びをする。

すっかりと目が冴えてしまった防人は静かに椅子に腰かける。

そしてクルリと机の方を向くと壁のモニターの電源を入れる。

立てていた操作用のマウスパネルが付いた電子キーボードを取り出し、側面のスイッチをオンに入れる。

そしてブロックの棚に置かれた小さなケースからイヤホンを取り出して自分の片耳に取り付ける。

モニターの起動とともに二つがワイヤレス接続させたことを確認すると早速パネルでカーソルを動かして防人は今日のニュースの確認を始めた。


(えっと今日のニュースは……また交通事故が起きたのか……)


防人は内心でブツブツと書かれていることを読み上げながらカーソルを操作して書かれた文章をスライドさせていく。

『またも起きた交通事故。原因はまたしてもシステム不具合か!?』

でかでかと書かれた見出しに深々と頭を下げる自動車会社のお偉いさん達。

『原因の発見に対して現在全力で検討しているところであります』

いつもと変わらぬ台詞。

そして本日の被害者が無職やフリーターであること。


ご愁傷様。


そう思いはするが、ほとんど変わり映えのしないニュースは暇つぶしになりはしない。

しかしこういったニュースを目にすると今、事故が起きているのがギアの切り替え、操縦、その全てをシステムが行う全自動車のみであるということの統計をどこかのサイトで見たことを思い出す。

そして将来運転免許を取ったら手動運転のできる車が欲しいと思う。

というかなんで全自動を廃止にしないんだろうか?

これほどの事故が起きているというのになんで廃止にしないんだろうか?

それはもう車というものをまともに操縦できるものが緊急車両を使える人たちぐらいしか残っていないからというものもあるのかもしれない。

もはや操縦する必要がないことが定着してしまっている。

ネットなんかでは運転免許証=自動車所持許可証とまで言われるほどだ。

まぁ、人生で最も車を運転した瞬間が教習所。なんてことになっているのでこの噂は頷ける。


交通事故以外にある主なニュースは火災や自然災害、後はスポーツや有名人なんかの特集ぐらい。

不幸なニュースに事後はあっても事件は存在しない。

これは別に今回たまたま事件が無かったというわけではない。


今現在、この世界は半世紀も前に起きた世界大戦によって一つにまとまった。


《世界平等平和条約》


これを世界の国全てが結んだ事によって世界から争いは無くなった。

選挙によって決められたという十数名の『大統領』改め『統領陣』が世界を治めている。

しかし、その人たちが一体どんな人たちなのかは一般の人たちにはわからない。

なぜならその人たちは今までで一度もその顔をメディアに晒していないからだ。


だからネットの中などのウワサはたくさん存在する。

その人たちは脳みそだけだとか人ではなくて超高性能のコンピューターであるとか言われている。

もしそのコンピューター説が本当であるのならば人類全員のことを人工衛星から見下ろしているのだろうな。


この法律に存在するものは

『平和を脅かす行為を行ってはならない』

『世の中をまだよく知らぬものは更正させよ』

『罪犯すものを排除せよ』

の3つ。


つまり成人を越えた人が『罪』を犯した場合、『平和』を脅かすものとしてその罪の大小にかかわらず終身刑が言い渡されることになっている。

むちゃくちゃだというものも多いが、実際に悪意のある罪は完全に消えているとのこと。

もみ消されている可能性もあるが、メディアではそうなっているのでそうなのだろう。

だから非を言うものはいない。

しかしその法律によって世界中のいたるところに監視カメラが設置されており、世界中がパノプティコンとなっている。

そんな世界で自分の家だけが唯一気の休まるところ。

外にひとたび出たら見張られ、肩身の狭い思いをしているのも事実ではある。


またこの世界はうわべだけであるというウワサも存在する。

確かに現在世界は戦争が存在せず、大きな争いごとも起きていないなのかもしれない。

しかしそれは偽りなのだと表面上だけであると言われている。

その大きな原因として警察がまともに動いてくれないことへの不満があるのかもしれない。

お金持ちと貧乏人では住む世界が全く異なっているからかもしれない。

さらにはネット回線やテレビのチャンネルなんかも分けられているとかウワサもある。

先ほど言ったお金持ちとは異なるが都会では大企業の並ぶ地域では否かと比べ事件が少ないこともあるのかもしれない。

これらのうわさも相まって確実に仕事をしないものは少なくなってはいる。

こんなうわさが飛び交う世界が不満を書き込むことで紛らわしている世界が果たしていいのか悪いのか。

それは中学3年生である僕にはわからない。


「にゃあ~ん」


おやどうやら彼女が起きたようだ。

忘れている人のためにもう一度言っておく。

『彼女』とは中学になってからよく顔を出す小さな体をしたかわいい猫。

銀色のきれいな毛並みをしたアメリカンショートヘアーである。

名前はまだ知らない。

まぁ飼い主を知らない以上はこの子の名前を知ることはないのだろうけど。

そんなことを考えているうちに子猫は大きく伸びをして素早く窓ガラスに近づき、コツコツと前足で叩く。

出してくれと言っているのだろう。

防人はクルリと椅子を回して立ち上がるとベッドに乗って窓のロックを外してやる。

傷が付いたら後々家族がうるさいので素早く窓を少し開ける。

冷たく乾いた風が顔を突き抜け、目を開けているのがしんどくなって瞬きをする。


「にゃぁぅん」


ありがとうと言っているのかな。

猫は一度鳴いてから外へと飛び出し、少しばかり下にある玄関の雨避けに飛び出している小さな屋根を歩いていく。


「どういたしまして」


防人の言葉に猫はチラリとこちらを振り向いてから跳んで一階のシャッター収納部分である窓上の出っ張りを蹴って綺麗に地面に着地するとそのまま走って暗がりへ姿を消す。


「行ったか……」


防人は大きくあくびをしてから窓をしっかりと閉めてカーテンを元に戻す。

目に溜まった涙を袖で拭いてから再び座ろうと椅子に手を伸ばした時、モニターに表示された日付を見てふと思い出す。


「今、5時か……今日は16日……そういえば高校の二次試験は明日だったっけ?」


すっかりと暖まった部屋で強い眠気に誘われながら棚の上の小さな箱から『入試の心得』と書かれた白い封筒を取り出す。

椅子の背もたれから手を放してベッドに倒れてから中に入った一枚の紙を取り出す。

折りたたまれた紙に書かれたことをうっすらと開けた目で確認する。


「えっと日付は17日。時間は……裏か、えっと6時だな……眠っ」


防人は人一倍大きなあくびをして寝ぼけた眼のまま紙を封筒に戻して封筒を箱の中に手を伸ばして投げ入れる。


「しっかし今時珍しいよなぁ~紙で情報が送られてくるなんて……今じゃほとんど……ZZZ」


ブツブツと呟きながら防人の意識はいつの間にか遠くなっていった。

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