12-6
マナは地元の学生コンクールで上位の賞をもぎ取る程度にはカメラの腕がある。大人も集まって投稿する雑誌に何度か載ったことがあるとも聞いていた。しかしその彼女が褒めちぎるほど須崎は群を抜いてその才があるのだという。
「この間お家に招待されて、写真の話をいっぱいしてもらったわ。あの慎ましそうなナッちゃんがすごおく楽しそうに話すんだもの、時間が経つのを忘れちゃうくらいだった」
須崎にとってカメラは幼き頃からの必携品であり、撮り溜めてきたフィルムの数はもう部屋の収納という収納を埋め尽くすほどだったという。
「フィルムって、そんなに大きいものじゃないよね」
よく知らない知識を知った風に疑問で投げかける。
「うん、フィルムケースとか昔よく見なかった? あのサイズよ。それが時系列順に箱に並べて全部保管されてたの」
その几帳面さは逆に薄気味悪さを助長させた。家の中まで完璧すぎるというのか。
「今まで撮ったことのない被写体が欲しいんだって彼女が言い出したの。撮ったことないものを、自分が大切だと心から思えるものを美しく撮ってみたいって。あんなに熱心な顔もできるのねあの子」
「それがお前の……?」
言葉を濁してしまう。年頃の男子が聞くにはなかなか際どい話であった。言いにくかっただろうけど、前置きである程度の心の準備はできていたから、マナの話す順番は正しかったのかもしれない。
「写真投稿雑誌に載った女の人の体で、綺麗だなって思ったことはあるよ。構図とか光の差し方とか表情の繊細さとか、やっぱり経験豊富な大人はすごいなって率直に思うもん。でもそれはモデルがプロだったりするからできることでもあるの。あたしなんかじゃ絶対そんな役目こなせられないよ……」
「ちょっ、なんでモデルになること前提なんだよ。普通に恥ずかしいから嫌だって断れば済む話じゃ……」
自分で言っていて失言だったことに気付く。
「そんなので断れるなら、悩んでないよ」
……全くだ。マナを無理に笑顔にさせるような話の流れを作らないように気をつけながら話す。
「どんな風に須崎はモデルを強要してくるの。脅されたりはしてない?」
「強要だなんてそんな」
「断ってるんでしょ? なのに断りきれないんだから強要って言って言いすぎじゃないよ」
二の句が継げないまま、マナと僕の間を時間だけが過ぎていく。
「『憧れ』なんだって……」
かろうじて聞こえる声量で、マナはうつむき加減に答えた。
「こんな実力もなにもないあたしに、会った時から憧れてるんだって……だからあたしのこと何でも知りたいんだって。交友関係も、普段の過ごし方も……全部知りたいんだって。こんなに後輩に慕ってもらえるの初めてで、嬉しくて、力になれることならしたいっていう気持ちがあるの」
ナッちゃんは才能もあるし……と付け足した言葉に力はなかった。
「いいか、マナ」
薄気味の悪さが僕の中で最高潮に達した時、僕は深く考えずに勢いで喋っていた。マナの肩を両手で掴んで、自分の目を見るように促す。
「大切だからって全部知りたがるなんて、そんなの本当じゃない。本当に大切だと思ってるなら、そういうことは時間をかけて知るべきことのはずだ」
ぐっと手に力が入る。ブレザーの下に隠れた肩が震えていた。
「悪いことは言わないから。勇気と覚悟が必要かもしれないけど、断るんだ、マナ」
目の前にある二つの大きな瞳に、じわっと透明なものが滲む。ありがとう、とはっきりと言葉にして、マナは僕の胸を借りてしばらく泣いていた。
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