4-3
「馬鹿、勘違いすんな。……ほら、よく見ろよ」
「……え?」
早まったのは僕だった。永田が指をさしたのは、彼の青い瞳。
「青、い……?」
僕の記憶だと、永田の瞳は確かに黒かった。
「髪だって、全然プリンになってないだろ。染めた金髪なんかじゃない。これは青いカラコンでもない。これは全部生まれ持ったもんだよ」
「……ハー、フ?」
「ハーフっちゃハーフだけど……日本人の血はちっとも入ってないな」
ため息混じりに返事して永田はどっかりとソファに座りなおす。
「両親どっちも日本人じゃないよ。国籍はこっちに移したけどな。日本で働いてるから家でもふつーに日本語で話すし」
「得意な言語は?」
「日本語だよ」
肘で軽くどつかれる。
「日本で生まれて日本で育ったのに、物心ついた頃から外人扱いだ。小さい時なんか友達いなかったよ。高校時代なんかは結構もてたけど、みんなにとって俺の価値はこの珍しい見た目だけ」
くくく、と笑って永田は続ける。
「親不孝なこともしたさ。……ま、だからって俺はお前に向かって『どうせお前もそうなんだろ』って言ったりしねえけど」
だって、普通じゃないのは俺の方なんだから、と永田は自嘲気味に笑う。ネックレスの鎖がチャリ、と小さく音を立てる。
「普通の人間なんていないさ。どんなに努力したって、努力すればするほど普通が見えなくなる」
普通に生きていても手に入らない普通が、本当に普通なんだろうか。
「かといって何もしなくても落ちぶれていくだけだしね。変わらないようにいようという努力なんて、時間が止まらず流れていく限り、人間がそれに勝てずただ老いていく限り、無駄だ」
説得でもない、慰めでもない。僕はただそう考えているだけ。
「そのままの永田でいればいい。別に見た目とか、親とか、関係ないよ。僕は今目の前にいるのが永田だという認識しかしてないし、それ以上でも以下でもないと思ってる」
だから、『友達』が何なのかもよくわかってないんだけどね、と心の中で続ける。さすがにそれを正直に口にするのは躊躇われた。
「隠したって飾ったって嘘になるなら、何もしない方が楽だろう。普通になろうとして、どうして他の人がしていないことまでしなきゃならないんだ? 僕にはそれが分からない。
面倒なこと考えないで、楽に生きようよ。今まで苦労したんなら、尚更だ」
驚いたような表情に、僕が戸惑いを覚えた。それも束の間、堪えきれないという風に永田が噴き出す。
「……っははは! それがお前の慰め方?」
永田はやっぱり、爽やかに笑うのだ。勢いをつけてソファから腰を上げ、振り返りながら僕に言った。
「……風呂、入るかな。お前ももう一回入れ」
「えっ、やだよ。疲れたしバスタオルだってもう濡れてるし……」
「こんな話させた後に俺に一人で入らせる気か? ほら、早くしろよ」
『させた』って、永田が勝手に話したんじゃないか、強引だなあ……。しぶしぶ、僕は風呂用の道具を再び握り直して永田を追いかける。風呂から上がってきたらしい僕らと同じ部屋の人たちが、熱いから気をつけろよ、と永田に声をかける。
「……あいつらにもおいおい、だな」
「もう今夜でいいんじゃない?」
「お前……それはちょっと酷だよ」
くっくっくと笑った、その彼の表情に翳りは一切無かったと思う。
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