15. 別れの時

15-1

 大学二年次の冬休みが明け、中断されていた講義が再開された。相変わらず僕は永田と、そして左良井さんは咲間さんと主に行動を共にしている。左良井さんとの距離はさらに遠くなり、左良井さんとの時間はさらに遠い過去に変化していた。そしてもうこれ以上の変化なんてないんだと、悟り始めてさえいた。

 知らせは突然に、そんな僕の手元に舞い込んでくる。期末考査も落ち着き、年度の終わりを待っていた矢先だった。

『急げ!』

 いい加減、ちゃんと本文を想起させる件名を書いてくれよと思いながら携帯を手に取り操作する。もちろん、永田からのメールだ。

『左良井さんが、編入で来年どっかいっちまうって!』

 天地がひっくり返る音が聞こえた気がした。体が、心臓の鼓動以外の動きを一瞬忘れるほどの衝撃。

 その手があったのか、とおそらく三十回は頭の中で反芻した。優秀な左良井さんにはその手があったのか、自分の運命を切り開くにはその手があったのか、僕から離れるにはその手があったのか……。

 堂々巡りの迷路の中、僕の思考は立ち止まっていた。



『聞いたよ、編入のこと。久しぶりに少し話せないかな』

 文章を打っては全部消しを繰り返して、結局送ったのはこんなつまらない文面だった。もっと良い言葉があったような気がして、送信済みのメッセージを何度も読み返しているうちに、左良井さんが待ち合わせの談話室に現れた。

「こういう場合、『おめでとう』が正しいのかなあ」

「やりたいことが見つかったの。今の自分を肯定するために」

「それは確実におめでたいことだね。応援するよ」

「春休みまではここで勉強して、ここの三年生にはなれないっていう算段ね」

 左良井さんと迎える春が突然絶たれたことは、少なからず心残りだった。僕はちゃんと左良井さんをまっすぐ見据えて一息で言い切る。

「話せなかったことがあるんだ。それをちゃんと、話したくて」

 目を合わせることはお互いに慣れていない。ピンと張った糸が緩むようにどちらからともなく視線を外す。

「……私も編入のこと、自分の口から話したかった。でもきっと話せないままここを離れてしまうんだろうなって諦めてた。だからこうして声をかけてくれて、ありがとう」

「僕もだよ。左良井さんに一番に話そうとしたことだったのに、結局もう永田に話しちゃったんだ」

 皮肉なことに、離れると分かってしまった僕らはようやく心を開くということを知る。それは、いちいち感傷に浸っていないと、傷口の多い僕たちは黙って鬱ぎ込むことを良しとしてしまうからなのだろう。

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