第9話 コブラ
「ミコトさん、行きます!」
振り返ると、背後からぴったりついてくるミコトが、長大なアサルトライフルを構えたままドラグトゥーンの上で立ち上がっている。なるほど、それが電装竜騎士の戦闘スタイルか。カズマはぎゅっと唇を引き結ぶと、螺旋槍を構えたまま、ミコトの様にヴォルテックス・ゼロの上にたちあがると、リアカウルのフットレストに右足を突っ込み、左足はノズルの間にあるペダル群の後ろに置く。フットレストとペダルの操作で、ここからは足で操縦することになる。
銀鱗の天井の下を音速で飛翔し、長い首の下へ到達。ここからでは頭の位置はわからないが、バハムート・クランの首にはトラジマの模様があり、さっき数えたそれは全部で7つ。7つ目の向こうに、目指す顎がある。
1。
2。
3。
なんて長い首だ。
4。
5。
もうすぐだ。カズマは槍をあげ、高速回転するドリルで音の壁を斬り裂く。
6。
あとひとつ。
7。
槍を腰だめに引き絞る。
顎!
速いと難しい。失敗するわけにはいかない。
無理やり操縦ペダルで引き起こし、無茶な仰角を機体に与える。動翼の舵がついていかず、ヴォルテックス・ゼロは上昇できずに、その場で風を受けた凧のように機体を立ち上がらせた。
戦闘機が行う
これは1989年のエアショーでロシアが初めて西側諸国に対して公開した超絶技巧で、水平飛行中にいきなり機体を100度、じつに直角よりもさらに深く引き起こすというものだ。その状態から何事もなく元の水平飛行に復帰する。その機動を『コブラ』という。当時その機動が可能であった戦闘機はロシアのSU―27のみであり、またそれを行ったパイロットの名前をとって、当初は『プガチョフ・コブラ』と呼ばれていた。
ただし現在では、最新鋭の戦闘機、たとえば米国のF22ラプターなどでも、このコブラ機動は可能であることが知られている。当然、電装竜騎士が駆るドラグトゥーン、ヴォルテックス・ゼロでもそれは可能だ。
バハムート・クランの顎の下、大きく広がる鱗の海の内、1枚だけ反対向きに生えた尖った鱗。それがいま、偶然の産物か、気合の賜物か、コブラ機動で直上を向いたカズマの目の前にあった。彼は吸い込まれるように螺旋回転するビームの槍先をそこに突き込み、尖った鱗、バハムート・クランの逆鱗を粉砕していた。
「やった! やったやったやった!」
カズマ本人の100倍くらい嬉しそうなミコトの声が、青い空に響き渡った。
はっと気づいたとき、カズマは旅客機のシートで眠っていた。
ぼんやりと辺りを見回す。窓の外は快晴で、機はしずかに水平飛行していた。隣では妹のリナが静かに寝息を立てている。ずいぶん静かだ。さっきまでバハムート・クランと戦っていたのは、あれは夢だったのか?
周囲を見回す。乗客のすべてが眠っている。機内は異様に静かだった。ふと通路に首をだすと、ギャレーの手前でCAが二人、折り重なって眠っていた。
えっ!と思ってシートベルトを外し、立ち上がる。ふと窓の外が明るいのに気づいて目を向けると、一面の火の海が目に入る。燃えている島? いやちがう。バハムート・クランが火を上げているのだ。炎に包まれた磨羯魚がすぐ近くを飛んでいる。そしてその周囲を、電装竜騎士団が放つ攻撃の光輝と噴射炎が飛び回っていた。
夢じゃない。いまのは現実だった。この機はバハムート・クランに捉えられていたのだ。
だが、なぜみんな眠っている?
ぞっとなったカズマは、通路を走って倒れている二人のCAを必死に揺り起こす。が、まったく覚醒の気配はない。
途方にくれて通路の左右を見回すが、そこであることに気づく。
……機長と副機長は起きているのだろうか?
全身の血がさっと引くような冷感の中、よろめく足で立ち上がり、シートの背もたれに手をつきながら、突き当りのドアまで走る。ロックされたドアを拳でどんどんと叩き、大声で呼びかけた。
「すみません、機長! 起きてますか! 機長、無事ですか!」
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