「チタさん」―のことを説明するのは、大人になった今でも難しい。

「さすらいのお手伝いさん」というのが一番、近いだろうか。

私が物心ついた頃、いつのまにかチタさんは、村にいた。

私の家は代々、「世（マルヨ）」という屋号で旅館をやっており、チタさんはこの旅館のお手伝いさんだった。彼女が私の家の旅館来るのは忙しい時間の朝と夕方だけで、あとは別の家でお手伝いさんとして働いていた。

チタさんがお手伝いに行っていた、もう一軒の家の表札は「永野・坂田」だった。

夫婦ではないけれど、家族みたいに暮らす永野加奈（ナガノカナ）さんと加奈さんの子ども、それに坂田求導（サカタキュウドウ）さんが住む家だからだ。

キュウドウさんは、終戦後に、ふらりと村に来て、永野加奈さんの家に住みついていた。戦争の時に銃撃を受けて、頭の中に2発、弾が残っているという人で、ちょっと言動におかしなところがあった。

もっとも、私の覚えているキュウドウさんは、寝込みがちで、いつも布団の中でごろごろしている無邪気なおじさんだった。

そして、このキュウドウさんは、ケガや災難に、とても遭いやすい人だった。

川に釣りに行けば急な大雨で川が増水して中州に取り残されたり、１ｍはあろうかという化け物みたいな鯉を釣り上げたかと思ったら、それを食べてお腹を壊した。

そんなあれこれは、ほとんどが新聞に載り、布団と包帯が友達というキュウドウさんは、村の有名人だった。

キュウドウさんは畑や近所のお使いなどをして一応は働いていたが、基本的には加奈さんが外で働いて、家族を養っていた。加奈さんは優しくて面倒見がよくて、その当時では珍しい保険の外交員をしていた。

外に出るとケガしたり病気になって帰ってくるキュウドウさんを一人にしておけず、通いのお手伝いさんとしてチタさんが雇われたのだが、

チタさんもまた、とても変わった人だった。

チタさんはくっきりとした目鼻立ちで、女優のように美人だった。

そして、勉強を教えてもらっていたからわかるのだが、チタさんはものすごく頭がよかった。

田舎にたった一人で旅にきた都会の人という雰囲気があり、その一方で、チタさんは驚くほど、すべてのことがどうでもいいという人だった。

チタさんには、家がなかった。

私は小さい頃、チタさんは、一体、どこに住んでいたのかと、不思議だったものだが、

どこに住むも何もチタさんは、村の近所の家々を泊り歩いていたのだ。

その家が、女が家族と暮らす家だろうと、男の一人暮らしだろうと、夫婦者の家だろうと、

まるで関係なく。

毎夜、体を開きながら。

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