第3話 ハチマキ石の白

大人になった今でも、俺はくっきり思い出せる。

ユキジの手の中にあった、腐った、あきらかにヤバそうなお供え物たち。

「マトちゃん、食ベナ」

一緒に食べようと、何度も何度も誘われた、あの声を。


墓のお供えもんなんか食ったら、あの世に連れていかれるー。

あの頃、俺は、そう信じていた。


俺の村には、迷信がヘドロのようにしみこんでいた。

例えば妊婦が火事を見ると赤あざのついた赤ん坊が生まれるだとか、

妊婦が葬式に行くと、お腹の子が流れるだとか。

村の誰も彼も変に迷信深いところがあって、そのおかげで、ユキジ親子のような人間も墓の隅でかろうじて生かされていたんだと思う。


迷信の中でも「ハチマキ石」は、子どもたちの中でかなりヤバいものにランクづけされていた。

川が流れる俺の村。

その河原を埋める河原石の中に、ハチマキを締めたように白い筋がぐるっと一回りした石がある。その石のことを俺たち子どもは「ハチマキ石」と呼んでいた。

そして、この石を最初に見つけた者は、後ろ向きで後ろに投げないと親が死ぬーと言われていた。

それは単なる迷信じゃなかった。証拠がある。

噂では数年前、村のある一家が、ハチマキ石の呪いで、子どもも含めて4人全員惨殺されたという。なんでもその家は一家全員惨殺された後、火をつけられて全焼したらしい。

実際、村には、その家の建っていた場所だという空き地もあった。

俺たち子どもは、その空き地では決して遊ばなかった。

ハチマキ石に連れていかれるのが怖かったからだ。

それくらい、その空き地には冷たい気持ち悪い空気が流れていた。

ぽっかりと空虚に広いその空き地には、何もなく、石ころ一つ、落ちていない。


その日、いつもの親父のお使いで、河原を歩いていた俺は、ハチマキ石を見つけた。

5センチくらいの丸い石に、くるりと巻かれたハチマキ模様。

(父ちゃん、母ちゃんが死ぬのは勘弁や)

と俺は石を拾い上げ、後ろを向いて「ヤッ」とぶん投げた。


次の瞬間、「ボグッ」と奇妙な音がした。

振り返ると、ユキジがそこにいた。

胸をおさえている。

その手に俺が先程投げたハチマキ石が握られていた。

俺の投げた石が、胸に当たったらしい。

ユキジは、いかにも痛そうなマヌケな顔をしていた。

「ハチマキ石!」とユキジが叫んで、笑う。

俺はお使いに行かなきゃ、とユキジを無視して歩き出した。

その足が、ガツッ!!と何か固い物に取られた。

つま先が、ビーンと痛みで鳴って、俺はよろけた。

俺は目の前に飛んだ火花に、面食らいながら足元を見た。

そこには尖った三角の石が、河原から10㎝ほど飛び出していた。

そして、その石には、白い筋がぐるりと刻まれている。

(ハチマキ石だ)

石は、いかにも大きそうに見えた。

石の大部分は地面の中に深くうずもれており、掘り起こして、それを拾い上げて、

後ろに投げるのは、とても億劫(おっくう)に思えた。


次の瞬間、俺の中に意地悪な思いつきが浮かんだ。

俺は石から顔を逸らし、足元のハチマキ石を指差した。

「あっれえーーーー、ユキジ、俺の足元見てみ!なんかないか?」

「エ、ナニナニ?」

ユキジは喜んで、飛びつくみたいに俺の足元を見た。

次の瞬間、「アウッ・・・」という声がユキジの口から漏れた。

「これ、ハチマキ石だよな」

俺はユキジの肩をがっしり抱いて、逃がさないぞというように言った。

「ウン、ハチマキ石」ユキジの脂っぽい臭いカラダが、ぶるぶる震えていた。

「ほら、はよ、拾って、後ろに投げんと親が死ぬぞ!」

このハチマキ石をユキジが掘り出して、後ろに投げないと、俺の父ちゃんと母ちゃんが死んじまうという恐怖が俺にはあった。


俺の脅しに、ユキジは覚悟を決めたように

「ウン、僕、ヤル!」と言って、河原にふせ、必死でハチマキ石を掘りはじめた。


そうだ、そうだ、早くやれ、爪がもげるまで掘れ、掘りやがれ

と俺は思いながら、四つん這いになって河原の土をがしがしと掻くユキジの尻を見ていた。


ところが。

ユキジがどれだけ掘っても掘っても、石はその全容を、俺とユキジには見せてくれなかった。


俺は途中で、河原に落ちている流木を見つけ、「これで掘れ」と言って、ユキジに渡した。

しかし、30㎝掘ろうと40㎝掘ろうと、ハチマキ石は、がんとして土に埋もれて、

動かなかった。

だんだん俺は怖くなってきた。


ユキジの汗と鼻水が、ボタボタとハチマキ石に落ちる。

ユキジの爪が真っ赤になって、ハチマキ石の白をあちこち汚した。


途中で疲れたのかユキジは、お供え物の腐ったリンゴをポケットから出して食べた。

「マトちゃん、食ベル?」

そう言われて差し出されたリンゴに、俺は首を振った。

ユキジは河原を掘る手は止めないで、ガシュガシュとリンゴを食べ進めた。

食べているうちに、ユキジの歯がぽろんと抜けた。

「アハ、抜ケタ!」言うなり、ユキジはその歯を血だらけの指でつまんで、俺の手に乗せた。

「コレ、マトちゃんニアゲル」


汚(きたな)っ! 俺は、その白い歯を振り払い、それからわざとらしい大声で言った。

「ああ、そうや!!俺、お使いの途中なんや。もう行かな!」

俺の言葉に、きょとんとした顔でユキジは、頷いた。

「オ使イ! オ使イ。マトちゃん、ハヨ、行カナ!」


いっこうに出てこないハチマキ石も、ユキジのバカさ加減も何もかもが、俺には怖かった。

怖くて、怖くて、その場にいるのはもう限界だった。

俺は、ユキジの歯の抜けたマヌケな顔に向かって、投げつけるように言った。

「オイ、ユキジ、ハチマキ石、絶対、掘り起こして、後ろに投げとけよ!」

それから後も見ずに俺は、走り出した。

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