14-2

『越路謙太様

前略

 何度も筆をとってはみたものの、罪深さに最後まで言葉をしたためることもままならず、驚かせてしまうことを承知でこうして突然にご連絡をとることと相成りました。申し訳ありません。

 もう一度真奈美先輩に会いたいと、願うことも許されない日々は存外に苦しく、きっと私は近いうちに自らこの世を去るのだろうと思います。その前に、出来ることをすべて片付けて、誠に勝手ながら言いたいことを言ってしまって、そうしてから終わりにしたかったのです。

 写真部で真奈美先輩にお会いした瞬間から、真奈美先輩を美しく撮ることが私の生き甲斐になりました。体の表面から滲み出るほどの人の良さ、それでいて自分というものを強く持っている先輩を見るたびに胸が熱くなる感覚を覚えました。

 ある日、先輩の口から越路先輩と許斐先輩の存在を知り、その楽しそうな口ぶりに無性に苛立ったことは今でも鮮明に覚えています。当時の私はお二人に、特に越路先輩に今すぐにでも会わねばならないと思いました。

 生徒会室に出入りできるようになってからは、真奈美先輩の様々な表情をカメラに収めることができました。収穫といえばそうなのですが、私は全く満足できませんでした。このような美しい写真が、『あなたがいないと撮れない』ことに気づいてしまったからです。

 積もりゆく不満の末ついに私は、人道を失いました。

 あなた方さえも知らない先輩を、誤った方法で求めてしまいました。

 有頂天でした。あなたたちの名前を出せば、先輩は私の要求に応えてくれました。形だけでも好きな人を所有できたような気分になれて、心から嬉しいと感じていました。

 しかし先輩の心まで支配することは出来ませんでした。先輩の中にはいつも、越路先輩がいらっしゃったからです。

 どうやって先輩の心からあなたを追い出すか、かなり悩みました。越路先輩が私に対して警戒心をお持ちだったのは、初めてお会いした日から分かっていましたから。そして至ったのが、「越路先輩に、真奈美先輩を裏切らせれば良い」という結論でした。

 部室でコンクール用の作品の準備を詰めていた真奈美先輩に、『越路先輩に個人的に呼ばれている』と一声かけて生徒会室に向かう。準備はたったこれだけでした。後は越路先輩と無駄な話をしながら、入り口に注意を向けていれば良かったのです。ひっそりとした気配を感じたら、越路先輩の唇を奪う。計画はそれだけでした。越路先輩の警戒が思った以上に固いものだったので、計画通りに実行できたのは幸運の一言に尽きます。

 ……幸運、と呼ぶのは不適切ですね。すみません。

 生徒会室を後にして階段を降りる私に、真奈美先輩はすかさず声をかけました。真奈美先輩に、私に逆らう術はもう完全に失われたと、当時の私は妄信していました。

 あの真奈美先輩が手段を選ばないなんて、心にも思っていなかったのです。

 あとは、先輩が目にした通りです。


 私さえいなければ、真奈美先輩がこの世を去ることはありませんでした。でも、望みが全くなかったわけではありません。

 越路先輩、あなたに救って欲しかった。

 私を傷つけてでも、私から真奈美先輩を守って欲しかった。

 それが出来たのは、きっと越路先輩だけだったでしょう。


 ……そう思っていた時期もありました。きっとそのことで越路先輩も、ご自分を責めていらっしゃるのではないかと存じます。

 でも最近になって、それは大きな間違いだと気付きました。

 真奈美先輩が最後に息をしていた瞬間、あなたが叫んだ「やめろ」という言葉は確実に届いていました。倒れる真奈美先輩の目から流れる涙と、その後でゴクリと動く白い喉を、私は確かに見たのです。


 私が話せることは、以上になります。


 最後になりますが、償いになるのかどうかもわからないままに幾らかの写真をお送りします。お送りした分を除いて、問題の写真を含めた手元の写真とネガはとうの昔に焼却しました。私の手元に先輩方が写っているデータはもうありませんので、ご自由にお取り扱いください。

 さようなら。真奈美先輩の分まで、どうかお元気で。

かしこ   

須崎菜津子』



 どうやら遺言のつもりらしい。いやにはっきりと落ち着いた筆跡で書かれた手紙だった。突然に送られた遺言めいた手紙を、どうしてか同じくらいの温度で読んでいる僕がいた。脇では永田が一枚一枚丁寧に写真に目を通している。

 僕も数枚手に取ってみる。

 生徒会室でファインダーを覗くマナ、ハセに馬鹿な話を持ちかけて朗らかに笑うマナ、僕と一緒に会議資料を睨みながら、真剣な表情で口を開いているマナ。適当に手に取ったのに、どれもよく写っている。写真の向こうで笑う僕たちの中に、カメラを意識してぎこちなく笑う表情は一つもない。須崎が腕のいい写真家だというのは、本当らしい。

「良い写真、発見」

 永田がそう言いながら、一枚を僕にそっと渡した。手前には、おそらくいつものようにハセとくだらない話をしている僕が写っている。しかしピントはそれよりももっと奥に合わされていた。

「はは……綺麗な顔だ」

 触れたら消えてしまう小雪のようなマナの笑顔だった。ただ静かに微笑みながら、切なそうに僕を見つめる優しい視線が胸に痛い。

 忘れかけていたあの日のままのマナの笑顔を思い出せて、僕はほんの少しだけ、でも確実に救われた。

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