第118話「混沌の世界を貫き、そして」

「ん? あれ、ここどこだ?」

 目を覚ましたタケルが辺りを見渡す。


 そこは空が紫色で、大地には草一本生えていない。

 よく見ると大岩や木材、鉱物が宙に浮いていた。


「ここは『混沌』。多くの世界の欠片が集まっている場所よ」


「あ、無事だったか」

 タケルの隣には、元の姿に戻っているタバサがいた。


「ええ。キリカとユイの姿が見えないけど、気配は感じるから近くにいると思うわ」

「よかった。でも俺達、どうしてこんなとこにいるんだろ?」


「核を抑え込んだ衝撃で時空に歪が出来たのかもね。そして私達はそこに落ち、ここへ来てしまった」

「でもさ、ここってたしかその槍と会った場所だろ? だったら」


「いいえ、あの時は予め道を作っておいたから戻れたのよ。でも今回はそれをしていないから、道を探さないといけないわ」


「じゃあ先にキリカとユイを見つけて、その後で探そうぜ」

「ええ」



 その後、タケルとタバサは二人の気配が感じる方へと歩いていった。


 その途中、タバサがタケルに話しかけた。

「ねえタケル、あなたはこの後、故郷へ帰るのよね」

「え? うん。ねーちゃんや父さんと母さんと」

「あら、キリカは?」


「え? えっとそれはその、ちゃんとセイショウさんに挨拶して、もう少し落ち着いて、それから」

 タケルは真っ赤な顔で、しどろもどろになって言う。


「あらら。セイショウはあれで結構シスコンだから、苦労するわよ」

 タバサはころころと笑いながら言うと、タケルは一転して暗い顔になり


「あのさ……セイショウさんって、家族の愛に飢えてるのかな?」

「え?」


「お父さんやお母さん、そしてタバサの事を話す時って何か寂しそうで、叶うなら側にいて欲しかったって思ってるような気がして。だからたった一人の家族であるキリカが出て行ったら寂しがるんじゃ、って思ったりもするんだよ」

 項垂れながらそう言った。


「あなたって妙なとこは鋭いわね。女心は分からないクセに」

「うん、それは自分でも思う」

「わかってるならよろしい。でもね、そんな事言ってたらいつまで経っても二人で暮らせないわよ」

「うん。だから、その」

 タケルがタバサを見つめ、何か言い淀んでいると


「わかってるわ。私がセイショウと一緒に暮らすから」

 タバサがそんな事を言った。


「いいの?」

「いいわよ。そしていつかは兄様と姉様と、四人でね」


「……そうなるよう、俺達も手伝うから」


「ありがと。ふふ、これで遠慮しないで」


「ええ。早く迎えに来てね」

 後ろから声がした。

 振り返るとそこには、笑顔を浮かべるキリカがいた。


「キ、キリカ。いたのか」

 タケルが慌てながら言う。

「ええ、さっきからね。ユイもいるわよ」

 キリカの後ろには 

「タケル、わたしも近くに引っ越すから、いつでも来て。そして(ズキューン!)して」

「ユイ~?」

 キリカが戯けた事ほざいたユイを睨みつける。


「いいでしょ。正妻はキリカなんだし」

「よくないわ! あんたは他を探しなさい!」

「わたしはタケル以外の男なんて興味ない」

「嘘つけー! 美少年や美男子見てハアハア言ってるクセにー!」

「それとこれとは別。それを言うならキリカだって隙あらば、セイショウさんとしたいクセに」

「それは別よー!」

 女子二人が言い争いをしていると


「ふふふ。さ、それは後にして、出口を」

 タバサがそう言った時


 ゴゴゴ……と地響きが起こった。


「え、何だ?」


「ま、まさか」

” そのまさかのようね ”

 タバサと槍が続けて言うと


 天地が勢い良く回り始めた。

「なああ!?」


「はっ!」

 タバサが球体のバリアーで全員を包み込み、宙に浮かんだ。


「い、いったい何が起こってんだよ?」

 タケルが辺りを見渡しながら言う。


「どうやら世界が変化し始めているようね。このままでは全員混沌に飲み込まれてしまうわ」

「じゃあ、早く脱出しないと!」

「そうしたいけど、出口が無いわ。いえ、今ので塞がってしまったかもしれない」


「そんな。変えるつもりが、もっと悪くしちゃったって、え?」

 ユイが自分の言った言葉に戸惑っていると


- 聞こえる? -

 タバサはテレパシーでユイに話しかけた。

「え? ええ。でも何故テレパシー?」


ー あなたの中にもう一人誰かがいるの。それをタケルやキリカに知られたくないから、こうしてね ー


ー わかった。あの、もしかしてその人がわたしに、今まで力を貸してくれていたの? -

 ユイも心の中で話しだした。

 

- そうね。それとその人はおそらく、未来のあなたよ -


- へ? -


- 「ユイ」、あなたは遠い未来から、私の運命を変えに来たのでしょ? -

 タバサがその「ユイ」に話しかけると



- ええそうよ。あなたなら本来はどうなったのか、わかるでしょ? -

 声や話し方は変わらないがどこか違う、未来のユイが語り出した。


- わかるわよ。でもそれをすると、時空に大きな歪みが出来るのは知ってるでしょ? -


- うん。でもそれは最小限に押さえられる方法があったの……でも -


- 現に今、こうなっているわね。本来なら死ぬはずのないタケルやキリカ、そしてあなたも、このままでは -


- それも、皆でならなんとかなる。だから -


- いいのよ。少し欲が出ちゃったけど、やっぱり私はここで終わりなのよ -


- そんな。それじゃタケルやイヨ、セイショウさん、それとも悲しむ。せっかくあなたを救える手が見つかったと、喜んでいたのに -


- え? 待って、あなたがいる未来には兄様と姉様がいるの? -


- うん。詳しくは言えないけど、長い道程の果てにやっと親子三人で暮らせるようになったの -


- そう。なら尚更、その幸せを壊したくないわ -


- そんな事言わないで -


- ……話は終わりよ。ユイ、皆によろしくね -


 タバサがテレパシーを止め、上を見上げると、バリアーが混沌の渦に飲み込まれそうになっていた。


「絶対諦めねえぞ。皆で帰るんだ」

「ええ」

 タケルとキリカが気を溜めていた。


「待ちなさい。それで何をする気?」

 タバサが尋ねると

「え、いやもういっぺん時空の歪を作れば、あるいはと」

 タケルがそう答えた。


「万全のあなた達なら上手く行くでしょうけど、今は無理どころか、下手すると死んでしまうわ」

「そんなのやってみないと分からないだろ」

「そうね。でも、そんな事させられないわ」

「いや、でも」

「私がなんとかするから。と、その前にユイ。あなたにこれを」

 タバサは何処からか先端に五つの宝玉が填められている白い杖を取り出し


「これはね、私が母から貰った『大天使の杖』よ。これがあれば、あなたの症状はもっと軽減されるはずよ」

 それをユイに渡した。 


「ありがとう、ございます」

 ユイは涙目になって頭を下げた。


「な、なあ。なんとかするって、どうやって?」

 タケルが尋ねるが、タバサはそれに答えず、バリアーの外に出て槍を掲げた。


「あなた達は絶対に、私が帰してあげる」

 そう言った後、タバサの体が白く光り輝ぎだし、光が槍の穂先に集まっていく。

 そして

「はああっ!」 

 槍先から放たれた光が混沌の渦を貫き、天高く伸びていった。

 

「なんとかなったわね。これで元の世界に帰る道が出来たわ」

 タバサはその顔に笑みを浮かべた。


「よし! じゃあタバサ、早くこっちへ!」

 タケルがそう言うが


「いいえ。ここで道を維持していないと、すぐに消えちゃうわ」

 タバサは首を横に振って言った。


「え!?」

「だから、あなた達だけ帰りなさい」

「い、いや待って!」

 

「ありがとうね……さよなら」

 タバサがそう言った後、バリアーの球体が勢い良く上空へと昇って行った。


「た、タバサぁーー!」

「そんなの無いわよー!」

 タケル達は涙を流しながら、小さくなっていくタバサに向かって叫び続けた。




 やがて光が消え、混沌の渦がタバサを包み込んで行く。

「ねえ。最後のお願い、聞いてくれる?」

 タバサは手にした槍に話しかけた。


” ええ、もう分かっているわ。本当はあなたと離れたくないけど、頑張るわ ”


「ありがとうね。さっき知った本来の歴史通りなら、絶対成功するはず」


” うん。それとね、再び混沌に来たせいか思い出したの ”


「あら、何を?」


” わたしね、元はあの人の友達、いえ家族だったの ”


「え、兄様とあなたが?」


” うん。だから助けに行くわ。わたし達の大切な人を ”


「ええ、じゃあ」

” うん ”



「そりゃああ!」

 タバサは最後の力を込め、槍を投げた。

 槍は光り輝きながら、遠い彼方へと飛んで行った。

 


 そしてタバサは、混沌の渦の中へと消えていった……。

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