第9話 リンゴの赤

夏が終わる直前、東京のユキジから、ハガキが届いた。

「マトちゃん、帽子、アリガト」ハガキには、それだけ書かれていた。


ハガキを受けとった俺は、ユキジの小屋がススになって消え果てた焼野原に一人、立っていた。

目の前には、墓がずらりと並んでいる。

子どもだった俺には何が本当で、何が呪いなのか、わからなかった。


ユキジの母親やそのお腹にいた赤ん坊、それから祖父母が死んだのは、そのころ3歳だったユキジが、ハチマキ石を後ろに投げなかったために起きた呪いだったのか。

呪いだとしたら、どうして、ユキジの父親は、死ななかったのか。

もし、「ユキジの父親の行信さんは東京にいて、村にいなかったから呪いを逃れた」

のだと考えると、改心した父親とともに、村を離れることが決まっていたユキジが、

村中のハチマキ石を集めて、川に捨てたのもわかる気がした。

ユキジが呪いから解放したかったのは、自分じゃない。

俺や俺の母親、村に残る人々だ。


墓小屋に火をつけたのは、誰なのか。

電子機器の会社に勤めていた頭のいい行信さんなら、警察に気づかれないようなタイマー仕掛けの発火装置くらい簡単に作れたろう。

考えたくはないが、ユキジという存在に恨みのあった俺の両親にだって、できただろう。

それとも、呪いに憑りつかれた村から逃げたかったユキジ本人なのかもしれない。

あるいは、すべては本当にハチマキ石の呪い、なのかもしれなかった。


秋に向かって全速力で駆けて行こうとする雲を見上げて、俺は思い出す。

ユキジの手の中にあった、腐った、あきらかにヤバそうなお供え物たち。

「マトちゃん、食ベナ」一緒に食べようと、何度も何度も誘われた、あの声を。

あれは、ユキジからの精一杯の贈り物だった。

俺がどんなに殴っても、邪険にしても、「マトちゃん、マトちゃん」と、とてとてと後をついてきたユキジ。

それは俺が、火事から救い出してくれた命の恩人である人の子どもだったからだ。


爪がはがれ、手が血だらけになっても、必死でハチマキ石を掘りだそうとしたユキジの小さな手。

ユキジは言った。

「ダッテ、マトちゃんノ父ちゃんト母ちゃんガ死ンダラ、アカン

アンナ、オイシイおにぎりヲ作ル母ちゃんガ、イナクナッタラ、アカン」


俺は、母親に頼んで作ってもらったおにぎりを、ユキジの母親が眠る墓に供えた。

それから、ゆっくり墓を一周して、そこにある墓の一つにリンゴが供えられているのを見つけた。

「マトちゃん、アゲル。食ベナ」というユキジの声が聞こえた気がした。

「ユキジ、俺、こいつを、もらうわ」

そう言って、太陽でぬるく温まったリンゴをガシュッと齧った。



それからだ、俺が呪いにとりつかれたのは。

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