第7話 腐乱死体の緑

「なんだよ、それ!」

俺は、ユキジが手にしたロープと、ロープにつながった男の腐乱死体と、その腐乱死体がのったトタン板と、そのトタン板の上に載ったコンクリートブロックと、1m近い竹笹を見た。

腐乱遺体の体には、木の葉っぱがあちこちについていた。

それを見て、ユキジが河原につながる林の中から、死体やら何やらを運んできたのが分かった。


コンクリートブロック+ロープのついた死体+木の葉っぱ=首つり死体


それくらいの計算は俺にもできた。

でも、なぜ、ユキジがこんなものを持ってきたのかがわからない。

しかし、ユキジはずるっと青っぱなをすすりあげて、「任セテ」と言った。

そして、「ウンセッ」と言うと、コンクリートブロックを持ち上げて、俺の頭上にかざした。


おい、何すんだ、やめろ!!

ユキジ、やめてくれ!!!


俺は穴の中に頭をねじ込み、恐怖でぎゅっと目をつむる。

しかし、どれだけ待っても、俺の頭にブロックが落ちてくることはなかった。

そっと目を開けて、首を出し、外をうかがってみると

ユキジは、何か距離をはかっているようだった。


ドン! ドン! ドン!

しばらくして音がして、コンクリートブロックが3つ、俺から1mほど離れた所に積まれた。


なんだ、なにが起きているんだ?

俺は、穴の外に、もぐらたたきのもぐらみたいに、にゅっと首を出した。その瞬間、次に太い竹がブォンとうなりをあげて、俺の頭に迫った。


ひっ!

俺はまた、頭をひっこめる。


恐怖の中で俺は叫んだ。「おい、ユキジ! 俺は出るぞ、穴からもう出るぞ!」

ところがユキジは「マダ、ダメ!」と叫ぶのだ。

「何をしているんだ、お前は!」

「石、石ヲ探シテル!」

は?石?ここは川原だ、石なんて幾らでもある。

しかし、ユキジは河原に四つん這いになって、がちゃがちゃと石を選んでいた。

「違ウ!」

「コレモ違ウ!」

そう言って、ポイポイ石を後ろに放り投げている。


そんなユキジの姿は、賽の河原で積み石をする子どもに似ていた。

川のある俺の村では、子どもの水死が絶えない。

物心ついたころから、大人たちにさんざんっぱら聞かされてきたから、賽の河原の話は頭にこびりついている。

親より先に死んだ子どもが、その親不孝の報いを受けるために、河原で石を積まされるのだ。

えんえんとー。そして、積み上げたその石は、毎度、賽の河原の番人だか、鬼だかに、無常に蹴り飛ばされる。報われない努力だ。


俺は、きっと今から、ユキジ、あるいはハチマキ石に殺される―そう思った。

父ちゃん、母ちゃんの顔、死んだじいちゃん、ばあちゃんの顔が浮かんだ。


「アッタ!」ユキジの声がする。

その手に尖がった三角の石を持っている。

ユキジはコンクリートブロックと竹の間に、その見つけた石を置いた。

それから、手に黄色いロープを持って、こちらに向かってくる。ロープは、死体から垂れた臭い液体がべっとりとついていた。


いやだああああ

助けてくれええーーーーーーーーー!


俺が叫んだ次の瞬間、

「マトちゃん」

俺の目の前に、ロープが垂らされた。

「あ?」

腐乱遺体の臭いがたっぷり染みついた臭いロープが、俺の目の前でぶらぶらと揺れていた。

ユキジが言う。「コレ、カケテ」

まさか、腐乱死体みたいに、俺も首に、このロープをかけろって言うのか?

俺はいやだと首を振った。

けれど、ユキジはダン!と足踏みをした。「早ク!」

「いやだ!」怒鳴り返した俺に、ユキジが怒鳴った。

「早ク、ロープヲ石ニ、カケテ!」

え?ユキジが怒鳴るのなんて、初めてだった。

ユキジは続けた。「早ク! ロープヲ、シッカリ石ニカケタラ、穴カラ出テ!」

すごくはっきりした声だった。ユキジがこんなに長い言葉をしゃべるのは、初めて聞くような気がした。驚いて俺が目を見張っているとさらにユキジの声が飛んだ。

「てこダヨ! てこノ原理デ、ハチマキ石ヲ、穴ノ外ニ出ス」

よくわからないまま、とにかく俺はハチマキ石にとりついて、必死でロープをかけた。

「かけた!」俺がそう叫ぶと、ユキジが言った。「穴カラ出テ!」


俺が穴から出ると、ユキジはハチマキ石にかけたロープを、竹にしばりつけた。

3つ重ねたコンクリートブロックの上に尖った石、その上に長い竹。

竹の先にはハチマキ石を縛り付けたロープ。

それは確かに自作のてこだった。

そしてその横には半分腐った死体がトタン板の上で白くにごった眼を、ぼかっと開いていた。


雨はいつの間にか止んでいた。

俺は、ハチマキ石と反対側の竹の先っぽに向かって、

希望に満ちた足取りで走り出そうとした。


さ、このてこに、俺とユキジの二人分の体重をかけるんだな。


しかし、俺の手をはっしとつかんで、ユキジが言った。

「マトちゃん、コノ男ノ人、オンブシテ」

えっ!! 俺は、ハエがたかり、ウジたちのアスレチックジムになっている腐った男を見た。


ユキジは言った。「僕+マトちゃん+死ンダオジサン、タブン全部で120キロ位ニナル。

ソレ位ナイト、コノ大キナ、ハチマキ石ヲ飛バセナイ」


ユキジはガリガリでチビで、体重が15キロくらいしかなかった。

対して俺はデブで、9歳なのに50キロくらいはあった。

15キロのユキジに、60か70キロある死んだおじさんをおんぶするのは無理。

どう考えても俺しかいなかった。(泣)


「早ク、オブッテ」ユキジがダン、と足を踏み鳴らした。

どう考えても俺しかいなかった。(泣)

俺はかぶっていた野球帽を、「これ、やる」と言ってユキジにかぶせた。

かぶったままだと、ドロドロぐちゃぐちゃ腐敗ガスでパンパンの死体で汚れる。

どうせ汚れるなら、ユキジにやった方がまだマシだった。


「母ちゃん・・・」

と口の中で何度も言いながら、

俺はおんぶをするために、腐ったおじさんの元に向かった。

全体的にちょっと緑がかっていて、腐乱遺体は、カッパのようだった。

ぶよぶよの肉というか骨がちらっとのぞく顔が、全力で「オレは不幸だ」と叫んでいた。

おじさんの冷たい腕をつかんだら、ずるうっと肉がもげるようにちぎれた。

(このおじさんは、もう死んでいるんだ)

と自分に必死に言い聞かせて、ぐっちゃと、骨を強くつかむようにして背負う。


びちょんと背中で肉の揺れる音がした。重いのか冷たいのか臭いのか、よくわからない。

ピトンピトン、ウジが俺の首筋に落ちる。

ポロンポロン、歯が俺の背中に落ちる。

考えるな、感じるなと俺は思った。


そして、俺とユキジは竹の端っこに向かって走り出した。

ハチマキ石に背中を向けて、3人で竹に飛びのる。


ビン!!


股間にきつい衝撃がきて、ハチマキ石が空を飛ぶのを俺は見た。


ばちゃーーーーーーーん。


ハチマキ石は、派手な音を立てて、川に突き刺さった。

くりっと腰がくびれたハチマキ石。それはなんだか女の人の体に、俺は見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る