13. 悪夢
13-1
こんな僕にも特技らしい特技を自覚し始めた。技、というほどのものでもないけれど。
「ケン、どうだった?」
期末試験の結果が個票によって個人に知らされた。僕は答える代りにその紙切れをハセに渡す。
「うわ……クラス一位じゃないっすか」
「まあ今回は何となく手ごたえが良かったからこんなもんかな」
「言ってみてえーそんなセリフ」
ハセだってさして成績が悪いわけじゃない。むしろ、以前まではハセには手も足も出なかった。
「ハセは……忙しいか?」
「いや別に。ただ、前よりは熱を入れなくなったかなあ。なんでだろう」
「生徒会かな?」
「かもね」
爽やかに笑ってそう返されると、僕は複雑な気持ちになる。勉学をおろそかにしてまでのめりこむほどのことじゃないだろう。自分を犠牲にしてまで学校を良くして、お前に何が残るんだ、と。
「……っと、もうこんな時間か。ちょっと囲碁愛好会が部活に格上げしてほしいって言うもんだから活動状況視察しなきゃいけないんだ。頼むけど留守番よろしく」
「頼まれた」
颯爽と生徒会室を出ていくハセの背中を見送る。入れ違いに小さな人影が見えた。
「お邪魔します」
黒艶をたたえた髪は、今日は黒くて地味なカチューシャで飾ってあった。我が物顔で生徒会室に入ってくるその余裕そうな顔に、毎度のことながらいい気分がしない。マナから話を聞いてからは尚更だ。
「ハセ先輩とすれ違いました。忙しそうですね。ケン先輩は暇そうですね」
須崎奈津子のその物言いも、敬語を使いはするものの大概失礼なものだ。今はマナがいないからそれは尚更である。
「君が来るときはどうしてか、残念なことに暇なんだよ」
そして決まってあの事を聞いてくる。
「ケン先輩って、本当に好きな人いないんですか?」
「さあね」
「あ、いるんですね」
「不確定な要素を想像で補うのは、賢いとは言えない」
毎度交わされる同じやりとりに、なぜ飽きないのかと不思議に思うくらいだ。
「ふふ、ひどいです」
「どうもひどい人です。恋愛するならよそでどうぞ。ハセでも可」
いつまでもコロコロと笑い続けるその様子が、少し奇妙でもあり恐ろしくもあった。
「君は……よく笑うんだね」
「だって、先輩が面白いんだもん」
「僕が面白いなら、君はニュースを見ても笑うんじゃないの」
「そういうとこ!」
僕は手元に広がった資料を部屋の端の棚に片づけ始めた。わざと時間をかけて、心ではハセの早々の帰還を祈る。
「……先輩、」
いつの間にか彼女は僕の背後に立っていた。
「びっくりしました? ほら、動物とか昆虫の写真を綺麗に撮ろうとするとこんなことも身についちゃって」
物音も気配すらも消せるその技に僕は恐怖さえ感じた。後ずさろうとするものの、一歩下げたその脚は棚に打ち当たる。
「……何も怖くないですよ?」
そんな僕に構うことなく、彼女は僕の胸の当たりに手を伸ばしネクタイを強く引っ張った。自らの低い身長に合わせろとばかりに僕の頭を引き寄せる。そして僕の初めての唇を無情にも奪い去る。
「ただ、マナ先輩は、あたしのものです」
それはキスと呼ぶには到底味気ない、言ってみればマーキングのような口づけだった。
「発言と行動の関連が見えてこない。とりあえずこういうことは相手の了承を得てからしてくれないかな」
「そういうことはもう少々の抵抗を見せてから言ってくださいね、ケン先輩」
清楚に歩き出す須崎の背中で、美しい黒髪が揺れていた。扉に近づくと、その向こうからハセの疲れた顔が近づいてくる。遅すぎたと言えばそうなるが、変なところを見られずに済んだから結果的によかったのかもしれない。
「お、ナッちゃんか。いらっしゃい」
くたびれた表情が、須崎を前にしていつもの会長モードに切り替わる。須崎は丁寧に会釈をして、「近くに来たので、ご挨拶だけ」と言い切ってそのまま退室した。大したものだと思った。
「おしゃべり?」
「他愛無い方のね。……そういやマナは?」
「写真部の部室にいたのを見かけたよ。なんか忙しそうというか、厳しい顔をしてたよ。文化部はこの時期コンクールも近いし仕方ないね」
僕は壁にかけられたカレンダーを確認する。今日は水曜日だ。
「ふうん……。今日は写真部の活動日じゃないだろう。マナはそんなに忙しいのに、なんであの子は暇そうなんだろうね」
少し考えて、曖昧な笑顔でハセが答えた。
「……そういえば、そうだな」
「ま、どうでもいいけど」
どうでもいい。さっきのことも、さっきの須崎の発言も。
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