12-5

 真っ白なワイシャツを、例年より強い夏の陽射しが照りつける。僕たちと生徒会はやたらと攻撃的な高校二年生の夏を迎えていた。

「もうすぐ生徒会選挙だね〜緊張する……」

 弁当の蓋を開け小さく手を合わせながら、僕は生徒会室でいつも通りハセとマナと他愛のない話をしていた。

「お互い頑張ろうな」

「まあ、僕は信任投票だけどね」

 母親の配慮から梅干しが常時入った弁当を食らう。クエン酸が食物の腐敗を防いでくれるらしい。

 僕とマナは生徒会副会長に、ハセは生徒会会長に立候補する。僕は対立候補がいなかったために一安心だが、会長のポストには生徒会活動に今まで無縁だった運動部の男がもう一人立候補した。でも僕が思うに、そんなのハセの敵じゃない。

 紙パックの野菜ジュースをチューと吸いながら、おかずの入った僕のボックスをハセがじろりと覗いてくる。

「また野菜ばっかりかよー。お前いつタンパク質とってんの?」

「朝と夜。嫌でも母さんが出してくるよ」

 肉や魚といったたんぱく質がどうも苦手なのだ。味とかそういうのが嫌いなのではなくて、肉を食べるという行為に軽い嫌悪感さえ感じる。

「そだ、ハセ。あの子とは結局どーなったの?」

 マナが目を輝かせて楽しそうに聞いてくる。あの子……?

「……付き合った」

「え!」

「もう終わったー」

「ちょ!」

 僕の知らないところでまたハセの色恋事情が進んでいた。あの子がどの子なのかもうさっぱりわからないが、こんなことは中学からしょっちゅうだ。

「お前モテるのに長続きしないよな」

「当事者的には勝手に喜ばれて勝手に泣かれて勝手に怒られて終わってるだけなんだけどね」

「……当事者にしては冷たい分析ですこと」

 マナが呆れたようにため息をついた。

「ハセみたいなイケメンとは一度でいいから付き合ってみたくなるのかなあ。ステータスっていうの? 私には分かんないや」

 あはは、といつもの調子で朗らかに笑うマナのおかげで、生徒会室が心なしか明るくなる。

「マナはケンとだったら付き合うわけ?」

 楽しそうにニヤつきながら、ハセが話をマナに振る。

「は? ないない! ケンみたいなの好きになるなんて、ぜっっっっっっったいない!」

 さようですか。とりあえず文句だけは言わせてもらおう。

「何でもいいけど、とりあえずちっちゃい"っ"が多い」

「足りないくらいよ」

 言いあう僕らに向かって口笛を吹くハセ。こいつ、どこまでも馬鹿にしてくる。

「仲いいのにもったいねえよなあ、お前ら」

「あり得ないね」

「あり得ないわ」

 よし、僕の方が早かった。

「……はい」

 畳みこむような僕とマナの否定に、なぜハセが肩をすぼめるのかはよく分からなかった。

 そんな関係の僕たちは無事生徒会のトップを任せられる立場に立ち、仲の良さが前面に出た連携であらゆる活動に積極的に取り組んだ。「フットワークが軽くて、政府も見習うべき生徒会」などと教員から評されることもあった。チームワークを褒められることは個人的に褒められることよりも嬉しい。

 相談があるのだと深刻な表情のマナが僕に声をかけてきたのは、初めて須崎に会ってから数ヶ月が経っていた頃だった。

「ごめんね、本当はハセにも相談したかったんだけど、あんまりいろんな人に話せなくて……」

 ハセは今日も仕事だ。校舎の設備に対する生徒からの要望に応じるべく事務室に駆け込んでいる。実現可能な限りの対処を施し、その結果を全校に対して公表する。それがたとえトイレの芳香剤の香りの種類一つでも僕たちは手を抜いたりしない。

「僕が聞いて、それでも解決が苦しくなったらハセを頼ればいい。それでいい?」

「……うん、ありがとう」

 それにしてもここまでしおらしいマナの表情は初めて見るかもしれない。どんなことでこんなにも参っているのだろう。

「あのね、この前紹介したナッちゃんのことなんだけど……」

 ナッちゃん、と聞いて思い出すのはあの不気味なまでに隙のない笑顔だった。

「須崎がどうした? 部活で何かあったのか?」

「部活関係って言えばそうなんだけど、限りなくあたしとナッちゃんの個人的な問題ね」

 申し訳程度に笑みを浮かべて、マナは話し始めた。その最初の一言が僕にとって一番衝撃的だったのだ。

「あたし、どんなに写真が好きでも、服は脱げないよ」

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