第58話「聖闘気の使い手」

 台風が来るまであと一日となった。

 外を見ると既に風が出ており、強い雨も降っている。


 タケル達やその家族は町長の家に集まっていた。

「どうだった?」

 タケルが表情を暗くしている。


「ダメだったわ。ここ以外にもう行く所なんかない。だから町と共に、と言う人がほとんどだったわ」

「ええ。うちのおじいちゃんもそう言ってたわ。普段はスケベでふざけてるくせに、こういう時だけ真剣にならないでよ」

 キリカとイヨも項垂れていた。


「悔しいけどまた一から作り直そうぜって言ってもさ、聞いてくれなかったよ。『もしかすると二度と町が出来ないくらい無茶苦茶になるのでは』って。それもわかるけど、死んだらそれで終わりだろ」

 アキナが拳を握りしめ、肩を震わせながら言う。


「儂は最後まで諦めんぞ。もう一度説得しに」

「いえ、もう風が強くなって来ています。失礼ながら町長さんのようなご老人には危険です」

 カーシュが再び町に行こうとした町長を止める。

「そうだよ。俺とミッチーがまた行ってくるから、町長さんはここにいてよ」


「え、二人だけで? ……わかった、説得しに行くと偽って何処かで(ズキューン!)する気なんだ、ハアハア」

 ユイが鼻血出しながら戯けた事ほざく。


 ゴン!

 ゴン!


「冗談なのに。二人がかりで殴るなんて酷い」

 ユイは頭を押さえながらしゃがみ込む。

「「冗談で鼻血出すなー!」」

 タケルとミッチーが同時に叫んだ。


「あのねえ……しかし息ぴったりね」

 イヨは呆れつつも感心していた。


「う~、いっそ町にバリアーでも張れたら皆も町も助かるのに~!」

「気持ちはわかるけど、そんな事出来る訳ないでしょ」

 地団駄を踏むアキナにイズナが突っ込むと、


「バリアーか……防御したい範囲を特殊な魔法陣で囲み、そこに『聖闘気』を放てばどんな衝撃にも耐えられるバリアーが出来る、と古い文献にあったが」

 カーシュが一人呟くと


「え!? そんな方法があるなら早く言ってくれよ!」

 それを聞いたアキナが叫びながらカーシュに詰め寄った。 


「い、いや。この方法は実行不可能なんだよ。魔法陣はなんとかなるけど、聖闘気の使い手がいないからね」

 カーシュは怯みながら答える。

「聖闘気って、え?」

 アキナはその言葉に何か引っかかるものがあった。


「あの。僕は闘気を使えますけど、それとは違うのですか?」

 ミッチーが尋ねると、カーシュは頭を振り、

「うん。聖闘気とは己の気を聖なる力に変えて身に纏い、身体能力を何倍にもしたり魔を討ったりするものなんだけど、これは修行して身につくものじゃない。生まれ持った一種の才能なんだよ」

「そ、そうなんですか。ところでその使い手を見分ける事って」

「文献にはそこまで書いてなかったよ。もしかすると何か方法があるのかもしれないけどね」

「そうですか。……くそ、何か手はないかな?」


 するとそこにアキナの父親がやって来て、皆に話しかけた。

「聖闘気の使い手なら俺の知る限り、一人だけこの町にいるぞ」

「え? 父ちゃん、それって誰だよ!?」

 アキナが父親に駆け寄ると


「それはアキナ、お前だ」

 彼女を指さしながら答えた。


「え、あたいが? そうなの?」

 アキナは首を傾げる。


「あ、あのおじさん。どうしてアキナがそうだと分かるのですか?」

 タケルがおそるおそる尋ねると、


「あれはアキナがまだ小さい頃だった。外で遊んでいた時、突然体が光り輝いたかと思うと、光の塊がアキナから飛び出し、近くにあった大岩を粉々にしてしまったんだよ」


「あ、そういやうっすら覚えてる。いきなりでっかい岩が爆発しちゃった事があったよな」

 アキナが思い出しながら呟く。


「ああ。あの時のお前はただ驚き泣き喚いてたな。だからあれは自分の意志ではなく、何かのきっかけで偶然そうなったのだろう。その後俺は何でも知っている村の古老にその事を話してみたんだよ」


「それで知ったという事ですか。でもそれだけでしたら、闘気の使い手にも同じ事がありますが?」

 ミッチーが疑問に思って尋ねた。


「もちろん根拠はある。古老が言うには、聖闘気の使い手は生まれつき身体能力が普通の人間以上に高く、また知能も高いそうだ」


「ああ。たしかにアキナって力もあるし、誰よりも早く走れるよな」

「それにああ見えて頭もいいしね。町の蔵にどれだけの食べ物があるか、台帳見なくても言えるもんね」

 タケルの後にキリカも続いた。


「それともう一つあるんだ。使い手は通常以上の大食いであると。これは聖闘気を使うには人の何倍もの栄養を取らなければならないから、という事らしい」

「あ、だからアキナがそうだと」

 

「そういう事だ。だが元いた場所では満足に食べさせてやれなかった。……そのせいか光を出せたのはあの時だけだった。だが今ならおそらくは」


「とにかくあたいなら出来るって事だよな、じゃあいっちょやって来るぜ!」

 アキナがそう言って外へ飛び出そうとするが、 

「待って、聖闘気でバリアーを張るには魔法陣も描かなきゃいけないのだから、アキナちゃん一人じゃ無理だよ」

 カーシュがそれを止めた。


「え、じゃあどうしたらいいんだよ!?」

「魔法陣なら僕に任せて。さ、行こうか」

 カーシュはそう言ってアキナの手を取る。

「う、うん!」

 アキナは頬を染め、カーシュと共に外へ出て行った。



「よし、俺達も行こうか」

「そうだね。何か手伝えるかもしれないし」

 タケルとミッチーも外へ出ようとすると

「それはダメ」

 イヨが二人の首根っこを掴んで止めた。


「ちょ、何でだよねーちゃん?」

「あんた達ねえ、馬に蹴られて死にたいの?」

「は?」

 タケルはよくわからん、と首を傾げる。


「いや二人には悪いけど、今はそんな場合じゃ」

 ミッチーは意味がわかったようだが、それでも心配の方が勝っていた。


「大丈夫よ、あの二人ならきっとやってくれると思うわ」

 イヨは微笑みながらそう言った。

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