第89話「西方大陸上陸」
タケル達はとうとう西方大陸へ上陸した。
空を見上げると、黒い霧がいっそう濃くなっており、草木も枯れ果て、人はおろか動物の気配もなかった。
「なんて有り様だよ。もしかしたら、いずれ世界中をこんなふうにするつもりか? いや」
「させはしないわ、絶対に」
タケルとキリカは辺りを見ながら話していた。
「なあ皆。タバサ達の塔はこの辺りだって聞いたから、ここからだと歩いて一週間ってとこだぜ」
アキナが地図をなぞりながら言う。
「ええ。でもその前に妖魔達をどうにかしないと」
イズナが辺りを見ながら言う。
妖魔は様子を伺っているのか、姿は見せないが気配はあった。
すると
「あのね。おじいちゃんが妖魔の気配は気にせずに進みなさい、って言ってたよ」
ナナが手を上げてそう言った。
「え、何で?」
「妖魔はたぶん塔の近くまでは襲って来ないだろうって。そしてね」
「向こうはそこで一気に決着をつけるつもり、という事?」
イズナが先に言うと
「うん、そうだよ~。おじいちゃんが敵ならそうするって~」
「そっか。そのとおりならそこまでは安全だな。でも」
「ええ。そこからが本番よね」
アキナとキリカがそう言うと
「よし、じゃあ気合入れて行くか」
タケルがそう言って、先頭を歩いて行った。
――――――
「ええそうよ。ここまでは無傷で通してあげるわ。後から来る奴らもね」
タバサは映像を見ながら呟いた。
「え? あの、それはどういう事ですか?」
イヨがタバサに尋ねると
「精霊女王がね、世界各地の戦える者達を集めてこの大陸に送り込むつもりでいるのよ。神剣士達の援護射撃ってとこでしょうね」
「そ、そんな事を?」
「あの、もしかしてあの子の言うとおり、そいつらが一ヶ所に集まった時に一網打尽にするつもりですか?」
今度はミッチーが尋ねる。
「そうよ。そうすればもう私達に逆らう者は居なくなるわ」
「あの、向こうには守護神と精霊女王もいますが」
「私がそれらに負けるとでも?」
「い、いえ」
「ふふ、あなた達だって今はパワーアップしているのだから、負けないわよ」
タバサが二人に微笑みかける。
「はい。まさかこんなに強くなれるなんて、思ってもいませんでした」
イヨは自分の両手を見つめながら答えた。
「でもアレって、本来なら違うものですよね?」
ミッチーがタバサに尋ねると
「そうよ。アレは人間が創りだした古代の兵器で、あいつに封印されたものなのよ」
「それで何を? って、決まってますね」
「ええ。あのヴェルスをも取り込んだのだから、いかにあいつでも防げないわよ」
タバサは黒い笑みを浮かべながら言った。
「タバサ様。どうせなら神剣士や聖巫女を捕らえて、その力も取り込めばもっと威力が増すのでは?」
「あ、そういえばアレに取り込まれた者達って、力は無くなるけど命までは取られないんですよね。だったら」
イヨとミッチーがそう言うが、タバサは首を横に振り
「キリカはそうしてもいいけど、タケルは死んでもらうわ」
「え!?」
「何故ですか!?」
二人はその言葉に驚きながら尋ねた。
「たとえ力を奪って捕らえても、伝説の救世主たる神剣士が生きていたら人々の希望は失われないわ。もしかしたらそれが奇跡を呼び起こすかもしれない」
「で、でも、そんな事が都合良く起こるとは思えません」
イヨが思わず食い下がるが
「ええ。けど可能性はゼロではないわ」
「そう、ですよね。あ、それなら力を奪った後、異世界へ追放すれば」
「ダメよ。確実に消えてもらわないと」
「そ、そんな。おそれながら、タバサ様だって本当はあいつを」
するとタバサはまた首を横に振り
「私は妖魔王よ。目的の為なら、なんだってするわ」
か細い声でそう言った。
「……わかりました。それならタケルはあたしが」
「イヨ、それは僕にやらせてよ。君では勝てても殺せない。いや、もし殺したら君の心は壊れてしまうかもね」
ミッチーが横からそう言った。
「は? あんたあたしがそんなヤワに見えるのかい?」
「見えるよ。というか君自身はまだ気づいてないだろうけど……たぶん僕の予想通りですよね、タバサ様?」
ミッチーはタバサの方を向き、真剣な表情でその目をじっと見つめた。
するとタバサは無言で頷いた。
「え、いったい何なのよ?」
「いや。君は僕の予想通り、十歳までおねしょしてたんだね」
ミッチーはニヤニヤしながらそう言った。
「な、何デタラメ言ってんのよ! おねしょは九歳までよ!」
「へえ~、そうだったんだ~」
「!? は、謀ったわねえ!」
イヨは顔を真っ赤にしてミッチーをタコ殴りにした。
――――――
「ん? ねーちゃんが九歳まで寝小便垂れだったって? そうだったんだ~」
「あ、あんたいきなり何言ってんのよ!」
キリカはズッコケた後、タケルに向かって怒鳴った。
「いや、何処からかそう聞こえてきたんだよ。うーん、その時のねーちゃん見たかったな~」
地獄耳の粋を超えているタケルであった。
「うう、変態も拗らせるとここまでになるのね」
キリカは膝をついて泣き崩れ
「ナナ、タケルの頭を治せないか?」
「え~、あれは無理だよ~」
アキナがナナに尋ねるが、彼女はケラケラ笑いながらそう言った。
「そう、もう手遅れなのね。それなら私が」
イズナは涙を流しながら剣を抜いた。
――――――
「イズナ、遠慮無くその変態を殺っちゃいなさい!」
イヨが映像に向かって怒鳴っていたが
「……あの子達、何かボケなきゃ気が済まないの?」
タバサは凄まじく呆れていた。
「ふふ、彼を殺したら僕の心も壊れるだろうね。でもイヨが壊れるよりはいい。彼女が無事なら、それでいい」
イヨにボコボコにされて倒れていたミッチーがボソッと呟いた。
――――――
「ヴィクトリカ様。皆さんにはとりあえずここに集合と伝えますか?」
「うむ、それで頼むのじゃ。しかしマオのおかげで思ったより早く勇士達が集まってくれそうじゃ。本当に感謝するのじゃ」
「いえ。僕というか、イシャナ陛下のおかげですよ」
「そうか。では会った時に礼を言おう」
港町の外れの高台で、ヴィクトリカはマオと話していた。
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