第10話 緊急着陸
一度、手を止め、耳をドアに押しつけてコックピット内の気配を窺う。
声が聞こえる。ただし肉声ではない。電子音声みたいだ。「アラート、アラート」と無機質に叫びつづけている、操縦装置の警告音。
おいおいおいおい! なんのアラートだよっ!
カズマはパイロットたちを叩き起こそうと、コックピットのドアに拳を激しく叩きつけるが、そんなことで彼らの目が覚めないだろうことは、百も承知している。
万事休す。絶体絶命。打つ手がない。
唇をぎゅっと噛んだ時、どん!という爆発音が響き、機体が鋭く揺れた。客室の天井から一斉に酸素マスクが落ちてくる。機内で爆発か?と一瞬身構えて後方を振り返ったカズマの視線の先に、救いの女神が姿を現す。
メタリック・グリーンの鎧に身を包んだ、緑の髪をアップに結った背の低い女性が、猛烈な勢いでこちらへ走ってくる。さては機体に穴をあけて突入してきてくれたのか。カズマはちょっと涙ぐんでしまった。
「お前がカズマか?」宝石のような翠色の瞳で彼の目を見上げて、ちょっと口元を綻ばせる。良かった、転生が解けても言葉が理解できる。「なんだお前、ずいぶん若いな。バベルのおっさんの中に入っていたから、てっきりお前もおっさんかと思ったぞ」
「え?」衝撃の事実であった。が、今はそれどころではない。「あの、コックピットが」
「どけ」言うや否や、腰からファスト・ドローでオートマチック拳銃を抜き撃ち、散弾でコックピットへのドアロックを破壊する。「磨羯魚は獲物を捕らえるとき、相手を眠らせる音波を発する。ほんとやっかいな化物だよ」
コックピットに飛び込んだローレライは、キャプテン・シートで眠りこける機長を揺り起こし……たりしないで、いきなり怪力で掴み上げると廊下へ放り出した。
「おい、人間だぞ、もうちょっと丁寧に扱えよ」
「そんな余裕ないだろ」苦笑しながらシートに飛び込んで操舵輪を握るローレライ。「この機は燃料がない。もうすぐエンジンが止まる。それまでになんとか着陸させないと」
「え?」カズマは思わず薄ら笑いを浮かべてしまった。人間心底驚くと、笑ってしまうものらしい。「着陸って……」コックピットの窓から外を見下ろす。ここは山間部。下界では、緑の絨毯が激しくうねっている。とてもとても、近くに空港があるような地形ではない。
「安心しろ」ローレライはカズマを見上げて、快活に笑う。「来る前にちゃんと周囲の地形は確認ずみだ。この尾根のさきにハイウェイが走っている。山間部を走るスカイラインで、約2キロの直線がある。あそこなら道幅も十分だし、なんとか着陸できるだろう」
「2キロ? たった?」
「十分だ。あたしは電装竜騎士だぞ。乳飲み子の頃から飛行機に乗ってるんだ。なんの問題もない」
ローレライは鼻歌まじりに目前の尾根を、機体の腹をこするようなギリギリの低空でフライバイすると、上昇気流を受け流して機首を下げ、綺麗に高度をさげた。前方に山間をまっすぐ走る四車線道路が見える。ただし、交通量がまったくないわけでもない。
「車が走ってるけど」
「こっちが降りていけば、どいてくれるさ」操舵輪を倒して、ハイウェイの直線部分のスタート地点へ向けて進路をとる。ペダルで機体を風に逆らわせながら、ローレライはちょっと低い声を出した。「まずいな」
「なにが?」
「バハムート・クランが死んで、やつが引き寄せていた異世界との接触が、失われかけている。相互作用が弱くなってきた」
「はあ……」
「カズマ、あたしの声は聞こえているか? 姿は見えているか?」
「え?」
「相互作用が弱い。操舵輪があたしの手をすり抜けるんだ。おい、カズマ、操縦変われ」
叫ぶや否や、シートから飛び出してくるローレライ。
「え、でも」カズマは躊躇するが、いま機はオートパイロットで飛んでいるわけではない。無人のキャプテンシートで、だれにも握られていない操舵輪が揺れている。「わっ」
カズマは反射的にキャプテンシートに飛び込んだ。慌ててシートベルトを締めながら、操舵輪を握る。
「高度が高い。もっと下げろ」脇からローレライが口を出し、目標となるポイントを指さす。「あそこへ向けて、降下させる」
言いながら彼女は
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