第8話 過去の赤

ユキジ親子の住む墓小屋が燃えたのは、テレビのニュースにもなった。


ニュースのテロップには

「内藤行信(ないとう ゆきのぶ)さん 33歳の家」とはっきり出たし、

「内藤行次(ないとうゆきつぐ)ちゃん 8歳」と、ユキジのことも出た。


火事の時、二人が不在で死ななかったことも、もちろん報道された。


夕食の時間に、家族とそのニュースを見ながら、俺は言った。

「ほら、母ちゃん。俺が話した墓ガキ、ちゃんといたろ?」

しかし、母親は肩を震わせて答えず、ぽとんぽとんと、

焼き魚の乗った皿の上に涙を落とした。

「テレビを消せっ!」突然、親父が叫んだ。

そして、待ちきれないというように親父がリモコンをひっつかんだ。

次の瞬間、ブツンと、テレビの中から、火事の映像が消えた。


それから、親父が俺に話したことは、9歳の俺には、よくわからない内容だった。

大人になった今、いろんな想像をつけ足して話すと、ようはこんなことだった。


ユキジの父親、行信さんという人は、もともと村の中でもエリート中のエリートで、5年前までは電子機器の一流メーカーに勤めていた。その頃は東京に単身赴任していて、週末に、妻と子のユキジのいる村にやってくるという生活をしていたらしい。

しかし、原因不明の不審火が起き、子どものユキジとともに実家で暮らしていた奥さんは焼死。

当時、行信さんの奥さんは、妊娠していたという。

そして、お腹の赤ちゃんともども火事で消し炭になったユキジの母親と、俺の母親はとても仲がよかったのだという。

ちょうどその頃、俺の母親も妊娠していた。そんな妊婦同士の気安さと親しみで、二人はよく互いの家を行き来していた。

そして、妊婦だった母親は、5年前に起きたこの火事の第一発見者になった。

当時、3歳だったユキジを、炎がまわる家の中から救い出したのも、俺の母親だった。

それだけでなく、火事でいっぺんに祖父母と母を亡くした幼いユキジが可哀想でほっておけなくて、内藤家の葬式にも出た。


俺の村には、迷信がヘドロのように染みついている。

例えば、妊婦は、火事を見てはいけない。見ると赤あざの子が生まれる、だとか。

妊婦は、葬式に出てはいけない。出ると赤ん坊を黄泉の国に連れていかれる、だとか。


俺の母親は、その優しさから、禁忌を破った。

結果として、それから数カ月後、俺の母親は、お腹の赤ん坊を死産した。

その赤ん坊の顔に赤あざがあったかどうかは、俺は聞いていない。


けれど、そのあと、ユキジの存在を、俺に否定したことからして、

きっと赤あざがあったんだろう。

俺の母にとって、ユキジは亡くした自分の赤ん坊につながる、忌まわしい存在だったのだ。

たとえ、ユキジに罪がないとわかっていても、そんな子どもはいないと、全力で俺に否定しなければならない位に。


一方、妻とお腹の子を亡くして、ユキジとともに取り残された行信さんは、どうしても妻の元を離れられないと言って、仕事もやめて墓守番になった。

どうやら行信さんは、小屋を建てたところだけ、土地を買い取っていたらしい。

けれど、その一方でユキジの悲惨な姿、悲惨な生活ぶりには目がいっていなかった。

行信さんは、きっと死んだ奥さんが好きすぎて、頭がおかしくなっていたんだろう。


ところが、そんな行信さんをハチマキ石と自殺したおじさんの腐乱死体が変えた。

ユキジを迎えにいくため、警察に呼ばれた行信さんは、そこでユキジの汚い風体や栄養状態のひどく悪いことを指摘され、警察でたっぷりと諭された。

子どもだったユキジの代わりに、保護者として、警察でいろいろ証言や書類にサインなどもしなければならなかった。その中で見た悲惨な腐乱死体の有様は、行信さんに何かを思わせたのだろう。


行信さんは、かつていた会社のつてを頼って、東京で仕事を決め、ユキジとともに村を出た。

その翌日、小屋が燃えた。

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