第90話「黒い剣士と魔法聖女」
その後、タケル達は敵に会わないまま歩を進め、そして
「ここまで何もなく来れたけど」
「ええ。もうそうはいかないわね」
タケルとキリカが見つめるのは、どこまでも広がる平原。
遠くに黒い塔が見える。
そして
「あれ、何匹いるんだろ」
「さあ? でもあれを倒さないと、先には進めないわね」
アキナとイズナの目線には、妖魔が憑いているであろう異形の魔物の大軍がいた。
「ねえ~、早く全部やっつけて行こうよ~」
ナナがのんびり口調でタケルに言うが
「簡単に言ってくれるが、あいつらかなり強そうだぞ」
「そうかな~、えーい!」
チュドーン!
ギャアアア---!
魔物達はナナがいきなり放った大爆発魔法であっさり吹き飛んだ。
「……え?」
タケル達は何が起こったか理解できず、呆然としていた。
「ね、早く行こうよ~」
ナナはタケルの手を引きながら言う。
「あ、ああ」
――――――
「……え?」
一方、この光景を見ていたイヨも呆然としていた。
「や、やるわねあの子、少々予定が狂っちゃったわ」
タバサもナナが想像以上の実力を持っていた事に驚いていた。
「あ、あの、いくら彼女が魔王ヴェルスの孫だからって、あんなのデタラメ過ぎですよね?」
ミッチーが震えながらタバサに尋ねると
「……あなた達、何故彼女の母親はおろか、父親もアレに取り込んだかわかる?」
タバサが逆に問い返した。
「え? あ、そういえば彼女の父親って、普通の漁師ですよね?」
「あたしが知る限り戦闘力は並以上ですが、脅威になる程ではなかったかと」
二人がナナの父親を思い出しながら言うと
「ええ。でも彼はね、勇者の素質を持っているのよ」
「え!?」
「けど本人が未だそれに気付かないから、力も覚醒しないままなのよ。そして流石のヴェルスも、彼がそうだとわからなかったようね」
「そ、そうだったのですか? ではナナって、勇者と魔王の血を引く者という事になりますね」
「ええ。そしてその力もアレに取り込めば」
「ところであいつらどうします? 僕達が迎え撃ちにいきましょうか?」
ミッチーがそう言うと
「いいえ、彼に行ってもらうわ。もう指令は出してるしね」
タバサが首を横に振って言った。
「彼をですか? あの、もし洗脳が解けでもしたら」
「それならそれでもいいわ。ようは後続が来るまであそこにいてくれればいいのよ」
――――――
「ん? 誰か来たぞ?」
アキナが皆にそう言った時、現れたのはヴェルスを攫ったあの黒剣士だった。
「あいつかなり強そうだな。てかまだあんな奴がいたのか」
タケルが剣士を見つめながら言う。
「あ、まだ残ってたんだ。えーい!」
そう言ってナナがまた魔法をぶっ放すと、それが剣士に直撃して轟音を立てた。
だが剣士は何事も無かったかのように、そこに立っていた。
「な、何ー!? 効いてないだってー!?」
タケル達が驚き
「え~、そんな~? あたし力いっぱいやったのに~?」
ナナは首を傾げていた。
「無駄だ。俺に魔法は通用しない。この剣のおかげでな」
剣士がそう言って剣をかざした。
「あ、あの剣。黒くなっているけど、まさか」
その剣を見たイズナが震えながら呟く。
「ん? お前はこの剣の事を知っているのか?」
剣士がイズナを見つめながら尋ねる。
「ええ。その剣は『神剣ティルフィング』と言って、タイタン王国三神器の一つよ。それはいかなる魔法からも持ち主を守り、また魔の者以外の相手を殺すことなく制する、神の剣」
イズナがそれを指さしながら言う。
「そ、そんなものがあったのか?」
タケルがイズナに尋ねると
「ええ。そしてあれは兄さんが持っていたのよ。先王ツーネ様が餞別だと言って授けてくれたって言ってたわ。でもそれは、兄さんと共に行方不明だった」
「ええっ!?」
「おい、お前それを何処で手に入れたんだよ!?」
アキナが剣士に向かって怒鳴ると
「それは俺にも分からぬ。気づいた時から、ずっと握りしめていた」
剣士は首を頭を振って答えた。
「え?」
「俺は谷底で落石の下敷きになっていて瀕死の状態だったが、それを妖魔王様に救われた。だがそれ以前の記憶が無いのだ」
「え? まさか、あの人って」
キリカが何かに思い当たり
「俺もわかった。あの人は」
「そうみたい、だな」
タケルとアキナも頷き
「ええそうよ。あの人は……イーセ兄さんよ」
イズナが兄の名を呼んだ。
「さて、やろうか。心配せずとも命は取らぬ」
剣士がそう言って身構える。
「ぐ、本当に記憶喪失か洗脳されてるのか、どっちかわからんけど俺の光心剣ならいけるかも」
そう言ってタケルも身構えようとするが
「待って。ますは私一人でやらせて」
イズナがそれを制し、前に出ようとする。
「え? でも」
「私が兄さんの動きを止めるから、その時にお願い」
「あ、ああ」
「ねえイズナ、ちょっとぐらいお手伝いさせてよ~」
ナナがイズナの手を引いて言う。
「ありがとう。でも相手に魔法は効かないわよ」
「違うよ、イズナにかけるの」
ナナがそう言って手をかざすと
「きゃあああっ!? ……あれ?」
イズナの体が一瞬光り輝いたが、すぐに収まった。
「ナナ、今何したんだよ?」
タケルが尋ねると
「えっとね。素早さ、防御力、攻撃力アップの魔法を合わせてかけたの」
「い、一瞬で三つの魔法をって、ナナってそんな事まで出来るの!?」
魔法は二つならともかく三つ以上同時となると、どんな術者でも魔法力を貯めるのに時間がかかり、また集中力も桁違いに必要である。
それをナナは一瞬でやったのだから、キリカは心底驚いていた。
「ほう、規格外の魔法使い……『
剣士がナナを見つめながらそう言った。
「へ、何それ? もしかしてそんな伝説があるのか?」
剣士の呟きにタケルが思わず聞き返す。
「いや、俺が今考えた。どうだ、良い二つ名だろ?」
剣士は両手を腰にやりながらそう言うと
ズコオッ!
ナナ以外の四人がその場でズッコケた。
「や、やっぱりアレは兄さんだわ。たまに人を変なあだ名で呼んでたし」
イズナがよろけながら立ち上がって言う。
「ま、まあ今のは変って程でもないし、ナナも気に入ってるようだからいいんじゃね?」
アキナがナナを指さしながら言うと
「うん! あたし魔法聖女ナナ~!」
彼女は飛び跳ねながら喜んでいた。
「気に入ってくれて嬉しいぞ。君の雰囲気だと『魔法少女』もありかと思ったが、大人になってからも使える二つ名の方がいいだろうしな」
剣士の顔は覆面に隠れているのでわからないが、微笑んでいるように感じられた。
――――――
「タバサ様。アレ、本当に洗脳したんですか?」
イヨが脱力しながら尋ねるが、タバサは無言だった。
「あの、もしかすると彼はとっくに洗脳解けてるんじゃないですか? でも何か狙いがあって、解けてないフリをしているとか」
ミッチーが映像を指さしながら言うと
「……どうかしらね?」
――――――
「さてと、そろそろ戦おうか」
「ええ」
剣士とイズナがそれぞれ剣を取って向かい合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます