第111話「二つの礼」
「や、やったか?」
「でも、あれじゃあタバサは」
皆が結界を見つめながら言うと
「いえ、あれで死ぬならとっくにセイショウ様が倒してるはずです……ふう」
マオがその場で膝をついた。
「マオ!?」
皆がマオに駆け寄ろうとするが
「近寄らないで。危ないですよ」
「え?」
マオがそう言った後、彼の体が黒い霧に包まれた。
そして
「今のは効いたわ。でも、これのおかげでなんとか致命傷にはならなかったわ」
タバサが神殺しの槍を掲げながら姿を見せた。
彼女は体中に傷を負っていたが、回復魔法の光がそれを徐々に癒していく。
「あれなら気を失わせる位出来ると思いましたが、ダメでしたか」
マオが苦笑いしながら言う。
「残念だったわね」
「ええ。でもそれで傷を負うのなら、それ以上の力をぶつければ勝てますね」
「どうかしらね? それよりそろそろ妖魔砲が発動するわよ」
「そ、そうだった!」
皆が気づいて叫ぶ。
「心配ありませんよ。ほら、あれを」
「え?」
マオが指差した先、妖魔砲を見ると……それは光輝く渦に覆われていた。
「な、何が起こってるのよ!?」
タバサが驚きの声をあげる。
「セイショウ様が中から押さえ込んでいるのでしょうね。では、僕も微力ながらお手伝いに行きますか」
マオも黒い霧に包まれ、姿を消した。
「く、もうしばらくは目を覚まさないと思っていたけど……それでも、大半の力が無くなった状態でいつまで押さえ込んでおけるかしらね?」
「その前にあんたを倒して、止めてやるさ」
タケルが身構えながら言う。
「出来るかしらね? さあ、行くわよ!」
その後は残った者達が一斉にかかっていった。
「えーい!」
ナナが無数の攻撃魔法を繰り出し、タバサに集中砲火を浴びせ
「はっ!」
アキナが素早くタバサの後ろに周り、蹴り技を放つ。
「はあっ!」
「てりゃああ!」
イーセ、イズナ兄妹が猛スピードで左右から斬りかかり
「そりゃあ!」
タケルがキリカの力を受け、必殺技を繰り出すが……。
「あたしもう、疲れちゃった」
どうやら魔法力が切れたらしいナナが膝をつく。
「くそ、あんだけ攻撃しても倒れねえなんて」
アキナも息を切らし、同じく膝をつく。
「ダメージは受けているけど、タケルの最強奥義でも倒せる程ではなかった」
イズナも片膝をついていた。
「ふふ。でも大したものよ。さあ、あなた達も休みなさい」
タバサがそう言って槍を振りかざすと
「うえ!?」
「うわ~ん!」
「……くっ!」
アキナ、ナナ、イズナの姿が消えた。
「ああっ!?」
「み、皆!」
タケルとキリカが皆がいた方に向かって叫んだ。
「キリカちゃん。しばらく俺が押さえておくから、タケルを頼む」
イーセが前に出て言った。
「ふふふ、あなたもあそこへ送ってあげるわ」
タバサが身構えながら答えると
「そうなる前に、俺もあなたに感謝しておこう」
イーセはほんの少しだけ頭を下げて言った。
「あら、それはもしかしてあなたの命を救った事かしら?」
「そうだ。理由はどうあれあなたが俺を救ってくれなかったら、今こうして神剣士タケルと共にあなたと戦えなかった。そしてイズナと再び会う事も出来なかったし、ユイちゃんとも出会えなかった」
「ん? ユイと会えなかったって?」
タバサが首を傾げる。
「流石の妖魔王タバサ殿でも、そこまでは知らなかったか。実は」
「そうか、イーセさんもロリコンだったんだ。うん、俺がこの手で葬ってあげるよ」
タケルが涙を流しながら剣を構えた。
「ちょっと待ちなさいよ。彼なら節度は守るでしょうから、お付き合いさせてあげなさいな(あの子放っといたら一生独身でいそうだし。彼ならいいわよね?)」
「そ、そうよ。それがいいわ(イーセさんなら格好いいし強いし性格も悪くないし)」
タバサとキリカが何か思いながらタケルを止めた。
「……貴様等、そんなに俺をロリコンにしたいのか?」
イーセが額に青筋立て、肩を震わせながら言う。
「違うの? じゃあ何なんだよ?」
タケルが尋ねると、イーセが一呼吸置いてこう言った。
「彼女はな、俺とイズナの姪だ」
「え、て事は二人はユイの叔父さんと叔母さん?」
「それに歳を考えると、お兄さんかお姉さんの子供って事よね」
タケルとキリカが口々に尋ねると
「ああ。俺達兄妹には歳の離れた兄がいたんだよ」
「そうだったの。でもイズナは何故それを言わなかったのかしら?」
キリカが首を傾げると
「いや、イズナは俺の上に兄がいた事、ユイちゃんが姪である事を知らないのだ」
「え、どうして?」
「それをこれから話そうと思うが」
そう言ってタバサの方を見ると
「いいわ。聞いてあげる」
タバサは槍を降ろして答えた。
「ああ、では」
俺達の兄は当時国一番の強者で、王国戦士団長でもあり先王の側近も務めていたが、ある時遠征先で出会った女性と恋仲になったんだ。
後で知ったが、彼女は破邪の力を持つ賢者一族の長の娘だった。
兄は彼女を自分の嫁にと、賢者一族の里に出向いて彼女の親である長に願ったが、彼女は一人娘で次代の長。
長は兄を認めていたそうだが、やはり嫁にやるのは躊躇したそうだ。
そして兄もタイタン王国の名家であるうちの跡継ぎであり、地位もあった。
だが悩んだ末に俺に家督継承権を譲り、自身は婿入りすると決めたそうだ。
しかし、両親は猛反対したそうだ。
俺は当時まだ三歳だったし、イズナは生まれたばかりだったしな。
それと両親としては、やはり長男を他所へやりたくなかったのであろうな。
そして兄も両親も一歩も譲らず、途中からは話し合いというより大喧嘩だったそうだ。
やがて父が、
「せめてイーセが七歳になるまで婿入りは待ってくれ」
と精一杯の案を出したが、何故か兄はそれすらも聞かなかった。
そして兄はある時、何も言わずに家を出て行った。
「あの、何故お父さんはそんな事を言ったの?」
話が途切れたのを見計らって、タケルが尋ねた。
「それはな、我が国では王の小姓になれる年齢が七歳からだからだ。俺が城に上がれば兄が他所に婿入りしても我が家は安泰だと言ったそうだが、本心ではその間に気が変わってくれればと思ったのかもな」
その後、うちで兄の事を話すのはタブーとなったので、イズナは兄の事を知らないまま育ったんだ。
そして兄が何処でどうしていたのか、長い間わからないままだったが
夢の町でユイちゃんと会った時、彼女を遠い昔に何処かで見たような気がしていたんだ……どうしてだったのかは、記憶が戻った後で気づいた。
そう言ってイーセが腰に下げていた魔法の袋から、一枚の洋紙を取り出した。
そこには赤子を抱いた女性が描かれていた。それは
「え、ユイ?」
「いえ、似てるけど別人よ。あ、まさかこの人って」
「ああ。ユイちゃんの母親だよ。赤子がユイちゃんだ」
「何故イーセさんがこれを?」
「これは俺が七歳になった時、兄の友人の元に手紙と一緒に届いたんだ。手紙にはこれを俺に渡してくれと記されていたそうだ」
「そうか、これがあったから」
「ああ。ユイちゃんは見ての通り母親似だし、彼女にさり気なく聞いたが、両親の名前が一致していた。それで確信が持てたんだ」
「でも、何故イーセさんにこれを? あ、ユイの父さんはたしか、ユイが一歳の時に病で亡くなったって聞いたけど、まさか」
「ああ。今思うと兄は、自分の身に何か起こりそうな予感がしていたのかもな。そして俺にこれを、いや義姉さんとユイちゃんを託したかったのかも」
イーセは絵姿を眺めながら言った。
「しかしねえ、お兄さんは身を引く事も考えなかったのかしら?」
「いや、自分勝手と思いつつも、愛する人と最後まで一緒にいたかったのかもしれないよ」
イヨとミッチーもいつの間にか近くに来ていた。
「今となっては分からんが、そうだったのかもな……そうだ。もう一つ」
イーセがタバサの方を向き
「ユイちゃんは一度死の淵に立ったが、それを救ってくれたのがあなただったと聞いた。その事、身内として感謝します」
そう言って今度は深く頭を下げた。
「お礼なんかいいわよ。あれは私がやりたかっただけだし」
タバサが笑みを浮かべながら言うと
「そうか。だが礼を受け取ってもらう」
イーセは剣を構え、気を溜め始めた。
「あなたもそれで来るのね。いいわ」
タバサも再び槍を構えた。
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