第7話 槍兵がいない

「ちょっと待ってください」カズマは大声で通信に割り込んだ。「他に、他に方法はまったく無いんですか!」

「バハムート・クランには、二つの弱点がある」ローレライが冷静に遮る。「ひとつは、腹部ににある八対の鋏脚が集まった付け根の中央部だ。あそこは甲殻の継ぎ目であり、鱗もない、ほぼ無防備の場所だ。しかもその奥には急所となる臓器が収まっている。もうひとつは、長い首の先、顎と喉仏の間に生える逆鱗。逆鱗は大きくて柔らかい上に、通常とは逆向きに生えた鱗であるため、破壊が容易だ。鱗は優秀な複合装甲であるが、一か所でも穴をあけられれば、そこを手掛かりに一気に引き剥がすことが出来る。ちょうど、一ヶ所破れば、すべて剥ぐことができるカエルの皮みたいなもんだ。磨羯魚といえど、銀鱗の生えた皮を剥がされてしまえばカエルと変わらん。通常攻撃で一気に燃やし尽くせる」

「じゃあ、その逆鱗を狙えば、旅客機を破壊する必要はないわけですよね」カズマはほっと息をつく。

「逆鱗を突くには、操縦技術に長けた優秀な槍兵が必要だ。うちの部隊には槍兵は二人しかいない。一人はいま堕ちたギーム。もう一人はバベル、おまえだ」

 カズマは息をのむ。

 いまギームはカズマを庇って死んだ。そしてバベルにはカズマが転生して来てしまっている。槍兵として働くことはできない。

 彼が足元に目を落とすと、そこには機体に沿ってフォルダーで固定された長大なロッドがある。先端部分が床清掃用のポリッシャーみたいに太くなっていた。これが槍なのか。っていうか、電装竜騎士はこんな武器を手にして、あの巨大な磨羯魚バハムート・クランに挑むというのか。

「すまんな、転生兵くん」落ち着いた声で朱漆が淡々と語る。画面の下には、電装竜騎士団団長バザールと表示されている。「このままバハムート・クランを直進させれば、わが世界の港湾都市に住む二千万人が被害に合う。今は我々がちょっかいを出しているため、あの旅客飛行体は無事だが、もともとバハムート・クランはあれを餌として捕獲したのだ。余裕ができればすぐにでも食餌とするであろうし、だからといって助けだす方策があるわけでもない。また、このまま直進させれば、ほどなくして阻止限界線を突破されてしまう。申し訳ないが、あの旅客飛行体に搭乗している君の同胞のことは、諦めてもらうしかない」

「……そうですか」カズマはがっくり肩を落とした。この世界には、どうしようもないことがある。それは小さい頃から分かっていたはずじゃないか。「こちらこそ、ぼくのためにギームさんが亡くなってしまって、なんとお詫びしてよいやら」

「気にするな」勢いよく割り込んできたのは、ローレライ。「われわれ電装竜騎士団は、仲間のためなら命さえ惜しまない。おまえが転生兵であろうと、一緒に空に上がったからには同じ竜騎士団の仲間だ。ギームはそれを我が身を犠牲にして守っただけ。われら電装竜騎士団としては当たり前のことだ」

 カズマはローレライの言葉を聞くともなく、遠くを飛ぶバハムート・クランを見つめていた。いまあの不気味な空の巨大ウミヘビは、胸から生えたホウボウの脚みたいな鋏脚で白い旅客機をしっかりとつかんでいる。あの中には妹のリナもいるし、カズマの身体もある。あれを諦めるということは、リナを見捨てるということだ。そして、それは、本当に……、仕方のないことなのだろうか?

 たしかに仕方のないことは、世の中にはたくさんある。

 死んだカズマの母もそうだった。

 事故にあい、心臓は動いていたが、脳は死んでしまった。父は苦渋の決断として、書類にサインし、母の生命を繋ぎとめていた機械の電源を切ってもらった。あれは仕方のないことだったと思う。

 だがいま、あのバハムート・クランという化物に捉えられたリナの命は、仕方のないものなのだろうか? ぼくの命は構わない。だが、リナの命は、なんとか救えないのだろうか? 「この飛行機落ちたりしないよね?」と不安そうにぼくの腕を掴んできたリナの命だけはなんとかならないのだろうか? リナの命だけは……。

「……やります」

 カズマの声は、消え入りそうなほど小さかった。

「え?」

 ローレライが聞き返す。

「やります!」カズマは気合をこめて、腹の底から声を張り上げた。「ぼくが、あの化物の逆鱗を撃ち砕きます。やらせて下さい」

 電装竜騎士団の面々が沈黙した。

 そして次の瞬間、大爆笑の渦が起こる……かと思ったら、そうはならなかった。

 団長のバザールが静かに答える。

「今からだとあまり時間がない。やり直しは認めないからな。やるなら、一発で決めてこい」






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