第88話「光の道と黒い剣士」
翌朝、タケル達は町の外れにある高台に来ていた。
「では始めるとするかな。皆、私から離れてくれ」
そう言われ、タケル達はヴェルスから距離を取った。
「では……はあっ!」
ヴェルスが両手を高く上げると、そこに光り輝く気が集まりだした。
「あ、あれが世界のエネルギーか。やっぱ凄え気だ」
「元だけど、魔王ともなるとあんな事も出来るんだな」
タケルとアキナが驚きの目でそれを見つめ
「おじいちゃんすごーい!」
ナナは喜びはしゃいでいたが
「……む?」
ヴェルスは何故か顔をしかめた。
「あの、どうかしたんですか?」
キリカが尋ねると、
「……いや、黒い霧の影響なのか、思っていたよりエネルギー制御が難しいのだ」
「え、それじゃ?」
「いや、それは私一人ではという事だ。だからナナ、手伝ってくれないか?」
ヴェルスはナナの方を向いて言った。
「うん! でもどうすればいいの~?」
「今から海上にエネルギーを移動させるから、それに向けて魔力を放ってくれ。向こう岸まで橋がかかるよう、頭に思い浮かべながらな」
「わかった~!」
ナナは元気良く返事をした後、目を閉じて手を組んだ。
「はあっ!」
ヴェルスが気合を入れると、エネルギーの塊が海上へと移動して行き
「ナナ、頼む!」
「……うん」
ナナが答えると、彼女の前に光り輝く五芒星が現れた。
「え? あ、あれってま、まさか?」
それを見たキリカが何かに思い当たり、驚きながら言う。
「キリカ。あれはもしかして」
イズナもそれが何か気づいたようだ。
「え、ええ。光竜神秘法よ」
「そうだよ。マオに習ったの」
ナナは魔力を集中させているせいか、いつもより静かに答える。
「嘘……あれってマオですら、完全習得には一年以上かかったって聞いたわ。それをナナは弟子入りしてからの数ヶ月でだなんて」
キリカがそう言った時
「ううん。キリカのお家にいた時に習ったから、一日だよ」
「!?」
それを聞いたタケル達は言葉が出てこず
「伝説の光竜神秘法をたった一日でか。既に私以上の実力かもな……ははは」
ヴェルスは思わず空笑いしていた。
「じゃあ行くね、ええいっ!」
ナナが手をかざすと、五芒星が輝きを増し、そこから勢い良く魔力の渦が飛び出して行った。
そしてそれがエネルギーの塊に当たると、
「おおっ!?」
それは七色の光となり、遠く西の彼方へと伸びていった。
「あれが光の道。まるで虹の橋だな」
タケル達はそれに見惚れていた。
「ふう」
ヴェルスは気が抜けたのか、ゆっくりと膝をついた。
「おじいちゃん、大丈夫~?」
ナナが心配して駆け寄るが
「大丈夫だよ、ちょっと疲れただけだから。それよりナナ、ご苦労様だったな」
ヴェルスはナナの頭を撫でた。
「さて、後はその道に乗れば、あっという間に向こうに着くはずだ」
ヴェルスが座ったまま言う。
「ありがとうございました。じゃあ行ってきます」
「ああ。と、その前にタケル殿、ちょっと」
ヴェルスはちょいちょいと手招きをした。
「は、はい?」
タケルがヴェルスの目線に合わせて屈むと、
「タケル殿のご両親もおそらく妖魔王の元にいるはずだ」
小声でそう言った。
「え? どうしてそう思うんですか?」
タケルも小声で返す。
「私は二人と会った事はないが、地上に居る魔族達が世話になっていたのだよ。皆妖魔に憑かれていた所を二人に救ってもらった、と話していた」
「え、父さんと母さんがそんな事を?」
「ああ。皆二人には感謝していてな、所々で助力していたそうだ。だが約五年前から二人の行方がわからなくなったと聞いた」
「え?」
「最後に会った者が言うには、二人は西方大陸へ行くと言っていたそうだ。だからおそらく、そこで捕らえられたのかもな」
「そういえば妖魔王が俺の両親は生きていると言ってましたが、もしそうなら何故」
タケルが首を傾げると
「両親を盾にして君を、かな? それは君ならわかるのではないか?」
「え? ……そうですね。夢の町でのあの人は、本当に優しい『母さん』だった」
「ああ。私は夢の町には入れなかったが、様子を伺う事は出来た。彼女は悪というより何かの恨みいや、哀しみを胸に秘めているようだったが、夢の町が彼女の心を癒したのかもしれないな」
「じゃあ、戦わずに済む……なんて甘いですね」
「いいや、もしかすると出来るかもしれないぞ。君達なら」
「え?」
タケルは目を丸くして、ヴェルスを見つめた。
「私はかつて魔界を統一したが、それは従わぬ者を何人も討ち、あるいは異世界へ追放した末での事だ。だから今でも私を恨みに思っている者もいよう。だが君達は、行く先々での敵すらも救っているではないか」
「いえ、全員だなんて。亡くなった人もいますし」
「だが最後は皆、心が救われたはずだ」
「そうでしょうか?」
「そうだとも。タケル殿」
ヴェルスはタケルの肩に手を置き、こう言った。
「武力はあくまで目的への手段の一つ。最後に闇を祓うのは、心の力だよ」
「じゃあおじいちゃん、行ってきま~す!」
ナナが元気良く手を振る。
「ああ。ナナ、皆。気をつけてな」
そしてタケル達が道の上に立つと、彼等はあっという間に遠くへと進んでいった。
「さてと、そろそろ出てきたらどうかね?」
ヴェルスが遥か遠くを見ながら言うと
現れたのは黒い長髪、黒い軍服に、顔には目だけが見える黒い覆面を着けた者だった。
手には黒い剣を持っているので、剣士のようだ。
「私一人になるのを待っていたようだが、神剣士達はいいのか?」
ヴェルスが振り返って、その剣士に話しかける。
「構わぬ。俺の目的は、あなただからな」
低い声からして、どうやら男のようだった。
「そうか。ところで魔力切れを狙ったのかもしれんが、私にはまだ余力があるぞ。まあ一人で光の道を作っていたら危なかったかもな」
どうやらヴェルスは彼の気配に気づき、力を残すために方便を言ったようだ。
だが
「いや、俺はあなたの命を取りに来たのではない」
「ほう? では何が目的……ぐ!?」
剣士はいつの間にかヴェルスの懐まで近づき、剣の柄で鳩尾に一撃を放っていた。
「な、何者だ、貴様……?」
ヴェルスは気を失って倒れた。
「……」
剣士はヴェルスを抱きかかえ、姿を消した。
――――――
「な、な? あの魔王ヴェルスを、たった一撃で? 何者だよ、あいつ?」
映像を見ていたミッチーは、言葉を詰まらせていた。
「いくら魔力を消耗していたからとはいえ……タバサ様、あいつはいったい誰なんですか?」
イヨがタバサに尋ねる。
どうやら彼女も剣士の事を知らないようだ。
「彼はあなた達もよく知っている、この世界で最強の剣士よ」
タバサは映像を見つめながら答えた。
「え、僕達が知っている最強の剣士って、え!?」
「まさか、彼なんですか!?」
二人共どうやら同じ人物に思い当たったようだ。
「そうよ。虫の息だった所を捕まえて、記憶を消して部下にしたのよ。そして普段は隠密として働いてもらってたの」
「そ、そうだったのですか? でも彼はあの時」
「それは私にもわからないけど、魂だけだったからかもね」
タバサは首を横に振って答えた。
「ところでタバサ様、ヴェルスを攫わせてどうするのですか?」
ミッチーが尋ねると
「それはね、アレを完成させる最後のピースとするためよ」
「アレをですか?」
「ええ。アレに魔王、いえ……の力を取り込めば、いかにあいつといえどもタダでは済まないはず、フフフ」
タバサは黒い笑みを浮かべ、そう言った。
――――――
「まさかヴェルス殿を攫える者がいるだなんて、思いもしませんでしたよ」
「タバサならともかく、あのような者がいるとは……」
セイショウとヴィクトリカは神殿からこの様子を伺っていたが、ヴェルスを助けに行くタイミングを外し、悔やんでいた。
「やはり私の予想通りなのでしょうか。タバサが住む塔、それこそが」
「そのようじゃな、あれはたとえ神であっても感知出来ぬ……タバサ、お前は」
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