12-2
初めてあの部屋に入ったときはその埃くささに後悔の念しかなかったけれど、慣れてきた頃にはこのにおいが僕を奮い立たせてくれていたのだから、僕も若いエネルギーでどうかしていたと思う。
「ほら、もっといつも通りにしてよっ。ケンのへたくそ!」
「いつも通りに出来るわけないだろ、そんなもん向けられて」
彼女の要求は、あくまで『自然な生徒会活動の様子』だった。そのために三十分程掃除をし、黒板を綺麗に磨き、机を並べ直して撮影に臨んでいる。自然とは何か小一時間ほど問い詰めたいところだったが仕方ない。
「カメラなんてここにはないの! ……ほら、ハセの方が自然でいいじゃなぁい」
パシャパシャと景気よく切られていくシャッター。ファインダー越しに彼女が見ている世界で、僕たちはどんな顔をしているのだろう。
生徒会に所属するなんて、入学時の僕は考えもしなかった。
高校に入学して一番印象的だったのは、生徒たちを玄関先で出迎える巨木の存在感だった。樹齢何年になればここまで堂々とした佇まいになれるのだろう。この樹が見送った卒業生の数は一体どれくらいになるのだろう。
由緒正しい、地元では名の知れた進学校に入学した。かといって別段それを誇りに思ったりはしない。単に、もっとも通学しやすい高校に実力で入れた、ただそれだけのこと。
「よっ、ケン」
「ああ、ハセか」
高校に入学して一週間目の放課後、新入生向けの部活動・委員会活動を紹介する催しが執り行われた。委員会は委員募集を呼びかけ、運動部は精鋭たちのパフォーマンス、文化部はそれぞれの持ち味をパネルや演奏で披露してくれた。僕は大勢の新しい学生服にまぎれて文庫本を読んでその時間を過ごしていた。
「お前、部活とか興味ある?」
「いや、ない」
「俺もー。じゃ一緒に帰ろう」
中学校以来の友人
「あ、ちょっと待って。知り合いに用があるからちょっと寄っていいか?」
ハセの指差す方向には、古ぼけた小さな小屋。入り口には一枚板に大きく書かれた「生徒会館」の文字が見える。
「生徒会に知り合い?」
「中学の時、世話になった先輩。今は生徒会書記やってるんだ」
我が物顔でずんずんと建物の中に入り込む。狭くて急な階段を上がって辿り着いた扉には「生徒会へようこそ!」の文字が書かれたブラックボードがぶら下がっていた。ハセは用があっても僕は全く用が無い。きっとこの部屋に入るのも今日が最初で最後だろうと思いながら僕はただハセの背中についていく。
「失礼します!」
「お、馳! 早かったな」
ハセは世話になった先輩と思しき人物と話しながら、生徒会の人々の輪にこれまた我が物顔で入り込む。ヤツのそういうところは今までも、尊敬半分呆れ半分で見続けてきた。
「んで、入会希望です! 二人」
「ほんとか! サンキュー、馳!」
「え?」
突然の盛り上がりに僕の疑問符は容易く掻き消される。
「よろしくな、ケン」
「じゃこの名簿に名前書いてもらっていいかな」
「ちょ、あの」
「高校で初めて生徒会に所属する人もたくさんいるから、不安なことがあったらなんでも聞いてよ」
僕はその場の雰囲気に呑まれて渋々記名をしてしまった。
春の小道はまだ冬の名残を残している。ブーツでガツガツとアスファルトを蹴りながら、僕は帰路を急いだ。
「悪かったってー、一人じゃ踏ん切りつかなかったんだよー」
後ろから声が聞こえても歩調を緩める気はない。
「だからって騙すことないだろう」
「だってケン絶対断るじゃん。絶対生徒会室にだって入ってくれなかったっしょ? ケンと一緒に仕事できたら絶対楽しいって思ったんだって! お願い、許してちょんまげー」
中学時代のハセは学年委員長を任されていた。人望、カリスマ性、豊かなアイディア。彼は若干の鈍感さを除けば、僕にないものをすべて持っているような人間だ。
なんで僕なんだよ、というセリフはかろうじて飲み込む。
「……僕は、必要最小限のことしかしない。それでいいの?」
もう何回飲み込んだか分からないけれど、一度だって吐き出したことはない。
「てことは、許してくれるのか」
「それとこれとはまた別」
「でも辞めないんだよな?」
「……まあ、入ってすぐ辞めるのは失礼だし。ハセの面子もあるし」
サンキュー! と僕の背中を音が出るほど強く叩く。その鈍い痛みに、許したことを後悔した。
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