12-4

 僕の高校の生徒会室は、校舎とは別の建物である「生徒会館」という古ぼけた建物の中にある。生徒会館の二階全体を生徒会室が占めていて、一階部分の各小部屋を様々な文化部が許可を得て部室として使用している。写真部の部室がこの部屋のちょうど真下であることもあって、マナは二年生になっても生徒会室に頻繁に出入りした。

「予算、減らさないでね? ケン」

「実績次第だね」

「いや、実際写真部は毎年いい実績保ってるよ。部員の質が落ちないことはいいことだよね。パネルやネガとか遠征にお金がかかって大変なら、実際もう少しなんとかしてあげたいところなんだけどさ」

「さっすがハセ、話分かるぅ〜!」

 マナが高い声を上げてハセの脇腹を肘でつく。

「……全部マナが毎日のように話してることじゃないか」

 進級してクラス替えがあったのにまた同じクラスになったし、いつの間にかお互いの呼び方もケン、ハセ、マナで固定してきた。

「で、お客さんはまだなの?」

 今日はマナが僕らに会わせたい人がいると言っていた。

「もうすぐ来るんじゃないかなあ」

「何の用だろうね。入会希望かな?」

「それなら僕たちじゃなくて会長とかを呼ぶだろう」

 僕らはまだただの会計・庶務担当に過ぎない。僕らに会いたいだなんてどう考えても個人的な用事だとしか思えない。

「聞いても『とにかく会いたいんです』としか言ってくれなくて……。自己紹介も自分でするから私からは何も話さないでおいてって言われちゃってて」

「その話ぶりから察するに、後輩か?」

「……内緒」

 表情がイエスと言っていた。マナは嘘が苦手だ。

「ハセのファンクラブの子じゃないか?」

「そんなのあるの?」

「知らないけど」

「適当言うなってば俺がビビる……」

 ファンクラブの有無は知らないが、ハセは実際女子に人気だ。一番近くにいる僕が言うのだから間違いない。ハセが笑えば周りも笑うし、ハセが頑張ろうと一声かければみんなが最後の力を振り絞る。そんなハセの不思議な力を何度目の当たりにしてきたか分からない。

「あははっ、ハセがビビるとかウケる」

 僕とハセと、同じ空間を共にするマナ。 きっと僕はハセの輝きに掻き消されて、誰の目にも映らない。

 ノックの音が二つ。ゆっくりと開けられるドアの向こうに立っていたのはマナと同じ制服を着た少女だった。

「はじめまして」

 確かに初めましてだった。視線だけで(知ってるか?)とハセに声を掛けたが、ハセは小さく首を横に振った。

「この子、あたしの後輩のナッちゃん」

「一年の須崎すざき菜津子なつこと申します。マナ先輩のお友達ですよね。お話はいつも伺ってます!」

「あ、しーっ!」

 慌てたようにマナが後輩の口を手で塞ぐ。先輩の実力行使とやらを見た。調子に乗ったハセが小学生みたいな顔をしてマナに詰め寄る。

「あっれれー? マナちゃんいつもどんな話をしてるのかにゃー?」

「気持ち悪い声を出すなよ」

「いてっ。肘は痛いよケンー」

 茶番を繰り広げている間も須崎とかいう女子はくすくすと控えめに笑い続ける。

「マナ先輩のお話を聞いてたら、そんなに楽しい人たちならどうしてもお近づきになりたくて。お忙しいのにすみません、でもお噂通りですね」

 済まないと思っている表情は一パーセントも見えて来ない。おおかた僕たちの扱い方もマナの話から学んだんだろう。ちらと容姿を確認する。黒い髪は磨かれた宝石のように艶があって、あどけない微笑みを讃える頬の白さは雪のようだった。なるほど彼女は間違いなく美少女の部類に入る。

 何でこんな子が僕らと関わりたがるんだろうと思ったら、とんでもないことを言い出した。

「ケン先輩が、マナ先輩のこと好きなんですよね」

「え?」

 まず飛び出したのはマナの疑問符だった。その上に重ねるように僕も半笑いで答える。

「……え?」

「あれ? 違うんですか?」

 見ればマナは完全に思考が緊急停止モードに入っている。ハセを見れば楽しそうな目で自分で答えなよと煽ってくる。

 ……援護射撃は無し、か。

「想像にお任せするよ」

「ひ、ひ、否定すればいいじゃない」

「好きとか嫌いとかそういう議論は苦手なんだ。いい友人だよ」

「そうですか……それは失礼しました」

 にこりとお手本のように笑うその笑顔を、僕は好きにはなれなかった。

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