第112話「もう一人のタバサは、実は」

「今から最高の礼をさせてもらうぞ」

 イーセがそう言って剣を構え、タバサを見つめる。


「あらら。ねえ、お礼なら夜の相手でもいいのよ?」

 タバサが冗談交じりに体をくねらせて誘惑するが


「それは遠慮する。俺は大きい方が好きなのだ」

 イーセはタバサの胸に目をやり、ややニヤつきながら言った。


「ふ、ふふ……ぶっ殺してやるわー!」

 タバサは額に青筋を立て、槍を幾度も突き出した。


 だがイーセはそれを全て最小限の動きでかわしていった。


「え、今までより格段にスピードが上がっている!?」

 タケルが驚きの声をあげると

「いや、たしかにイーセさんも早くなってるけど、タバサ様が怒りのあまり動きが単調になってるよ」

 ミッチーがタバサを見つめながら言った。


 その後、イーセはタバサの攻撃を避け続けていたが


「おのれ! さっさと刺されなさいよ!」

 タバサが苛立ちながら言うと

「嫌だ。ぺたんこ熟女に刺されて死にたくはない」

 イーセが何か酷い事を言った。

「誰がぺたんこですってえ!?」

 それを聞いたタバサが更に怒り狂い

「では断崖絶壁と言おうか?」

 イーセがもっと酷い事をほざくと

「そこまで言うなあ! 私が聞いたら悲しみのあまり死ぬわー!」

 怒りを通り越して泣きながら槍を振り回した。


「ねえ、あの男斬ってもいいかい?」

 イヨがその額に青筋を立て、剣を抜きながら言う。

「いいわよ。というか私も手伝うわ」

 キリカも掌に蒼い炎を出していた。


「ちょ、あの人はワザとタバサ様を怒らせてるんだよ!?」

 ミッチーが慌てて止める。


「そうだとしても、あれは言い過ぎよ!」

 キリカがミッチーに向かって怒鳴り

「……くっ」

 イヨはその目に涙を浮かべていた。


「二人共、イーセさんだって本当は辛いけど、何か策があってあえて……腹立つかもしれないけど、ここは堪えてあげてよ」

 タケルが真剣な表情で言う。


「うう、わかったわ」

「しかしあんたと違って、イーセさんは何を狙っているのか分からないわね」

 キリカが炎を引っ込め、イヨも剣を収めた。

「うん。何する気だろ?」




「ゼエゼエ……お、おのれ」

 タバサが息を切らし、動きを止めると

「少し尋ねるが、あなたはタバサ殿の心を守る為に生まれた、もう一人のタバサ殿だと言ったな?」

 イーセが見計らったかのように言う。


「ええ。さっき話したとおりよ」

「だが、実は違うのではないか?」

「どういう意味よ? たしかに『私』は私とは違うけど、タバサよ」

「いや、あなた自身も気づいていないのか、それとも忘れているのかも知れないが……あなたはタバサ殿の中に入り込んだ、別の人物ではないか?」


「えええ!? イーセさん、何を!?」

「もしあんたの言うとおりタバサ様でないなら、そこにいるのはいったい誰よ!?」

 タケルとイヨが驚きながら尋ねる。


「そこまでは分からん。だが彼女は別人格とはいえ同じ人物には違いないはずなのにまるで別人を、いや主君を守ろうとしているかのように感じるんだ」


「別人、そんなはずないわ。『私』は私とあの時一緒に、最高神と戦ったのだし……え?」

 タバサは自分の言葉に矛盾を感じた。


「それだと『私』はもっと以前から存在していた? そんなはずないのに……でも、はっきりと自分の記憶として覚えて、ううっ!?」

 タバサは、いや彼女は頭を抱えて蹲った。


「タケル、光心剣の準備をしておけ」

「え? う、うん」

 イーセに言われ、タケルは剣を構える。


「わたしは……ううん、はあっ!」


 彼女が首を振りながら黒い霧を出すと、それがイーセの体を包み込んでいく。

 だが


「消える前に、これだけは……はあっ!」


 イーセが光り輝きながら彼女に向かって突進していった。


「!?」

 彼女はイーセの剣を槍で受け止めようとしたが


「キャアァーー!」

 技の勢いに押し負け、宙を舞った。


「タケル、今だ!」

「はあっ!」

 タケルが彼女目掛け、剣先から一筋の光を放った。

 

 それが彼女の胸に吸い込まれていった後、彼女は地面に落ちて倒れた。


「あ、ああっ!?」

「タバサ様!」

 イヨとミッチーが駆け寄り、彼女を抱き起こしたが、気を失っているようだった。


「俺もここまでか。直接聞きたかったが、後で教えてくれ」

 イーセはそう言った後、黒い霧に包まれて消えた。




 その後しばらくして、彼女が目を覚ました。

「ん……あ、あれ?」

「タバサ様?」

「……思い出したわ。たしかにわたしはタバサではないわ」

 彼女は上半身だけ起こした後、そう言った。


「じゃ、じゃあ、あなたは誰なのよ?」

 イヨが詰まりながら尋ねると


「わたしもまた、タバサに救われた者の一人よ」

 彼女はそう答えた。

「救われた者って?」

「わたしはかつて暗くて寒い闇の中にいてね、タバサがそこでわたしを拾い上げてくれたわ。わたしを使ってあいつを討つ為に……わたしも復讐の為に彼女を利用するつもりだったから、黙って従ったわ」

「え、あなたも最高神を恨んでいた?」

「ええ。なぜわたしを、いや多くの者達をこんな目にって思ったわ。こんな世界を創りだしておきながら、何もしないなんて。そして一緒に最高神と戦ったけど、敗れた……その時わたしはタバサの中に入ったのよ」


「何故そんな事を?」

「あいつに封印されそうになったから、とっさにね。そして魂が抜けたわたしの体を見たあいつは、力が無くなったものだと思って封印せずにいたみたいね。だからこうして」

 彼女は槍を手に取り、それを見つめた。


「あ、あの? あなたってまさか?」

 イヨが尋ねると、彼女は

「たぶん、思っているとおりよ」 

 そう言って頷いた。


「あの、あなたは今までタバサ様を守っていたんですよね?」

 今度はミッチーが尋ねる。

「ええ。そうよ」

「何故ですか? こう言っちゃなんですけど、体を乗っ取ってご自分がでもよかったんじゃ?」

「それはね……」


 タバサはわたしを拾い上げた後、涙を流しながら抱きしめてくれたの。

「こんな所にいて辛かったでしょ」って。


 ふふ、生物でもないわたしに何を言ってるの?

 と思ったわよ。


 でも、何故かその時、暖かさを感じたの。


 抱きしめられているから?

 ううん、それだけじゃない。

 彼女が優しく暖かい心で、わたしを。


 気がついたら、わたしも泣いていたわ。

 涙は流せないけど、泣いていた。


 今思うとね、あの時からずっと、わたしはタバサを守りたいと思っていたのかも。


 タバサはわたしに暖かい心をくれた、大切な人。

 だからこの命に変えても守りたくなった。


「でも彼女の中にいたせいか、いつしか自分はもう一人の『タバサ』だと思うようになっていたわ。そして辛い事はわたしが引き受ける、それ以外はなるべく出ないようにしていたけど」


「やめると聞いて我慢出来なくなったんですね」

「ええ。彼を救い出す事は今じゃなくても出来る。だけど最高神を討つ機会は今しかないわ」


「どういう事?」

 いつの間にか側に来ていたタケルが尋ねる。


「これ程のエネルギーが集まっているなら、流石のあいつも自分で押さえに出てくるはず。そしてたとえ消えなくても、無事でいられるわけがない。だからそこを突けば……あれ?」


「え? ど、どうしたの」


 彼女はそれに答えず、すっと立ち上がり


「ごめんなさい。あなたがずっと私を守ってくれていたなんて、知らなかったわ」

 槍を見つめながら言った。


「え、もしかして、タバサ?」


「そうよ……ごめんなさい、タケル」

「え?」

「やめるつもりだったけど、気が変わったわ」

「な、なんでだよ!?」

「もうこれは私や彼女だけの復讐じゃない。皆の無念を晴らす為、そして神の身勝手を消し去る為の戦いだからよ」

 タバサは天を見上げながらそう言った。


「な、なあ。そんな事」

 タケルが慌てて止めようとするが


「止めないで。でないと私は本当にあなたを殺さないといけないわ」

「うっ……」

 タバサの顔を見たタケルは、それ以上何も言えなくなった。

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