第57話「太陽のような笑顔、だが……」

「ごちそうさま~! あー美味かった!」

 アキナは満足気に腹をさすっている。


「毎度毎度だが、よく朝からそんなに食えるな」

 山積みになった食器を見て呆れる父親だったが

「うん、皆でお腹いっぱい食べられると思ったらさ、いくらでも入っちゃうんだ」

「……そうか」

 

 アキナ達の故郷は作物が育ちにくく、狩りをするにも動物があまりいなかった為に満足に食べられる事など少なかった。

 だが今はその心配はないなと父親が物思いに耽っていると、台所から母親が出てきて二人に声をかけた。

「さ、そろそろ行ってらっしゃいな。あなたも」

「うん! 父ちゃん、早く行こうぜ!」

「ああ」 

 

 アキナと父親は共に家を出て、町外れの開墾地へと向かった。

 この町では町民が共同で作物を作っており、収穫の時期が過ぎると新たな畑を開墾する事になっていた。

 

「さーて、今日も頑張るぞー!」

 開墾地に着いたアキナはあっという間に広範囲の土を耕していった。


 それを見た父親は複雑な思いだった。

 アキナのおかげで開墾は進んでいるが、並の男以上の力持ちで大飯食らい……嫁の貰い手があるのかと。

 


 そして昼休憩になった時、ふと見るとそこには空を見上げながらノートに何かを書いている青年がいた。

 それが気になったアキナは青年の元に歩いて行き、後ろから声をかけた。

「ねえあんた、何してんの?」

 青年は別段驚きもせず振り返り、

「いや、ちょっと雲の流れを観察していたんだよ」

 優しげな声で答えた。


「え、何で?」

 アキナが首を傾げると、

「ああ、天気予報をしようと思ってね」

「へえ。じゃあ明日の天気は?」

「えっと、今までのデータと現在の空模様から見て、晴れかな。でもこれはあくまで予報。外れるかもしれないよ」

「そうなんだ。でもさ、何でそんな事をしようと思ったんだよ?」


「それはね、天気がわかれば予定を立てやすいだろ? それと例えばこの辺ではあり得ないはずだけど、洪水が起こるほどの大雨が降る事が予めわかっていたら」

「あ、そうか! わかってたら早めに高台へ逃げられる!」

 アキナは手をポン、と叩く。

「そういう事だよ。僕はいずれは天気だけでなく地震も火山噴火も予測して、それらの自然災害で人命が失われるのを防ぎたいんだよ」

 そう話す青年の表情は変わっていないが、声はやや力強かった。


「へえ……凄えなあ」

「はは、そんな事ないよ」

 青年は頬をかきながら言う。

「あるって。そうだ、あたいはアキナっていうんだけど、あんたの名前は?」

「僕はカーシュというんだ。学者の見習いだよ」

「カーシュさんか。なあ、もうちょっと話を聞かせてよ」

「うん、いいよ」

 その後アキナはカーシュの話を興味津々に聞き、また疑問に思った事は質問していった。

 

 しばらくすると父親がやって来て、

「アキナ、そろそろ仕事に戻るぞ」

「え、ああ。じゃあまたなー」

「うん、またね」

 アキナは父親と共に去っていった。


「はは、あの娘って自分は頭が悪いとか言ってたけど、僕が話した事をすぐ理解していたよ。もし本気で学問に打ち込んだら立派な学者になりそうだなあ」

 カーシュはアキナの背を見つめながら呟いた。 



 それからというもの、アキナは暇を見つけてはカーシュの所に行き、いろんな話をした。

 彼と話している時のアキナの顔は晴天の太陽のような笑顔。

 カーシュも表情からは分かりにくいが、アキナと話すのが楽しみだった。

 そして遠くからそれを見ていた父親はしかめっ面だったが、母親は嬉しそうに笑っていた。




 幾日か過ぎたある日の事、カーシュは町長の家を訪ねていた。


「それは本当なのじゃな?」

 町長はカーシュに念を押すかのように尋ねる。

「はい。この辺りは大丈夫だと思っていましたが」

「そうか。では早速町民に避難指示を出すとするか」

 だがカーシュは無言で首を横に振った。


「ん、どうしたんじゃ?」

「いえ、おそらく多くの人は町から離れないかもしれません」

「な、何故じゃ!?」

「それは町長さんが一番御存知かと」

「そうか……だがなんとしても」


 その時ドアをノックする音が聞こえ

「こんにちはー」

「ん? この声は……ああ、開いとるぞ」

 町長が返事をすると、アキナやタケル達が部屋に入って来た。


「あ、カーシュさんじゃんか。町長さんと何話してたの?」

 アキナがカーシュを見つけ、声をかける。


「ちょうどいい所に来てくれた。皆も聞いてくれぬか?」

 町長がアキナ達に言う。

「え、何?」


「実はね、もうすぐこの町に台風が来るんだよ」

「それで皆に町から避難するよう伝えようと相談していたのじゃ」

 カーシュと町長が交互に語った。


「あの、台風って強い風に大雨が降るあの台風ですか?」

 イヨが確認するかのように尋ねる。

「そうじゃ。イヨさんやタケル君はよう知っとるじゃろ?」


 タケル達家族が前に住んでいた場所は台風が多かった。

 先祖代々の言い伝えを元にある程度の対策はしているが、それでも時には……。

 

「え、ええ。時期的には今頃。しかしこの辺りにも台風が来るのですか?」

 

「普通なら来ぬはずじゃが、異常気象なのか間違いなくここへ向かっているそうじゃ。なあ?」

 町長はカーシュの方を向いた。

「ええ。先程町長さんにも言いましたけど、早ければあと五日で」

「でもカーシュさん、それってあくまで予報なんだろ?」

 アキナがそう言うが

「今回ばかりは大幅な狂いはない。逃げないと死傷者が出るよ」

 カーシュは首を横に振りながら答えた。


「う、でもこの町には強風や大雨にも耐えられるように作られた避難所があるよね? そこに避難するだけじゃダメなの?」

 タケルが不安な表情で言うが


「今度来る台風は皆が想像している以上に強いんだ。おそらく避難所でも耐えられないと思う」

「そう、なんだ。でも」

「町はどうなるのさ?」

 タケルが皆まで言う前にアキナが尋ねる。


「全壊、とまではいかないかもしれないけど、かなりの被害が出ると思う」

 カーシュは目を閉じて答えた。


「そんな、せっかく皆でここまで大きくしたのに」

「特に田畑はアキナのおかげ大きく広がった。おかげで来年も美味しい物がいっぱい食べられるって皆喜んでいた」

 イズナとユイが俯きながら言った。


「儂とて無念じゃ。だが人の命には変えられん。だから皆、避難するよう町の者達に伝えてくれ」


 その後タケル達は手分けして町の者達に話していったが……。

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