第56話「信じているから」

「え、ええええ!?」

 タケル達は驚き後ずさると、

「グ、ガアアアア!」

 魔物が起き上がり、皆に襲い掛かろうとする。


「う、やられてたまるかあ!」

「はあっ!」

 気を取り直したアキナとミッチーが飛び蹴りを放つが、

「ぜ、全然効いてねえ!?」

 魔物は何事も無かったかのように立っていた。


「二人共下がって!」

 イズナが腰に差していた剣を抜き、魔物に斬りかかったが


「え、斬れない?」

 その刃は魔物の肩に当たって弾かれた。


「な、なんだよあいつは!?」

「どうする皆? 応援を呼ぶか?」

「でも、あんなのが相手じゃ誰が来たって」

 ミッチーとアキナがそう話していると


「ガアアアッ!」

 魔物が体当たりで壁を破ったかと思うと、外に向かって走り出した。


「な、もしかして町中へ行く気か!?」

「ううん、その前に町長さんとあの子が危ないわ! 皆行きましょ!」


 タケル達は魔物の後を追った。

 そしてイヨが言ったとおり、魔物は町長と少年を、


「ぬおお! お前なんぞに町を壊させてなるものかあ!」


 いや、町長は少年を庇いつつ杖を振るい、その痩せた老体からは考えられない程の強さをもって魔物相手に善戦していた。


「……マジ?」

 全員呆気にとられたが、町長はすぐに息切れして立ち止まり、


「グアアアア!」

 魔物はその隙を逃さず二人に襲いかかろうとした。


「あ、危ない!」

 そう叫んだユイの体が光輝き、その光が勢いよく魔物を照らした。


「グアアアアーーー!?」


 そして魔物の姿は消え、そこには少年の父親が倒れていた。


「え、今の何!?」

「ユイちゃん?」

 ミッチーとイヨが尋ねるが

「ううん、わたしにもわからない。でも何故か以前から使えたような?」

 ユイは首を傾げていた。


「なあ、あの魔物って何だったんだろな?」

 アキナが誰にともなく言うと

「うーん、あれってもしかして『妖魔』じゃないかしら」

 キリカが答えた。

「妖魔ってお伽話に出てくるあれだよな? 人に取り憑いて魔物に変えてしまうっていう」

「そんなものが……いえ、今そこにいたのだし、本当だったのね」

 タケルとイズナが話していた。



「う、あれ? 俺はいったい何を?」

 男は目を覚まして辺りを見渡した。

「あの、あんたはどうやら妖魔って奴に取り憑かれてたみたいだぞ」

 タケルが男に話しかけた。

「は?」

「でももう大丈夫みたいだし、これからは奥さんと息子さんを大事に」

 そう言って下がり、母子を促すと、

「テメエら、こんな変な奴ら連れて来るんじゃねえ!」

 そう叫びながら母子を足蹴にした。


「え、それって妖魔が取り憑いてたからじゃなかったのかよ!?」

「妖魔って悪い心を持った奴に取り憑く、ともあるわ。だからあいつは元々ああなのよ」

 キリカがそう言うと

「そうか。それなら徹底的に、いやいっそ町から追い出すか」

 タケル達が身構える。


「待って」

 だがユイが皆を止めた。

「なんだよ?」

「あれ見て」


 少年が父親に近づいて行く。

「おい、そんな下衆に近づくな!」

 アキナがそう叫ぶが

「今は黙ってあの子の思う通りにさせてあげて」

 ユイが真剣な表情で皆に言った。

「あ、ああ。わかったよ」



「ねえ父ちゃん、元に戻ってよ」

 少年は男を見つめ、小さな声で話しかけた。

「元に、てなんだ? 俺は元から」

「ううん、母ちゃんがいつも言ってるんだ。父ちゃんは本当は優しくて強い人だって。今はちょっと悩んでいるだけだって」

「……そうかよ」

 男は少し俯きがちになった。


「あの」

 ユイが少年の後ろに立ち、男に話しかけた。

「あ、なんだよ?」

「この子に悲しい思いをさせて、父親として恥ずかしくないの?」

「……うるせえよ。あんたの父親は立派なのかもしれないが、俺は」

 するとユイは静かに首を振り

「いい人だったと聞いているけど、わたし自身は話した事がないからよくわからないの」

「え? な、なぜだよ?」


「父様はわたしが一歳の時、病気で亡くなったの」

 ユイは寂しそうな表情で言った。


「え、そうだったのか? 誰か知ってたか?」

 タケルが他の皆に尋ねるが、どうやら誰も知らなかったようだ。


 ユイは少年に尋ねた。

「ねえボク、お父さんの事好き?」

「うん」

 少年はゆっくり頷く。

「今は虐めてるけど、それでも?」

 また頷く。


「……へ、あれだけやられといて、何でまだそう言えるんだよ」

「それはあなたを信じているから」

 男は黙ったまま拳を握りしめていた。


「この子はわたしと違って、お父さんとお話できるはず。楽しい思い出を作る事ができるはず。だから……さ、もう一度言ってあげて」

 ユイが少年を促す。


「うん。父ちゃん、元に戻ってよ」

「元に……う?」

「え?」

「う、う、あああああ!?」


 男が突然蹲ったかと思うと、体から黒い霧が吹き出した。

 だがそれはすぐに消えた。


 そして

「あ、あれ?」

 男の雰囲気が変わり、さっきまでのキツい表情が柔らかくなっていた。


「……俺は、そうだ。この町で二人にいい暮らしをさせてやるつもりだったのに、何も上手く行かず……それで博打に手を出し、いつしか」

「父ちゃん?」

「あ、あなた?」

 少年と女性が近づくと

「う、うう……すまなかったあ!」

 父親は涙を流しながら二人を抱きしめた。



「よかった、これでもう大丈夫」

「そうだな、ユイのおかげだよ」

 タケルがユイの側に寄って話しかける。

「ううん。そんな」

「謙遜しなくていいって。俺はあんなふうには言えないし」

「……うん。あの、タケル」

「ん、なんだよ」

 ユイはタケルに抱きつき、その胸に顔を埋めた。

「え、あの?」

「少しの間でいいから、こうさせて」

 ユイは泣きだしそうな声で言う。

「……うん、わかったよ」

 


「お、ユイちゃんもやるねえ」

「ふふ。タケルってホント何故かモテるのよねえ」

「そうだよねえ。本人はキリカちゃんが、だけど」

「ええ。どうなるかしらね」

 ミッチーとイヨは微笑みながら話していた。


「むう、今回だけだからね」

 キリカがふくれっ面で呟く。

「あれ、キリカってタケルに気があったの? てっきりお兄さん大好きっ子なのかと?」

 疑問に思ったイズナが尋ねると、

「え? そ、そんな事……あれ?」

 キリカは首を傾げた。

「あ~あって、あれ? あたい何でガッカリしてんだろ?」

 アキナも訳がわからず首を傾げていた。



「そうじゃ。この町の者は皆幸せでなければいかんのじゃ。たとえまた妖魔が現れても、あの子達ならなんとかしてくれそうじゃな」

 町長は少し離れた場所でそう呟いた。

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