第55話「虐げるもの」

 この町は出来てからまだ数年しか経っていない。

 

 初めは町長があちこちで人々を誘い、それに応じた者達で町を作った。

 

 やがて町の体裁が整った所で何十組もの家族が町長に誘われ、この町にやって来た。

 その後も良い町があるという噂を聞いた人々が集まり、人口が増加している。

 そして町長は折を見ては色々と催し物を企画して、人々の交流の場を作っていたのである。



 秋祭りの当日となった。

 町の広場には屋台が立ち並び、その中央にはステージが設けられ、歌や踊り、曲芸等が披露されている。


 タケル達はというと、町長からの指名で子供向けの劇をする事になった。

 内容は勇者が仲間達と共に魔王に攫われたお姫様を助けに行く、というシンプルなもので、衣装や小道具などは手作りで本格的なものではなかったが、一生懸命な演技で劇は大盛況だった。

 

「うんうん。あの子達なら出来ると思っていたが、想像以上に良かった。おかげで皆楽しんでいたわい」

 町長は満足そうに頷いた。


 

 劇が終わった夕暮れ時、タケル達は屋台を回って楽しく話しながら食べ歩いていたが、ふとタケルが路地裏の方を見ると、五歳位の少年がそこに座り込んでいた。

「ん、どうしたんだよ?」

 それに気づいたアキナがタケルに声をかける。

「いや、あの子どうしたのかなと思ってさ」

「遊び疲れて休んでんじゃないか?」

「それにしちゃ何か変な気がする。ちょっと俺行ってくる」

 タケルが少年の元へ歩いて行った。


「ねえ君、どうしたの?」

 タケルはその少年に声をかけたが、彼は何も言わず俯いていた。


「なあ、何かあったのか?」

「ね、お姉さんに話してみて」

 アキナやイヨ、他の皆もやって来て少年に話しかけるが、やはり何も言わなかった。


「……もしかして? ちょっとごめんね」

 ユイがそう言ってハアハア言いながら少年の上着を脱がす。


「コラてめえ何する気だ!」

 タケルが止めに入ろうとすると


「はっ? ち、違うの。見て」

「え? ……ああっ!?」

 少年の上半身には無数の傷跡が。

 見たところまだ新しい傷もあった。


「な、なあ、これって賊にでも襲われたのか!?」

 タケルが大きな声で尋ねると、

「こら、そんなに怒鳴るんじゃないわよ。この子怯えてるじゃない」

 イヨがタケルの襟首を掴んで止める。


「ねえ僕、お姉ちゃんでよければ話してみて」

 ユイが少年を抱きしめながら尋ねる。

 彼女の顔が少々ニヤけているが、「この子の話を聞くのが先」と誰もツッコまなかった。


 その後も少年は何も言わなかったが、ユイに抱きしめられて安心したのか、しばらくしてからポツポツ話しだした。


「父ちゃんが、虐めるの」


「え? 父親がって」

「もしかして虐待?」


「何じゃとお!?」

 後ろから声がしたので全員が振り返ると、そこにいたのは町長だった。 


「え、どうしてここに?」


「いや、見周りで丁度この辺りを通りかかったんじゃが、叫び声が聞こえたので見に来たんじゃ。それより」

「そうみたいだけど、もう少し詳しく聞いてみよう。ユイ」

「うん」


 ユイがあやすと、また少年は少しずつ話しだした。


 幼い子ゆえ詳しくは言えないが、話してくれた事をまとめると、


 彼の父親は全く働かず、毎日博打に明暮れているようだ。

 勝ってる時はいいが負けた時は飲んだくれ、少年とその母親に暴力を。

 母親は彼を庇いつつ一生懸命働いているが、どうやら借金もあるようで、ろくなものを食べてないようだった。



「お、おのれ許せん! 儂が成敗してくれるわ!」

 町長が息巻いて走り出したが、すぐに息切れして蹲った。

「なあ町長さん、もう歳なんだから無理すんなよ」

 タケルが町長の背中をさすりながら言う。

「ゼエゼエ、し、しかしこの町の者は皆幸せでなければならんのじゃあ!」

 町長は涙目になって叫んだ。

「わかってるって。だから俺も一緒に行くよ」


「そ、そう言ってくれるのは嬉しいが、これは町長たる儂の」

「皆言ってるけど、町長さんは自分一人で背負い込みすぎなんだよ。たまには人に任せてよ、ね?」

「……う、うむ。そうじゃな。では頼むわい」


「ちょっと待って、私達も行くわ」

「タケルだけだと心配だしねえ」

 キリカがそう言うと、ミッチーとイヨ、その後にアキナ、ユイ、イズナも続いた。

「わかったよ。皆で行こう」




 タケル達は少年の家の前まで来た。

 そして町長と少年を外に残して家の中に入ると、

「あ、何だてめえら?」


 少年の父親であろう男が女性、少年の母親を踏みつけていた。


「うん、話し合いは無用だな。ぶっ飛ばそう」

「そうだな、あたいの必殺技を見せてやるよ」

「アキナちゃん、僕と技の比べっこしようか」

 タケル、アキナ、ミッチーが身構えた。

「ちょっと待ちなさい、ユイちゃんが話したいそうだから」

「さ、ユイ」

 イヨとキリカがユイを促す。


「あの、どうしてこんな事するの?」

 ユイがやや怯えながら尋ねる。

「ああ!? 俺がどうしようが勝手だろうが!」

「奥さんとお子さんが可哀想だとか思わないの?」

「ああ!? 俺がどうしようが勝手だろうが!」

 その後もユイが説得しようとするが、男はずっと同じ台詞を吐くだけだった。


「もうダメね、ぶっ飛ばしましょう」

「ええ。賛成よ」

「ユイ、もう下がりなさい」

 母親を介抱していたキリカ、イヨ、イズナも身構えた。

「ううん、待って」

 ユイは皆を止めた。

「何よ? まだ説得する気」

 キリカがそう言った時、


 ドゴオッ!


 ユイは男に廻し蹴りを喰らわせた。

 そして倒れた男をゲシゲシ踏みつける。


「さ、皆もどうぞ」

「え、ええ……」

 やや怯えながらも全員それに加わった。


「なあミッチー、ユイの蹴り凄かったな。そしてスカートの中も凄かったな」

「うん。黒のTバックって大胆だね」

 タケルとミッチーが小声で話していると、

「あんた達もぶっ飛ばしてあげようか?」

 イヨが二人の方を向き、鬼の形相で睨むと二人は慌てて頭を振った。



 やがて男は虫の息になった。

「う、うう」

「どう、痛かった?」

 ユイが屈んで尋ねる。

「あ、あ」

 男はかすかだが頷いたように見えた。

「これで奥さんや息子さんの痛みがわかった?」

「あ……あ、あ」

「?」

 何か様子がおかしいと思った時、


「グアアアア!」

 男の姿が黒い魔物と化した。

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